第9話

 地下遺跡は白い石で出来ていた。俺たちが入ると壁に掛けられていた松明たいまつに明かりが点き、薄暗いながらも辺りの様子が見える。ちょっと怖くて身震いしてしまった。

「司祭様に交渉してくれりゃ良かったのに。そしたら今頃、回復魔導師と一緒に行けたのに」

「あの生臭司祭じゃ無理でしょ」

 意味深なことを言うイルザに俺たちは首を傾げる。昨日はあの後すぐに宿を取って俺たちは宿の中にいたはずだ。確かに風呂場にイルザはいなかったが、貸し切りの小さな水浴び場の近くで赤毛の美人が歩いていたと騒ぎになっていた。金のない奴らがさ晴らしに宿中の扉をノックして回り、本当にお楽しみ中だった大男にどやされていた。あんなに噂になっていたのに誰もイルザを見つけなかったのだ、きっと司祭のところへ行っていたのだろう。

「まさか風呂上がりに司祭とはいえ男に会いに行ったの? 女の子一人で?」

 イルザがとぼけて笑った。例え相手が司祭でも、イルザが強くても、褒められたことではない。特に今は俺たちと旅をしているのだ。一声かけてくれたって罰は当たらないだろう。

「……あのさぁ、夜出かける時は危ないから俺らに声かけろよ。なんかあったらどうするんだよ」

「心配してくれるの? ありがとう」

 なんか尻がムズムズする。これが思春期ってやつか。ヴィルも似たことを言っていた。

 俺がモジモジしていると、突然ヴィルが立ち止まった。俺はヴィルの背中に、イルザは俺の背中にぶつかった。

「いきなり止まるなよ!」

「シッ、前に魔物がいる」

 そう言ってヴィルが前を指さした。イルザが横から覗き込む。地下道の向こうの方に、手足の生えたつぼが動いているのが見えた。どうやら一匹の魔物が彷徨うろついているだけのようだ。入口付近の見張りを任されているのかもしれない。

「ヴィルはそのまま待機。ルイス」

「え、はい」

「アレが酒精オバケ。壺に魔が入り込んでああなった。弱点は炎。さっきみたいに炎出してみて」

 俺は両手を出した。静かな地下道には都度俺たちの声が響く。ここで魔法の詠唱えいしょうをしなければならないなんて、緊張するなと言う方が無理だ。

「えーと……『炎の精霊イフリータよ、汝の力をこの手に与え給え』」

 俺の手の中にぽっと呪文語と共に炎の球が浮かんだ。残念ながら一回目の時に見た女の子の顔は見られなかったが、小さめながらも立派な火球だ。

「で、火球だけを投げちゃう。これが真っ直ぐアレのところに飛んでいくのを想像しながらそっと片手で補助をつける。見つかったらヴィルも私も助けてあげるから、魔法に集中して」

 俺は火球を右手に移し、そっとオバケの方に投げた。

「遅っ」

「集中」

 火球はノロノロとよろけながら回廊を進み、踊っている酒精オバケの入り口に入っていった。途端に火柱が上がる。

「ギャアアアァァァ!」

 酒精オバケの大絶叫が響き渡る。オバケは辺りを見渡すと、俺たちを見つけて走ってきた。

「おいおい、死ぬわアイツ」

「何いってんの、魔物がそう簡単に死ぬわけないでしょ」

 背中を叩かれたヴィルが慌てて棍棒を構える。オバケが近づいてくるにつれ、だんだん熱くなってきた。いくら弱点が火といえども、こっちの弱点だって同じなんだから他の攻撃方法を検討するべきだったと思う。

 走ってくるオバケの底、多分人間で言えば下腹あたりをヴィルが殴りつけると、壺が割れ、途端に粉々になってオバケは崩れ落ちた。地面に飛び散ったオバケの内容物に炎が燃え移り、ぱちぱちと音を立てる。

 魔法を使って初めて魔物を倒したと思うとなんだか感慨深い。俺はその燃えている魔物の遺骸をぼんやりと眺めていた。

「おっ十ルクス銀貨あるじゃん」

 が、イルザが当然のように視界に入り込んできた。

 イルザはあろうことか割れた壺の中から金を取り出した。

「へへっもうけ!」

 いちいち粗野そやなんだよなぁ、こいつ。

 イルザは満足げに銀貨を俺たちに見せびらかした。どす黒いし、変な液体もついている。

「やめろやめろそんな汚いもの見せびらかすな」

「えーいいじゃん」

 ヴィルが止めようと声をかけるも全く意味をなさない。イルザはヘラヘラと笑いながら昨日手を拭いていた布を取り出して金を拭き、懐に大切そうにしまい込んだ。

「十ルクスって大金だよ」

「確かにそうだけど……なんか、夢壊れるな」

 ヴィルが困り顔で言うが、男の無駄な夢など彼女は叶えてくれる気はないらしい。まぁ美人だからと勝手に夢を見たのは俺たちだ。

 地下道の先を見たイルザが、回廊の先を指さした。

「次、小銭袋だよ。弱点は特にないけど……まぁないってことは何で攻撃しても喰らうってことだよ。行っておいで」

 また行き先に魔物がいる。イルザに小銭袋と呼ばれた麻袋に似た魔物は、ずりずりと身を引きずったり跳ねたりしながら回廊をうろついている。跳ねる度に中に入っている何かが音をてる。

「これも火球でいいの?」

「そうだね、使いまくって。力尽きたら一旦出ようか」

「よ、よし……『炎の精霊イフリータよ』」

 ここまでの詠唱で火球が簡単に仕上がった。

「できてるね。詠唱を省略したいときは『火球』だけでもいい。その代わりイフリータへの呼びかけだけは頭の中でやってね。サボったら火つかないから」

「わかった」

 俺は先程習ったように、火球を小銭袋に向かって投げた。どうやら俺たちの声が聞こえていたらしい。振り返った麻袋はあっさりとそれを避けた。

「避けた!」

「そりゃ避けるでしょ。アンタ殴られるときも大人しくしてる方なの?」

「悪いな、俺の躾が行き届いてるんだ」

 ヴィルは俺の尻を棍棒で軽く突くと、向かってくる小銭袋に向かって棍棒を構えた。横殴りにすると、中から石礫が飛び出してくる。だが先程の壺と違って柔らかいようで、袋はヴィルに向かって飛びかかっていく。

「うっ! 結構痛いな!」

「ヴィル避けてくれ、『火球』!」

 さっき習った通りに頭の中でイフリータに呼びかけながら火球を作り、小銭袋にぶつける。炎がじりじりと肉を焼く匂いを立てるのがなんとも不気味だが、先程とは違い燃え上がったりはしなさそうだ。

 ヴィルがもう一撃小銭袋に打撃を加えると、小銭袋はあっさり動かなくなった。

「倒したか……?」

 俺は恐る恐る小銭袋に近づくと、口の部分を持ってみた。どうやら本当に口らしく、中に歯がついている。ひっくり返すと石礫と共に銅貨が一枚と、石で潰れた薬草や解毒草が出てきた。

「おっ! 無事なのあるじゃん!」

 運良く潰れていなかった薬草を取り出すと、イルザが黙って頭を撫でてくる。やっぱり薬草は高級品だからあると助かるんだろう。残念ながら解毒草は全部潰れていたが、この調子なら運が良ければ手に入れられるかもしれない。

 少し先を見据えると、ぽつりぽつりと水溜まりが見える。この辺りには泉もあるし、どこかから染み出したのだろうか。俺が首を傾げているとイルザは素早くそれに近づいて懐から出した小瓶に入れた。

「なるほどねぇ……。水を媒介させてたのかな。こんな入り口にまで落として、どこに毒を入れるつもりだろうね」

 イルザは毒の入れられる先が分かっているようだ。俺たちは固唾をのんでその様子を眺める。

「一旦解析する。ちょっと待っててね」

 そう言うとイルザは俺達の目の前に小瓶を掲げて古代呪文語を唱えた。

『過去の詠唱を明らかにせよ』

 相変わらず整然と並んだ呪文語だ。イルザはそれを二度唱えた。二つの呪文は輪になって小瓶の回りをぐるりと囲んで回りだした。しばらくして瓶の中身から見覚えのない文字出てきた。イルザが指先で並べて頷く。

「ふぅん……? かなりまずいね。ちょっと悪いけどここから急ぎで。魔物を倒したら説明する」

 毒にいい思い出のない俺は顔を顰めた。多分この毒を俺が食らったら一発だ。ネズミの毒で極彩色の世界を見た男だぞ、俺は。

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