第8話
ネーベルの街の近くにある遺跡は元王城で、数代前の国王の時代に魔物から
泉から取れる清水は聖水にも薬にもなる。それを一口飲めば寿命が十年伸びるという。
うっすらとした霧の中に浮かぶ白亜の遺跡は美しい。一歩地下に踏み入れれば魔物の
そんなイルザの説明を聞きながら、俺たちはおっかなびっくり遺跡へ足を踏み入れた。
ちなみにここに来るまでに三匹のネズミの親子を倒しているが、俺とヴィルが倒す間、
魔導師様は退屈そうにあくびをしていた。
地下道への入り口に立ったイルザは、俺を振り返った。
「さて、中に入るまでに簡単な魔術を教えておくよ。ここからは私がヴィルの補助に入るから、ルイスは魔法を使う練習をして。入る前に基本の魔法だけ教えとくね」
「街で教えてくれれば良かったのに」
「街で
「……」
確かにヴィルの言うとおりだ。
イルザは俺が腑に落ちなさそうな顔で自分を見ていることに気づいたが、黙殺した。
「じゃあまず、両方の手のひらで水を
「俺もやっていい?」
「いいよ」
イルザの許可を得てヴィルもウキウキと手を胸の前に出した。俺は手の中を見ながら中がぐるぐる回っているのを想像し、温かいものが巡っていることに気がついた。
「あ、出来た」
「え、待って待って、ルイス早い」
「ヴィルは多分できないから静かにしてて」
叱りつけられたヴィルが
「じゃあ、復唱してね『炎の精霊イフリータよ、汝の力をこの手に与え給え。
『炎の精霊イフリータよ、汝の力をこの手に与え給え。火球」
俺が呪文を唱えると、手の中に呪文が浮かび上がった。金色の頼りない線で描かれたそれは、くるくると回りながら今にも飛んでいってしまいそうだ。なんとか回っていた呪文の中にぽつりと小さな火が浮かぶ。
「お、おおっ……!」
小さな火が渦巻きながらどんどん大きくなる。どこかで抑え込まないといけないと思う気持ちと、俺を飲み込みそうなほどの炎の強烈な光と熱気に
「集中して! 手の中に抑え込んで!」
「う…‥くっ……」
手のひらのなかに炎と言って差し支えないほどの巨大な火を抑え込む想像をする。思ったよりもずっと重労働だ。
ふと、炎が
炎の中に女の子の顔が浮かび、俺に向かって微笑みかけてくる。
「ルイス、集中!」
再び広がりかけた炎をなんとか抑え込んで縮める。
どっと汗が吹き出した。
今、イルザに名前を呼ばれなければ呑み込まれていた。あの瞬間から自分が生み出した炎を熱いと感じない。だが実際に触れていれば火傷していただろうし、飛び込んでいたら死んでいたと思う。
炎は渦巻きながら小さくなっていき、最後には手のひらに収まる大きさになった。
「よしよし、上出来じゃない。イフリータが顔を見に来るなんて思わなかったけど。ま、あなたのお母様は炎の精霊を使役したっていうから当然か」
「血筋ってこと?」
「そうだね。例えば今の王室なんかは魔法を使えない王子しかいないけど、代々魔導師を母に持ってきたから魔法を使われても怪我はしにくいはずだよ。こういうのを魔導耐性って言う。親が炎の魔導師なら子も炎の魔導師になる可能性が高い」
顔も見たこともない母親を想像して、俺はなんとなく口元が緩んだ。見たこともないとはいえ、母親との繋がりがあるというのは悪いものではない。
「イルザは見たことある?」
「見たことあるよ」
今ここには精霊を見たやつしかいないが、本当に優秀な魔導師にしか精霊は会いにこないのだろうか。怪しいところだ。
ただ一人精霊どころか魔法が使えないヴィルだけがあからさまに拗ねている。
「俺の母親も魔導師なんだけど! なんで俺は使えないんだよ」
「お前には馬鹿力があるじゃんか」
「くそっ」
腹いせに尻を打たれた。悔しがるヴィルの姿が面白いので大人しく尻を貸してやることにする。俺だって今までヴィルのような馬鹿力がなくて、家ではちょっと肩身が狭い瞬間もあった。俺が
「んじゃそろそろ入ろっか。魔物を見つけたら私はルイスの補助に回るから、二人共いきなり魔物に突っ込んでいかないでね」
「昨日と同じってことだな、わかった」
ヴィルが頷き、地下遺跡に入っていく。俺たちも続いて中に入る。
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