第7話

「ちょっと、いつまで寝てるの! 行くよ!」

「イヤアアアァァァ! お婿むこに行けなくなっちゃうじゃないのよ! ドア閉めなさいよ!」

 翌朝、洗って乾かしておいた下着を履いている最中にドアを開けられて、俺は悲鳴を上げた。着替え真っ最中だったヴィルも、部屋の扉を開けたのがイルザだと知るやいなや胸を覆い隠した。乳首は守られたが胸毛は守りきれず、きらきらと輝く金の毛は丸見えだ。

「ふっ……大したこともないのに騒がないの。さっさと着替えて。教会へ行くよ」

「これ見て平然としてられるの、ちょっとどうかしてるよ」

「悲鳴を上げるのは内臓があふれたときだけで十分」

 苦情を上げたヴィルはイルザに一刀両断され、いそいそと服を着込んだ。二人の問答の隙にベッドの向こう側へ身を隠した俺も急いで服を着替える。駆け出しの魔物退治屋が多いからだろう、ベッドを汚さないためのありとあらゆる工夫がされた宿は、洗い場に風呂、寝間着まで完備されていた。俺とヴィルは有頂天で風呂に入り、清潔な寝間着を着て寝たのだが、イルザにはずかしめを受けさせられるのであれば服のまま寝るべきだっただろう。

 着替えを済ませた俺たちは宿から出た。宿の前にある食事処しょくじどころでパンとスープの簡単な食事を済ませて街の外へ向かう。

「そういえばなんであの子を連れて行きたいって思ったの? 振られたけど」

 俺の言葉にイルザが振り返る。驚くべきことに、イルザが着ている絹のシャツは昨日と別のものだ。袖口に施された薔薇の刺繍が豪華だ。絹のシャツなんて豪勢なもの、一体何枚持っているのだろうか。

「回復魔法の呪文が綺麗だった」

「それだけ?」

「昨日の男、もう傷口も全部治ったってさ。回復魔法使ったにしても治りが早いと思うよ。だから仲間に引き入れたかったの」

「なるほど」

 俺たちは屋台の立ち並ぶ道を超えて街の入り口へ向かう。流石に駆け出しの魔物退治屋が多いだけある。いたるところで男たちが武器や薬草を買いに走っている。男ばかりの街はそこかしこにゴミが捨てられており、修道士たちは忙しそうにゴミ掃除に走り回っていた。

 ふと、修道女の一団が目に入った。皆あちこちを掃除して回りながらおしゃべりに興じている。中には昨日の女の子もいた。彼女は誰とも話さずに黙々と掃除をしている。その姿は昨日俺たちが真っ先に飛びかかりに行ったネズミに似ている。

「……あの子」

「振られたんだからジロジロ見ないの。行くよ」

「いや、違くて」

 うまく言えないが、修道女たちは意図的にあの子を避けているように見えた。神に仕えるものとしてそりゃどうなんだとは思うが、何か意味があることなのかもしれないし、たまたまなのかもしれない。ただ、胸の中に何か嫌なものが溜まる感覚がある。

 イルザは彼女を一瞥いちべつすると、不快そうに鼻を鳴らした。

「東方人が魔物熱を運ぶってつまらない噂のせいだね。あれは魔界戦線から流行った病気なんだけど、余所者を爪弾つまはじきにするために、悪い事は余所者のせいにされるから」

「こんなに余所者が流れてきてる街でも? もとから住んでるヤツのほうが危険じゃない?」

「あー…‥」

 俺の言葉を聞いてイルザは言い淀んだ。あの修道女はいつものことなのか、ただ黙々と仕事をこなしている。

「ぼかすと良くないね。あれは見た目と習慣が違う人間を仲間はずれにしてるだけ。肌の色も髪質もこの辺の人間のものじゃないから。ただそれだけ」

「そうなんだ」

 俺はまたまじまじと昨日の子を見た。それならなんでイルザの誘いを断ったのだろう。初対面の余所者だから警戒されてもおかしくないが、今の自分の境遇を理不尽だと思わないのだろうか。

「別に緑で魔物ってわけでもないのに大げさだな。美人なのに」

「な。惜しいよな。あんなに優しげな美人なのに」

 俺たちは盛大に修道女を惜しみながらイルザに引っ張られるように街の外へ連れ出された。それを見ていた出店の店員たちは、俺たち兄弟を指差し、腹を抱えて言いふらし始めた。おかげで俺たちは街を出る頃には一躍いちやく有名となってしまった。

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