第5話

 俺たちはイルザの指導を受けて草原の毒ネズミの各個撃破を執拗しつように行い、無事夕方頃ネーベルの街に到着した。俺はあの後二回も極彩色の世界を見たが、無事生きてたどり着くことができたのは間違いなくイルザのおかげだ。街は石造りの道と整然と並ぶ建物がうっすらと霧に覆われた幻想的なところだ。観光客もけ出しの魔物退治屋も多く、外食産業が盛んだとか。

 木組みと白のり壁の家が一番多く、蜘蛛くもの巣みたいに入り組んだ街のどの面を通っても同じ景色に見える。つんととがった屋根もずらりと並んだ窓も一緒に見えた。家を見分けるためだろう。軒下のきしたには金属で出来た看板がかけられており、それぞれの生業なりわいに相応しい絵がくり抜かれている。

 俺たちはビールとソーセージの絵が描かれた建物で、ほっと一息ついているところだ。 

「ネズミの爪が思ったより高く売れて良かったな」

「ね。これで明日までは宿代もあるし、この辺りで実戦経験を積むのがいいかな。二人はどう思う?」

 機嫌の良さそうなイルザはソーセージと漬物とビールをつつきながら俺たちを見た。ヴィルはイルザと同じものを、俺は肉団子のスープを食べている。腹立たしいことに酒は成人していないやつには提供されない。俺の隣に置かれたのは木苺のジュースだった。

 湯気の立ち上る肉団子のスープは正直めちゃくちゃ美味しい。なにせスープだけで腹一杯になる量だ。上にチーズまで散らされて豪勢だが、俺はじとりと二人を睨みつけた。

「‥…俺も頑張ったんだからビール飲みたい」

「ほい」

「イルザ!」

 案外あっさりと俺の目の前にビールが差し出された。飲みかけだがおかわりしたてのため泡は十分にある。酒の香りは正直いい匂いだとは思わないけど、ヴィルが去年成人してから俺だけお預けを食らっていて羨ましくてたまらなかった。

 ヴィルが険しい顔をしてイルザをにらむが、イルザはニコニコと笑顔を崩さずに俺の手にビールの入ったジョッキを手渡す。俺は固唾を飲んだ。少し重いそれを持ち、傾けたときだ。

「お酒で気分が良くなるのって、実は微量の毒のせいなんだよ。知ってた?」

 笑顔のままのイルザが告げる。俺はジョッキを机に置いた。

「……知らなかった」

「そうなんだ。遠慮しないでいいよ、飲みなよ」

 たとえ事実だとしても三回も毒でおかしくなった人間に言う台詞じゃねーぞ。

 俺は首をぶんぶんと左右に振ると、イルザの手にジョッキを押し戻した。俺は今日毒で死にかけたっていうのに嫌なヤツだ。真っ青な顔をしてジュースを飲む俺を見て大人二人が微笑ましい顔をしているのがムカつく。

「あと三年もしてみろ、俺だって浴びるようにビール飲んでやるんだからな」

「ルイスくんは十五か。ちょっと幼く見えるね」

ひげがまだ生えてないからなぁ」

「なんで言うんだよ!」

 ちょっと気にしていることを暴露されて俺はヴィルを睨みつけた。別にヴィルも濃いわけじゃないしこまめにっているので髭はないように見えるが、いつでもふさふさにしようと思えばできる状態だ。つるんつるんの俺とはわけが違う。無神経な兄貴め。

 ヴィル改め無神経な兄貴は、俺が睨みつけていることを気にもとめず、イルザを見た。

「そういえばネーベル地方には遺跡があったな。ああいうところは魔物が多いって聞いたことがあるが、どうなんだ?」

「この辺りだからまだ弱いし、実戦経験積むにはもってこいだね。毒を持った魔物もいないから解毒草もいらないし」

 そう言いながらイルザはふと俺を見た。その視線に気づいたヴィルにも見られて俺は首を傾げる。

 イルザはしばらく俺を見た後、ビールを飲んだ。

「この僕ちゃんも魔導剣士として訓練させなきゃだし」

「魔導剣士!」

 魔導剣士といえば近衛兵このえへいか騎士になれる、子供の憧れの職業だ。小さいときは俺も憧れたものだ。なんとなく始めた剣術の稽古が今でもやめられないくらいには憧れている。

「魔導剣士として成果上げられたら、騎士様になれると思う?」

「それは無理だろ」

 ヴィルが現実を突きつけてくる。血筋だけで言えば俺は王子様だ。しかも第一王子の双子の弟。替え玉に選ばれることはあっても、騎士にしてもらえることはないだろう。現実に引き戻されて顔をしかめる俺の前にイルザが手を差し出す。

「まぁやってみりゃいいよ。魔導剣士になれば魔物を撃破しやすくなるし、魔王城に入るなら一人は欲しいよね。それだけで生存率上がるもん」

「え、俺たち死ぬかもしれないところに行くの?」

「王都を出たんだから当たり前でしょ。ほら、棍棒に魔導耐性つけてあげるから貸して」

「ああ、ありがとう……」

 俺が荷物を手に取ろうとしたときだ。

 後ろに座っていた男が突然思いっきり床に嘔吐し、よりにもよってその中に倒れ込んだ。飛び散った吐瀉物としゃぶつで荷物が汚れる。

「え、な、何? 飲みすぎ? 怖……つか汚‥…」

「おい僕ちゃんその荷物は諦めな! 誰か司祭様を呼んでくれ!」

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