第2話

 俺たちは街中で軍資金の入った袋を覗き込んでいた。地面には赤茶のレンガが敷き詰められている。白く塗られた建物が整然と並んでいるのは表通りだけで、一歩路地に入れば暗くすすけていた。街にはこれでもかと高いかかとの靴を履いた貴族の女たちが闊歩かっぽしていて、身なりの良くない俺たち兄弟には目もくれない。

 イルザは麻袋に入った二巻きの羊皮紙を手に取った。一つがルビーのついた紐が、もう一つにはエメラルドのついた紐が巻きつけられている。彼女はルビーの方を取ると、少しだけ広げて頷いた。

「最初の行き先はここから少し南へ向かったネーベルにしよう」

「魔界に行くのに南に行くの?」

 魔界戦線はここから更に北へ向かった先にある。顔を顰める俺にイルザは頷いた。

「南に行くと不老の森ってのがあって、東の霊山に簡単に行ける施設が使える。この人数で魔王に挑まされるんだったら霊薬がいるよ」

「霊薬って何?」

「少なくとも魔王を倒すまでは生き延びられる魔法の薬。あるかはわからないけど、あそこには魔王直属の部下、紅龍ホンロンがいるからね。先に倒しておこう。嫌でしょ? 戦ってたら空から龍が現れて全員焼け死ぬの」

 空から大きなトカゲが現れて火を吹く様子を想像した俺は身震いした。実家で飼っていた人指し指ほどの捨てサラマンダーでさえ時々サボるもののかまどの火を守ってくれていた。魔王直属の部下ともなれば腕どころか道ほども長い可能性がある。そいつに火を吹かれたら俺たちは瞬きの間に消し炭にされることだろう。

「あ、あのー……ちなみにイルザさんは龍を退治したことって……」

 イルザは俺たちを一瞥すると、小馬鹿にしたようにため息をついた。

「まぁ先に武器買いましょう。近くの小さな街で魔物退治屋として経験を積んだほうが良い。ダメならダメで魔物退治屋として外国で細々と生きていけばいいし」

「俺そんなの嫌なんだけど! なんで王子様なのに三人だけで旅に出されなきゃなんない訳? 学校に行って文官になって腹一杯に肉を食いたいだけなのに!」

 俺の将来の夢は母さんと腹一杯の肉を食べることだ。つい先日もその話をしたら「そんなに肉ばっかり食べられない」と文句を言いながらも嬉しそうな顔をしていた。魔物退治屋なんて筆に関係ない仕事についてみろ。肉を手に入れる前に自分が魔物の晩御飯になるに決まっている。母さんが泣くぞ。

「生まれた順が最悪だったね。同情するよ」

「それだけ!?」

 イルザは麻袋の中に入っている金を数えながらまたため息をつく。三人で旅に出るにはちょっと心もとない金額のようだ。

「そんなこと考えてる暇がある生活ができるなんて、アンタやっぱり王子様なんだね。いいから薬草買ってきな! 金髪は食べ物買出し。パンとベーコンと干し果物ね。よろしく」

 俺は手に握らされた小銭を汗でべたべたにしながら生まれてはじめてのお使いを無事に完遂した。薬草の質が悪いとか文句を言われてしまったが、はじめてにしてはよくやったほうだと思う。

 ちなみに薬草って俺が読んでた大衆小説と違って、体力が蘇るたぐいのものではないらしい。裂傷を塞ぎやすくする効果しかないなんて、普通の布を沢山買ったほうが安くつくだろう。

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