第4話 パチンコ

「ようこそアンダーツリーへっ!!」


 胸にドンッとこぶしをあてる衛士さんが街に通してくれた。木でできた頑丈な門扉をくぐると一直線に巨木まで開けた大通りの喧噪が響いてきた。頭をあげて見たら視界が大樹で覆われる。大樹の影には入ってないようで、街の人気も明るいようだ。爽やかな木々を覆う独特の風を感じ、これはゲームのロープレで言う世界樹に違いないと思わされる一方、ここがファンタジーなどではなく、現実だと感覚的に突きつけてくる


「本当にここが現実なんだな、見ろよあの木! あの~木何の木の何倍あるんだ?」

「何の話なんですか? それより花粉とか大丈夫なんでしょうか? マスクとか売ってたらいいけど?」

「いや、大丈夫だって! あの木の大きさで花粉が襲ってきたらそりゃあ大きな粒子だろうけど、そんなところに街は作らない……はず」


 毛虫とかいないよな? あのでかさの規模の毛虫とかいないよな? ファンタジーって? スライムいたし。いや、でも毛虫か。考え事で虚空を彷徨っている俺をおいて、巴は通り沿いにずらりと並ぶ露天をのぞきこんでいる。ふらふらウィンドウショッピングした後、匂いに誘われるように、串物屋の前で佇んでいる。醤油のようなつけダレを通して焦がしたであろうおいしそうな肉をちらちらと気にしている。そうだなまずは住処と食べ物か。


「巴行くぞ! 何をするにもまず金だ! こういうゲーム風なら仕事を請け負わしてくれるところが絶対ある」


 おっちゃん、儲けたら食いにいくからとワニのしっぽを堂々白日にさらしている亜人さんに、冒険者ギルドの場所を聞いた。それワニ肉じゃねーよな? とは聞く度胸がなかった。大通り沿いの右手にあるらしい。串物のメニューと値段は見たこともない文字だったが、普通に読めるみたいだ。スキル様々。ちなみにパチンコの場所は首をかしげられた。まあギルドなら知ってる人がいるだろう。


「ギルドって学校で習ったことがあります。同業者で集まっている職能者の組合なんですよね。でも冒険者ってあんまり考えたくないですけどゲームとかのイメージですかね?」

「たしかにギルドって聞くと中世ヨーロッパなイメージはある。ただ、ゲームで言うギルドに近いなら国が管理してる仕事を主に冒険者に託すというか。討伐や収集、おつかいクエストなんかをしていく感じだと思う。ダンジョン探索なんかもあってだな、そういうロープレ題材にした機種昔にもあったなあ」

「お仕事ですか! 私頑張りますっ!」

「そうなんだよな異世界のハローワークなんだよな」

 ハローワーク? 公共職業安定所? えー異世界転生の皆様ギルドって言われてテンション上げて行ってますが! それただの職探し……え? 俺求職者なの? あれ? わくわく感は? いやそれしか選択肢ないし? あれ? ファンタジーって? パチンコ? そうだパチンコを打つためにも軍資金が要る!!


「危ない本来の目的を見失うところだった」


 俺が冷や汗を拭っていると巴が3階だての役所じみた建物を指さした。


「あれがそうなのかしら??」


 中に入ってみるとギルドは銀行のような窓口にロビーがあってお約束の掲示板もあった。なんでこういう世界観はアナログなんだろう? なぜ銀行のような印象を受けたかというと不釣り合いに広いのだ。白を基調とした内装で、高さもある。唯一目にとまる異世界チックなものは、中央においてある楕円の台座の上に精緻なレリーフのついた鏡だろうか、否応なしに視界に目に入ってくる。そのような荘厳な雰囲気のわりにクエスト表はアナログでお金はかかっておらず、窓口も3つあるうちの2つしか開いていない。全体的にちぐはぐな印象だった。

 不釣り合いに広い空間で、背の高い受付嬢がよくとおる声で対応をしていた。その傍ら、いかにも駄目そうな頬杖をついている、やる気なさそうな気怠げな深窓の令嬢がいた。なぜかそっちの窓口には誰も並んでいない。誰もいないならいいかと向かうと、途中視線を感じた。これ絡まれるか何かのイベントか? とドキドキしながら向かったが幸い何もトラブルが起きずに窓口の人に話しかける。均整のとれた顔は支えの右手でゆがんでいてなんか残念さがいっぱいだった。


「すみませんギルドに登録したいのですが」


 んーっと気怠げに虚空をさまよった視線がこちらにとまり言う。


「ギルドの登録は隣の・・隣の・・誰だっけ?」

「フランカですイリアちゃん」

「そうそうギルドの登録は隣のフランカに。あと、クエスト関係、報酬関係その他諸々も隣のフランカに」

「イリアちゃん! もう奥でお茶飲んでて!」

「いや、私はここにいる。ここが私の中立スポット」


 深いため息とともにフランカさんから申し訳なさそうに、フランカさんの列の最後尾に並ぶようお願いされた。

 仕方なく混んでいる列に二人して並んでいると受付の順番が回ってきた。


「先ほどはイリアちゃんが申し訳ありません。このたびは当冒険者ギルドにご足労ありがとうございます。担当させて頂きますフランカと申します。宜しくお願い致します。では冒険者志望ということでまずこちらの冒険者カードにお名前と契約の為魔力を頂きます。詳しいことはこちらの冊子に記載してありますが、まずは冒険者の最低限の資質を計るためこちらの魔道具に手をかざして頂けますか? なお真城つばさ様のご功績により新規登録料のご負担はありませんご安心ください。」


 へえーラッキー。真城つばさか。なんていい人なんだ。唯一登録料を払えるかという懸念がなくなるとともに心の中で見知らぬ日本人らしい人に遊都は感謝した。ハーデスの暗躍か日本人が結構来てんだなこの世界。

 言われるがまま水晶のような球体に手をかざす。

 内部に魔法陣のようなものが顕在する。その魔法陣に何か吸い取られるような感触がした。

 こころなしかちょっとだるく感じる。


「はい。魔力を確認しました。ありがとうございます。お次の方もどうぞ」


 巴もすんなり言うことを聞いて手をかざす。驚きを隠せない表情をしている。


「お二人とも冒険者の資質ありです。おめでとうございます。では、こちらの冒険者カードにお名前と契約をお願いします。契約は仕組みの維持に少し魔力を頂くこととなるのですが微量ですので生活に支障はありません。契約なさいますか?」

「遊都先にしてよ、私後でする」

 ぐいぐいっと背中を押されて前に出た。契約をしようとフランカさんからカードを受け取る。

「今更尻込みしたのか? 嫌だとしても俺たちこれから冒険者やっていくしかないんだからさ」

 名前を羽ペンで裏に書く。


 これあれだな、パチンコ店で会員登録するみたいだな。

 カードを表にするとぼわっとほのかな光で覆われている。

 くわっと力を入れて握りしめる。


「……」


 何かを考え込む受付嬢フランカ。


「……」


 おっかなびっくりこちらを伺う巴。


 そして俺は口を開く。


「……何もおきないんだけど」


「失礼しました。ひょっとして他国から来られた方なのかしら。ふふ久しぶりにあの称号を手に入れられるかもしれないのね。だとしたら魔力というものがわからないのも頷けるわ。さっき触れた見知結晶の魔力をとられる感覚を思い出して。今度は貴方から魔力を流すの。大丈夫、できるわ。落ち着いてね」


 がっかりするでも呆れるでもない何かを期待するような目でフランカさんが言った。


 魔力といわれてもよくわからないのでお腹の確か丹田と言われる所に力を入れた。

 呼吸を整える。体の表層を流れるこれか? 溢れるオーラとでもいうべき何かをカードに流れるようイメージする。


 ――その瞬間。


 世界が銀色に光った。


 ロビーの喧噪が一瞬とまり、やがてぽつぽつと出た呟きに呼応するように騒がしくなっていく。


「おい、みたかあの光っ、貴族がお忍びでやってきたぞ」

「馬鹿そんなわけあるかっ、こんな場末までくるってどんな酔狂だよ」

「でも今の光の魔力量おかしすぎるでしょ」

「いや、それよりあの光の色初めてみたんだが」


 口々に何かを言ってはこちらを注目している。

 その視線にどぎまぎしていると、


 ――背後から世界が赤く昏く染まった。


「ふーん、契約っていうから何かあるかしらと思ったけど、案外拍子抜けね。2階に早く行きましょう。なんだか居心地悪いわ」

 しれっと契約を終えた巴が袖を引っ張り2階に先導する。


 俺たちが2階の部屋に向かう途中、1階はまた騒ぎに包まれた。イリアは寝ていた。


 部屋に入ると前の方では間仕切りがあって中が見えないような小部屋があった。

 小部屋を守るように職員が一人立って誘導していた。


「入室された方は順番にお一人ずつお願いします。これから適職の判定を行います。判定結果はその後の人生を左右致しますので、当ギルドでは不必要な開示は推奨いたしません。では順番がくるまでお手元の資料をご一読ください」


 資料はあれだ命の保証はできかねぬとか負傷後のサポートとか。クエストで得た獲得金に舞い上がって破産した冒険者の話とかが載っていた。つまるところゴミだ。


「適職ね凄いのだといいね。冒険したりするのもいいけど早く帰りたいもの」

「まあ大丈夫だろ俺たちは神のハーデスに見込まれたんだから」

「そうね、きっとそう」


 不安なのだろうか。気丈なのだろうか。巴の消え入りそうな声の中にも覚悟を感じた。


「それに俺らの魔力って貴族並みらしいぞ。だったら適職だってすっごいのに決まってら」


 少しおどけていう俺自身も不安に思っているのは隠しきれない。

 小部屋から出てくる人が様々だからだ。


 明らかに表情が明るい者

 落ち込み泣きそうな者

 明暗くっきりか


 しかしその結果はよく分からない。


 よくよく考えてみると適職なんてプライバシーの塊みたいなもの公表されるみたいなことはないのだろう

ちょっとちやほやされてみたかったが、まっ、異世界転生したんだから優遇されてるだろう。


 なにやら思案していた巴は、「今度は私が先に行くわ」と言い残しあっさり小部屋の中に消えた。


「女ってわかんないなあ」


 ひとりごちながら何もすることのない俺は資料に目を通す。

 ゴミと思った資料の後ろにスキルについての情報がのっていた。


「普通最初の方にのせるべきだろうに」


 ぶつくされながらもさらっと目を通す。


 スキルには3種類ある。

 一つ目はユニークスキルとも固定スキルとも言われているその人独自のスキルである。

 なんとも言えないイラストで幹にあたると大げさに描かれている。 

 その幹のまわりにあるのがアクティブスキル。二つ目だ。枝や葉に例えられている。まあファンタジーで言うところの一般的なスキルで、先天的に獲得したり、後天的に獲得したりする。まあ努力が通用するものだろう。特徴的なのは、ユニークスキルと関連性が高ければ高いほど強力になったり独創的になったりするようだ。世界樹のように数多の枝葉にわかれそれは見事に花咲く体系の人もいれば針葉樹のようにまっすぐ直線的なスキル体系の人もいるらしい。まあ個性ってことだな。

 そして、理解を要したのが三つ目のパッシブスキル。これはこの世界に存在するだけで恩恵を受けている。一番身近な有名例として世界に漂う魔力を自動的に使用することで、言語の壁をなくした・・・・・・・・・とある。魔力を吸収して自動で発動していることから根に例えられている。

根源にあるスキルと派生したスキル、そして自動で付随するパッシブスキルをこの国か世界かはわからないが神聖な世界樹になぞらえてスキルツリーというらしい。


「転生特典...言語理解とか言ってたよな」


 なんか嫌な予感がひしひしとしてきた。

 お呼びがかかって巴が入った小部屋の隣に入ると台座に安置されている石版とその周りを植物が彩っていた。石版に魔力を注ぎこんでと言われるがままに触ると石版が輝きスキル構成が表示される。


<ユニークスキル>

神眼

<アクティブスキル>

乱数支配ランダム・オーダー

乱数確定ボタン

<パッシブスキル>

言語理解・時刻理解・スキル表


「これは後衛なら凄いスキルですよ!! シーフとかおすすめです。初めてみました神眼なんて!神を冠するスキル名が実在していたなんて!そもそも神の名を冠するのは噂では真城様ぐらいで...」


 なにやら興奮して色々話しているお姉さんにそれ実はゴミスキルなんですとは言えなかった。

 そうかこれか。

 チュートリアルの場でハーデスと別れた時の不意の一言を思い出す。


 何故俺を選んだんだ?


「なあに儂も好きなんじゃよ……ギャンブルが」


 くそジジイ。


 はめやがって。


 特典ないじゃないか。


 小部屋から出るとめっちゃくちゃ笑顔の巴がいた。


「ねえ聞いて聞いて。前衛として難あるけど向いてるって言われた。安定する方法見つけたらいけるって。お姉さんに驚かれちゃった。炎に関するスキル持ちだって! これで早く帰れるかなあ」


 えへへ。という擬音が聞こえるぐらい巴はコロコロ笑っていた。さっきまでの不安が嘘のようだ。

 だがしかし、パチンコのない世界に来たかいはなかった。


「お前もあのギャンブラーにはめられたのか」


 じじいのしらじらしい態度を思い出しちょっといらついて言う。


「ギャンブラー?」


 巴がキョトンとした顔で聞き返す。


「あのハーデスと名乗った爺さんだよ、あの爺さん別れる時にギャンブルが好きって言ったんだよ、思い出した。大体会った場所からしておかしかったんだ、パチンコ店に神様がいるかっての。恐らくだまされたんだ俺たち」


 どかっと椅子に座り頭を抱える。

 ため息を吐きだすと巴が立ち上がる音がした。

 つられて見上げると、心底見下したかのような視線で巴がつぶやく。


「……最低。ギャンブルなんて人として終わってる」


 明らかに怒気を孕んだオーラが見えるようだ、というか見えている。これが魔力??


「ねえそういえばさっきから言ってたパチンコってひょっとしてあのパチンコ?」

「そう、そうだけどそれがど……」

「なんで無駄なことしてるの?」


 真顔で表情が読めない。


「あんなの百害あって一利もないじゃない」


 巴が小刻みに震えていた。


「パチンコをやってる人なんて、皆死んでしまえばいいのにっ」


 ぼろぼろと涙をこぼしながら巴が続けて言う。


「なんでなんで私はこんな男を頼らなくてはならないの」


 とりあえず落ち着けと袖を掴もうとした俺に対し、さわらないでと巴が叫ぶ。

 周囲の視線が集まる。喧噪が広がりそれを断ち切るような声が木霊する。

 

「パチンコは悪よっ」


 巴が部屋から飛び出し去って行く。 


 パチンコは悪――その言葉に俺は何も言い返せなかった。

 言う言葉を持たなかった。

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