第3話 ステーキ
脂の乗った薄桃色の断面が、電灯の光を受けて眩く煌めく。口に含んで咀嚼してみれば溶けるように崩れていき、脂の甘味が口いっぱいに広がっていく。
グラドル仲間とのクリスマスパーティーの為に訪れた一流ホテルのレストランで、月崎ディアナは高級牛ヒレステーキの美味さに打ち震えた。
これまでの人生においてディアナは何度かA5ランクの高級牛肉とやらを口にしたことはあり、そのどれもがディアナの舌を唸らせたものだが、目の前のステーキは群を抜いて美味かった。美味すぎて心臓が何らかのショックを起こすのではないかと疑う程だった。
ただ、量があまりにも少なかった。長編5cm程度の長方形が5切に、申し訳程度のラディッシュと何かの葉が添えられているのみ。
『すくねぇ〜!前から思ってたけど高級肉って超すくねぇなぁ〜!もっといっぱい寄越せ〜!同じ長さの肉が5切れってことは本来その両端にこれより長いか短いかの切れがあっただろ〜!それ全部寄越せ〜!』
ディアナは心の内で怒号を放ちまくった。しかし親しい者同士の集まりにおいてディアナという女は本心を包み隠すのが誰よりも上手くなるもので、口許を手で隠し「美味しいわぁ」と慎ましやかに笑う様は仲間達を惚れ惚れとさせた。
1ヶ月程が過ぎた頃、ディアナの手元には靴底程の大きさの霜降り肉が2枚あった。これはディアナがふるさと納税によって手に入れた和牛のサーロインで、ディアナはこれをステーキにすることでレストランでの不満を晴らそうとしたのだ。
ディアナは腹の底から湧き上がってくる喜びを笑い声に昇華した。とにかく高笑いを繰り返しながら、フライパンでじっくりと肉を焼き上げた。
せっかくだから2枚とも食べてしまおう。ステーキなんだしバターも添えよう。ディアナは欲望のままに焼き上げた2枚のステーキを皿に盛り、四角形に切ったバターを乗せた。肉の熱を受けてジュワリと溶け出し広がっていくバターが、ディアナの食欲を掻き立てた。
「夢のようなステーキだわ〜!いただきまーす!」
ディアナの両手に握られたナイフとフォークが暗褐色の肉を捉え、その身を刺し、一口分の肉を切り取った。断面はかつてレストランで見たものと同じ薄桃色である。
ディアナは肉を口に含み、噛み締めた。素人の手で焼いた肉はレストランで食べたものと同じとまでいかなかったが、それでも涙が出る程に美味かった。
「美味しい!すごく美味しい!これがいっぱい食べられるなんて!」
ディアナはステーキを2切れ、3切れと切り取り、次々と口に運んだ。しかし6切れほど口にしたところで、唐突に手が止まってしまった。ステーキはまだ1枚と半分が残っているのに、ディアナの胃は重くなり、脂の流入を受け付けなくなってしまった。
レストランで出された程度の量が、霜降り肉を食べるにあたっては丁度良かったらしい。ディアナは肉にそっとラップをかけた。
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