ザーッという激しい雨音に変わり、僕は立ち上がるとカーテンを開く。外は暗く、大きな雨粒が窓を打つ。水を弾くような音を立てて、道路を車が通過していく。大きな光が一瞬だけ差すも、自室から漏れた光がブロック塀を照らしている寂しい景色がそこにはあった。

 あの女はちゃんと屋根のある場所にいるのか、少しだけ心配になっていた。

『実家に帰省してきたんです。両親が帰って来いってしつこくて……私、忙しいって、いつも言ってるのに』

 呆れたようでありながらも、どこか自慢げな女性アイドルの声が聞こえてくる。そこで僕はテレビの方を振り返る。

 画面に映されたアップの写真には、家族と食事を楽しむアイドルの姿があった。

 なんだかんだ言いながら、結局は楽しんでるじゃんか、と僕は内心で苦笑する。

 それからカーテンを閉めて、小さなテーブルの前に戻る。

 そこで今度は、実家で飼っているのであろう犬と一緒に映っているアイドルの写真に切り替わっていた。

 こっちに来て二年目になる僕は、これまでに一度も帰省していなかった。最初の一年は、帰ってくるのか聞かれもしたけれど、僕が気乗りしないのを察しているのか、聞いてこなくなっていた。

『親子で過ごす時間って、そんなに多くないから。親孝行だと思って、たくさん会ってあげなよ』

 年配の司会者がそう言って、アイドルを宥める。その司会者の言葉に納得する反面、それが正しいことなのか疑問もあった。

 父が僕に会いたいのか分からなかったし、あの女が母親だとして、夫と子供よりも故郷を取っている。

『それに女の子なんだから、なおさらお父さんは心配だろうしね。逆にお母さんは息子が気になって仕方なくなるもんなんだよ』

 親の代弁者のような口調で司会者が語る。

 じゃあ、僕の場合はどうなるんだ? と思わず問いたくなった。

 あの女は僕に会ったとき、そんなに感動していなかった。それどころか、僕に人魚に戻る方法を聞いてきたぐらいなのだから。

『確かにそうですね。親というものは、何歳になろうとも子供は子供のまま。常に心配で堪らない存在なんですよ』

 ママタレントと呼ばれる人が、司会者を援護する。

 そこでスマホが振動し、僕は画面に視線を向けた。

 父と書かれた表記に、僕の心臓が跳ね上がる。

 出るのを迷った末に、ついでにあの女の事も聞いてみようと通話ボタンを押した。

「どうしたの?」という僕の問いから始まり、「調子はどうだ?」という当たり障りのない返しが続く。

「変わらないよ」と答えると、「そうか」と父が言う。そこで無言。電話したは良いけれど、何を言えば良いのか分からないようだった。

「……お母さんが心配してる。たまには連絡をよこしなさい」

 父の言葉に僕は、さっきの司会者の言葉が頭を過った。それからあの女のことも。

「ねぇ、僕を産んだ母親に会ったんだけど」

 確定はしていなかったけれど、僕はカマを掛ける為にそう切り出した。

 案の定というべきなのか、父が押し黙った。

 しばしの沈黙の末、やっと「どこでだ?」と父が言った。

 やっぱり生きてたのか、と長年の疑念が確信に変わる。

「今住んでるとこで。やっぱり生きてたんだ」

「……気付いてたのか」

 諦めたような溜息が、電話越しに聞こえてくる。

「電話ではなんだから、今度うちに来たときに話す。お前ももう成人したからな。いずれは分かることだが――」

 今すぐにでも知りたいという気持ちもあったけれど、僕はそれをぐっと呑み込んだ。

 この機会を逃したら、父と顔を合わせることがなくなってしまうかもしれないと思ったからだ。

「分かった。近々、そっちに帰るよ」

 僕はそう言ってから、「じゃあ、また」と言って電話を切った。

 あの女はやっぱり母なのだろうか。せめてそこだけでも、ちゃんと聞けば良かったと電話を切った後で後悔した。終始歯切れの悪い父の態度もあったけれど、僕の方も何処か遠慮があった。

 外からは相変わらず、激しい雨音が聞こえてくる。

 テレビから、ピコンピコンと甲高い音が流れた。


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