第7話 王子、お姫さま抱っこされる

 俺がレティーの振りだと? この俺が?


「無理無理無理無理! 出来る訳無いだろう! 女言葉でしゃべって、仕草も女性らしく? レティーでは無いとバレないように? そんなの、どうやったら良いのか、皆目見当も付かない!」


 俺は大きな声を上げてしまった事にハッとして周りを見渡した。誰かに聞かれていないか心配したのだが、レティーはそんな事はお構いなしの様子だ。どうやら防音結界を引いているらしい。


「無理も何もないのよ、アラン。やらなくてはいけないの。今、私たちには出来る事は他に無い。どうにかして方法を見つけて元に戻れる時まで、バレないようにしないといけないの。」


 レティーは俺を悟すように続ける。


「最初はアランが女性らしく振る舞うってだけで、とても難しい事なのかも知れない。言葉や仕草、歩き方だって気をつけなくてはいけないでしょう。女性は思いのほか同性の仕草や表情、話し方なんかを見ているわ。バレないようにっていうのは細心の注意が必要かも。でも、それをこなさないと、それこそ本当に幽閉コースまっしぐらよ。」


 そう言われて、理屈では分かっても出来る訳が無いと心が拒否反応を示してしまう。


「だいたい、俺には女物の服を着たり、髪を整えたり、そんな事が出来るとは思えない。侍女にしてもらうにしてもどうしたらいいんだ? それにやっている最中、俺は恥ずかしくて叫び声を上げてしまう自信がある。どうすれば良いんだ・・・」


 レティーはキョトンとした表情をした後、少しだけ微笑み、後ろに控えていた少女を私の前に来るように呼んだ。


「この娘はリリアーヌ。リリーと呼んであげて。幼い時から私の侍女をしてくれていて、私の好みや癖はもちろん、髪や肌の質など、私の事について多分知らない事はないわ。私が一番信用している侍女であり、そうね、友人よ。」


「・・・お嬢様、この上なく嬉しいです。そんな風に言って頂けるなんて・・・リリアーヌは光栄です。」


 リリアーヌという侍女が両手を胸元で組み、レティーを見て涙ぐんで言った。


「リリーには私のお付きとしてこの学園や色々な会にも付いて来てもらっているから、あなたも顔くらい見た事あるんじゃないかしら。

 リリーにはロズリーヌ様と一緒に最初に全てを話したわ。私達の秘密を守るには、知っている者は少ない方が良いのは分かっていたけど、この二人にはどうしても協力者になってもらわないとどうにもならないと思ったの。」


 そして、レティーは一呼吸おいた。


「そして、そう。彼女は今日からはアラン、あなたの身の回りの世話をする侍女になる。協力な助っ人よ。

 リリー、私の為と思って、この『私』に尽くしてちょうだいね。」


 は? 俺の世話をする侍女だと? なに? 俺がレティシアとして世話されるのか?


「そんな、お嬢様・・・私はお嬢様の侍女です。お嬢様についていく事は出来ないのでしょうか?」


 リリーは不安そうにレティーを見ている。それはそうだ。急に何も分からない俺に仕えろと言われても困惑するばかりだろう。


 でも、俺だって不安だ。到底、皆をだまし通せるとは思えない。


 しかし、そんな俺は無視してレティーは話しを続けた。


「ああ。リリー。いつもあなたは私に尽くしてくれる。本当に嬉しいわ。でも、今の私はアランの身よ。私について来る事は出来ないわ。アランの入っている『私』に仕えて、アランを補佐して欲しいの。私が元に戻れるまで、どうか『私』を守ってね。これはあなたにしか頼めない大事な仕事なの。

 それから、アランには遠慮無く色々言って欲しいの。私らしく過ごせるように。」


 レティーはそこで今度は俺の方に向き直り言った。


「ねぇ、アラン。あなたも私になりきらなくちゃならないのだから、リリーの言う事は怒らないでよく聞いて下さいね。」


 俺を見る『俺』の真剣な眼差し。痛いほど俺を見ている。ふと、そんなレティーの手が少し震えている事に気がついた。


 そうか。不安なのは俺だけじゃない。これから俺として生活して行けるのかどうか、レティーだって不安なのだ。あのレティーだぞ。俺に事ある毎に勉強しろだの魔法の基礎訓練しろだの、それこそ口うるさく言ってきた完璧レティーが、だ。


 あいつは今これ以上無く俺たちの事を考えてくれているのだ、この事態を上手く収めるために。俺がそこから逃げてどうするというのだ!



 俺は大きく深呼吸をして、覚悟を決めた。


「分かった。俺も漢だ。どこまでレティーになれるか分からないがやってやるさ! バレたらその時だ。」


「それでこそ、アランです。お互い頑張りましょう。」


 レティーが俺の顔で少し微笑みながら言った。


「ロズリーヌ様も私達のような入れ替わりの事例について、医師の立場からお調べ頂きたいのです。よろしくお願い致します。」


「分かりました。治療士兼医師としてはとても興味深い症例です。過去の文献等調べさせて頂きます。」


「さて、そろそろ時間かしら? ここまで話せたのは大きいわね。アラン、いえ、レティシア。気持ちの方は大丈夫? 準備は出来たかしら? いや、ここは私はアランらしく、『レティシア、準備はいいな?』 と言った方がいいかしら。」


 レティシアと呼ばれて、俺は思わず苦虫を潰したような顔をしてしまった。


「やりたくなくてもやらなくてはならないと言ったのはレティーだぞ。分かった。覚悟を決めたよ。それにしても時間とは何だ? 何を言ってる?」


「私がここへ来る前にリリーが公爵家に連絡を入れたようなの。先触れを出した時にそう聞いたわ。そうよね、リリー。恐らく今頃は家の者・・・多分侍女頭のエマが迎えの馬車に乗ってこちらへ向かっていると思うの。そろそろ着く頃ではないかしら?」


「そ、そうです。お嬢様の意識が戻らないので、私が連絡を入れました。」


 リリーが言う。


「緊急連絡用の魔道具を用いてしまったので、迎えが来るのは早いと思います。ああ、こんな事になっているなら連絡など入れなければ良かった。」


「リリー。あなたは私を思って行動してくれたのだし、そんなに気にする事はないわ。それに、アランにはしばらくお屋敷で休んでもらいながら、淑女としての諸々を学んでもらう良い時間が取れると思うの。付け焼き刃でも何でもとにかく頑張って。そして、無事に学園に戻ってきてね。」


 リリーは今度は俺の方に向き直る。


「本当は時間があれば私の方にも協力者が欲しかったのだけど・・・ローラン様やマクシム様は見方になってくれるかしら?」


「ああ、あいつらなら信用出来る。きっとお前の力になってくれるだろう。」


 俺は自信を持ってそう言い、レティーが頷いた。


「分かったわ。時期を見てお話ししてみる。でも、アランがいない状況で、私だと信じてもらう自信があまりないわ。説得出来そうか、少し考えてみる。」


 そう言ってレティーは思案顔をした。


「あと、そうそう。お母様は気を付けないと、何か変だってすぐに気付くかも。お母様は私の事大好きだから。もしかしたら味方になってくれるかも知れないけど、こればっかりは分からないわ。とにかく、しっかり私の振りを頑張って!」


 俺はきっと引きつった顔をしていたと思う。いきなり公爵家へ行き、家族の前でレティーの振りをしなくてはいけないのだ。出来るだろうか。


 いや、出来る出来ないじゃない。やらなくてはならないのだったな。


「アラン、そんなに緊張しないで。さっきも言ったけど、リリーのアドバイスをよく聞いて。それから、私のしぐさや話し方をよく思い出して。きっと上手くいく。」


 レティーの声、いや俺の声なのだが、優しい声音で話されて、少し緊張がほぐれていく。俺はこんな声も出せたのか。


「分かった・・・いや、分かりましたわ。」


 女言葉は恥ずかしかったが、レティーが話す感じで話してみた。


「・・・ふむ。そうだな。レティーはその方が良い。やれば出来るじゃないか。」


 俺たちはお互いの目を見て、笑い合った。




 それから、いくら打ち合わせの会話をする事は出来たが、それもほんの僅かだった。


「あ、結界に外から反応があったわ。お迎えが来たみたい。さぁ、ここからは私達はお互いアランとレティシアよ。リリーとロズリーヌ様もよろしくお願いします。」


「「はい。」」


 レティーが結界を解き、ノックの音が聞こえてきた。ロズリーヌ嬢がドアを開け、侍女頭と思われる女性が入ってきた。リリーが挨拶をする。


「レティシアお嬢様が階段から落ちて意識が無いと聞きました。急ぎ公爵家から駆けつけたのですが、お嬢様のご様子はいかがでしょうか?」


 女性が青白い顔で聞いてきたが、室内を探り、俺と目が合った途端、安堵の表情を見せた。俺はそれを見て逆に緊張したが、レティーがそっと手に触れてくれたので冷静さを取り戻した。


「公爵家の方だね。レティシア嬢はご覧の通り、意識を取り戻した。ただ、まだ少し混乱しているようなのだ。公爵家へ連れて行き、ゆっくり養生させてあげてくれ。そこのリリアーヌが付いてくれるそうだ。

 今日はおかかえ医の診察など色々あるだろから見舞いは遠慮しておく。明日以降見舞いに行きたいと公爵殿にお伝えして欲しい。」


 おおっ。レティーが俺になりきっている。切り替えが早いな、と感心する。俺にしてはちょっと声が優しい感じがするが、この事態だ。仕方ないだろう。


「ええ、まだちょっと頭が混乱しているみたいで、細かな記憶がおかしいみたいなの。少しゆっくり休みたいわ。」


 俺も負けじと『レティシア』のようなしゃべり方をしてみた。やれば出来るじゃないか、俺。少し、というかかなり鳥肌が立ったがな。


 それにしても今日はあいつは見舞いには来ないのか。正直言えば不安だ・・・しかし、貴族の面倒なしきたりを考えたらそれもそうだな。これも仕方がない事か。


「お嬢様、馬車まで担架か車椅子でお運びしますか?」


「大丈夫・・・って、えっ?」


 侍女頭が心配げに聞いて来たので返事をしたのだが、途中、レティシアが急に俺の身体の下に腕を入れ、抱え上げた。


 こ、これはいわゆるお姫さま抱っこ・・・お、俺がお姫さま抱っこされるとは。ど、どういう事だ!


 それに、か、顔が近い。どういう訳かドギマギしてしまう。


 抗議の声を上げたかったのだが、驚きのあまり声を出すことは出来なかった。



「大事な婚約者だからね、俺が馬車まで運ぼう。」


 至近距離から満面の笑みで言われ、何故だか顔が熱くなる。俺の顔のはずなのだが、何故だか子どもの頃俺が大好きだったレティーの笑顔と重なって、心なしか胸が騒ついた。


「お嬢様、尊い・・・グッジョブです。」


 リリーが侍女頭に聞こえないように小さく呟いたのが聞こえた。


「お嬢様、良かったですわね。アラン殿下が直々に運んで下さるなんて。」


 侍女頭が笑顔でそう言ってくるが、俺は顔が熱くて仕方がない。きっと真っ赤になっているのでは無いだろうか。何故俺が『俺』に照れなくてはいけないのか。相手はあの小言のうるさい完璧女レティーだぞ!


 少しだけ反抗して暴れてみたが、元々レティーの身体の筋力だ。ポカポカとただ胸を叩いているようにしかならなかった。


「リリアーヌも侍女頭の方も、レティシアをよろしく頼むよ。」


 レティーが『俺』の顔でウィンクをしながら言ったからだろう、侍女の二人がポッと頬を染めたのが分かった。っていうか、イケメン過ぎだ! どうなってる。


「こ、これはとんだ女たらしになりそうですね、お嬢様。」


 リリーが頬を赤らめながらボソっと呟いた。

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