第4話 公爵令嬢、説明をする

 ここシェロン王立中央学園は貴族子女達が集う学園で、12歳から18歳までの6年間、貴族としての義務や作法、領地経営の方法や、魔法に関する学問など、多岐に渡る事柄を学習する目的で作られた学園だ。昔は各々の貴族が家庭教師を雇い、それぞれの領地で子息や令嬢達を教育していたが、地方の貴族では良い家庭教師を呼びにくい事、それにより学問やマナー等に差が出てしまう事などから、より平等に貴族教育を受けられるような環境を目指して先々代の国王により作られた。


 地方による格差を無くし、教育のレベルを上げる事で、国全体を良い方向に発展させよ、という御達しなのだ。その為、貴族は該当する年齢になると、地方・中央問わずこの学園の寮に入り勉学に励む事になる。これは王族であっても従わなくてはならず、アラン第一王子もその一人だし、私のような公爵令嬢であってももちろん御多分に漏れない。


 卒業後は皆それぞれが王都に残ったり自領に戻ったりして、政治や社交に励む事になる。私とアランは後二年で卒業になる。卒業したら、より国の中央に関わっていく事はもちろん、周囲の模範となっていかなくてはならないのだ。


 学生達の住む寮は男子寮・女子寮と分かれていて、中央の校舎棟からそれぞれ東側・西側に作られている。普段はもちろん男子は女子寮には入れないし、女子は男子寮に入れない。例外は規則に則ったお茶会やイベントに招待された時だが、この時だけは決められた場所のみではあるがお互いが交流の場として入ることが出来た。


 実はこれ以外にも例外があって、具合が悪くなったり怪我をした者が救護室で休んでいる時に、そこに血縁者や婚約者が、お見舞いないしは家へ連れて帰る事を目的として行く時だ。


 私も今、この例外に則って、女子寮の救護室に向かっている。まぁ、本当は女子なのだが、今は何故かアランの身体になってしまっているのだから仕方がない。



 救護室に着いて、ローラン様がドアをノックして下さった。


「アラン殿下がお見えです。お取り次ぎをお願いします。」


 中からガタンと椅子が動く音がして、少ししてドアが開いた。出てきたのは、女性の治療師で、緩いウェーブの髪を後ろで一つにまとめ、キリッとした雰囲気の方だ。この方はロズリーヌ様と言い、代々治療師の家系で家は子爵家で貴族出身だ。治癒魔法に長けた家系で、この方もその血を引き継いでいたため、治療師になったと聞く。人々の役に立ちたいという思いから、怪我を主に治す治療師と病気を主に治す医師と両方の資格を取ったそうで、とても優秀な方だ。


 ロズリーヌ様には、私が体調が悪い時には色々とお世話になった。この方にも真実をお話しして、私が元に戻れるように力を貸して欲しい。


「アラン殿下。殿下におかれましては益々ご健勝の事と存じます。」


 ロズリーヌ様が私に対して、スカートを少しだけ広げ少し膝を折り、カーテシーの礼をする。


「まずは私を救護室に入れて欲しい。親族または婚約者は見舞う事が出来るはずだ。」


「失礼ですが、王子。先程、先触れの方には侍女の方から丁寧にお断りを入れたはずなのですが。」


 ロズリーヌ様はそう言って私を牽制してきた。当然だよね。先にお断りしてるんだし。


「知っている。だが婚約者を見舞って何が悪い。それにその侍女とあなたに話したい事があったのだ。」


 奥から侍女のリリーもやって来た。


「アラン殿下、お言葉をお許し下さい。お嬢様は殿下と階段を転げ落ちて、まだ意識が戻っておりません。ですが、普段の様子から、お嬢様は自分の意識の無い所や具合の悪い所を人様に見られたくないと思っておられると思うのです。お見舞いはもう少し回復されてからの方が。」


 リリーが私の為を思って、アランに意見している。緊張して手と足が震えているのが分かる。ありがとうリリー。あなたは主思いの優しい娘だよ。心からそう思った。


 だけど、今は私がレティシアでありアランだ。何が何でも入らせてもらう。


「そなたの主思いの気持ちは分かったが、俺は見舞いだけではなく、そなた達にも話しがしたいと言ったのだ。入るぞ!」


 そう言って、リリーの制止も聞かずに中に入った。


「そういう事情だから、ローランとマクシムは控え室で待っていてくれ。元から男性は血縁者か婚約者しか入れないのだからな。」


 ローラン様とマクシム様に対する牽制も忘れない。お二人にはまだ聞かせられない。聞かせて良いのかも分からない。特にローラン様の性格は慎重派だから、私を病人扱いして面倒な事になるかも知れないのだ。


「他の救護士の者も人払いだ。一時退室して欲しい。」


 私はそう救護室に待機している救護士達に部屋を出るように伝えた。そして、彼女達が出て行った後、ドアに鍵をかけ、すぐさま魔法で防音結界を引いた。


 ロズリーヌ様とリリーは困惑した表情で事態を見守っていたが、ようやく気を落ち着かせたのか、ロズリーヌ様の方から声をかけてきた。


「殿下。いささか強引なやり方ですが、私たちにも話しがあるというのは、何か込み入った事情があるのでしょうか。私が聞いてしまっても良いのでしょうか?」


 私はようやく良く見知った顔の者だけになって、ホッと息をついた。


「ロズリーヌ様!リリー! これでようやく気兼ねなくお話し出来るわ!」


 二人が急に自分の名を呼ばれて、驚いた様子で目を大きく見開いた。


「あ、アラン殿下。私の名を覚えて頂いていて光栄です。殿下とは数度夜会でお会いしたくらいかと思うのですが。」


「わ、私も名前を覚えて頂けて光栄です。ですが、お嬢様から聞かれたのでしょうか? 殿下と直接お話しするのは初めてで。」


 二人とも困惑した様子だ。さて、どうやって話したら良いのか。


「二人とも私のいう事を落ち着いて聞いて欲しいの。どうしてこうなったのか全く分からないのだけど、私がレティシアなの。」


 二人とも目が点になってる。私だってどう説明して良いか分からないのだ。理解だって出来ないだろう。急にアランが女言葉になって、おかしな事を言い出したと思っているのかも知れない。頭がおかしくなったと思われているかも知れない。それでも、この二人を仲間にするには理解してもらわないといけないのだ。


「頭がおかしくなったと思われるかも知れない。私も今の事態を良く分かっていないの。だけど、この状況を打破するためには、元に戻るには、二人の力添えが必要なの。

 大元はやっぱり、階段からアランと転げ落ちた事だと思う。そこまではいつも通りだった。でも、階段下まで落ちて、気がついたら『私』の身体が目の前にあったの。皆が私の事を王子と呼んで、男子寮の救護室に連れて行かれたわ。そこで、鏡を見て私がアランになっている事に気がついたの。頭がおかしくなったと思われそうだったから、逆にアランの振りをしてここまで来たわ。」


 私は一気にまくし立てた。


「ア、アラン殿下。お気を確かに。まずは落ち着きましょう。椅子に腰掛けて下さいませ。」


 ロズリーヌ様が到底信じられないという体で、真っ青な顔で椅子を勧めてきた。きっとおかしくなったと思われているのだろう。


 私は椅子に座り言った。


「ありがとうございます、ロズリーヌ様。でも、そんなに思い詰めたお顔で見ないで下さい。私は頭がおかしくなった訳では無いのです。このおかしい状況をどうにかしたいのです。」


「で、では、あなた様がレティシア様だという証拠は無いでしょうか? 何か信じられる事があれば良いのですけど。」


 確かにそういう証拠があれば良いのだけど、私が私だという証拠って難しい。


「そうですね。私の身体はアランになってしまっているし、身体的特徴や持ち物などは証拠にならないでしょう。ですので、例えば、アランが知らなくて、私だけが知っているような事柄をお伝え出来たらいかがでしょうか?」


「というと?」


「例えば、ロズリーヌ様は今はこうして学園の救護室の治療師件医師をされておりますが、ゆくゆくはご実家のあるオクレーヌ領に戻られて、領民の為に病院を開きたいと思っていらっしゃる事とか。子爵家は弟君が引き継ぐので、その手助けをしたいとおっしゃってましたよね。」


「どうしてそれを・・・」


「それから、リリー。あなたは私がまだ幼い頃から側に仕えて下さっていて、私の事は色々知っていると思いますけど、私だってあなたの事を色々知っています。あなたは、私が子どもの頃、初めてあげたプレゼントである刺繍入りのハンカチを大事に大事に持っていてくれていますね。私の拙いスノードロップの花の刺繍を。」


「え? アラン王子が何故それを? お嬢様と私だけの秘密なのに。」


 リリーはとても驚いた様子だ。


「それに、今朝、あなたが選んでくれた髪留め、本当は紺のリボンでしたけど、向こうの奥のベッドでまだ気を失っているレティシアは違うはず。私が今日は水色にしたいと言ったのだもの。・・・でもそうか、今は横になっているのだから、もしかしたら髪はほどかれているかも知れないわね。」


「どうしてそれをご存じで・・・まさか・・・」


 リリーは驚いて両手を口元に当て、私の顔をじっと見つめた。


「お嬢様とアラン王子は婚約者同士ですが、最近はあまり会話も無く、疎まれているようだとお嬢様はおっしゃっていました。今朝の事をアラン王子がご存じの訳が無いと思います。・・・もし・・・もし、あなた様がレティシア様だとしたら、あちらで休まれている方は一体・・・」


「それが分からないの。私が今、アランの身体の中に入っているから、多分、あちらはアランなのだと思うわ。でも起きてみないと何とも言えない。あちらもやっぱりレティシアなのかも知れないし。でも、それはきっと無いわね。だって、私にはレティシアとして私しか知らない記憶がしっかりあるし、アランとしての記憶なんて無いのだもの。アランの今までの記憶と人格は、きっと私の身体の中に入っているんじゃないかしら?」


「そんな!」


「とにかく、元に戻る方法を考えなくてはならないの。ロズリーヌ様、二人が入れ替わったとか、人格が移ったとか、そういった話しを何か聞いた事はありませんか?」


 急に話を振られたロズリーヌ様は少し驚いた後、思案顔で答えて下さった。


「うーん。そうですね。私も治療師として医師として色々な勉強をしてきたけど、多重人格とかそういう話しはあるけれど、入れ替わったなんていうケースは聞いた事がありません。」


「そうですか・・・。」


 何か手がかりでもあるかと期待もしたが、やはりと言った気持ちの方が強い。


「とにかく私は何か手がかりが見つかるまではアランの振りをしなくてはいけないの。でないと、王子の頭がおかしくなったと思われて病院送りになるか、最悪廃嫡されて、どこかに隠居させらるかも知れないわ。そうなったら、元に戻る機会もなくなると思うの。

 それに、それは『私』の身体の方も同じ。もし頭がおかしくなったと判断されたら、王子との婚約も解消されるだろうし、もし修道院にでも入れられでもしたらもう戻る機会も無くなってしまうと思うの。これは最悪の場合だけど。」


「そんな・・・」


 リリーが青い顔をして目尻に涙を浮かべながら答えた。


「リリー、そんな顔をしないで。私が元に戻れるように、あなたには協力してもらわなくちゃならないのだから。特にあちらの私の身体にアランが入っていた場合。二人が元に戻るまで、アランに私の振りをさせなくちゃいけないのよ? 女性の言葉遣いに仕草、それにマナー。彼にそんな事出来ると思う? だからあなたの協力が必要なの。『私』の側について色々教えてあげられるのはあなたしかいないのよ、リリー。」


「えっ?」


 リリーはそれを自分がしなくてはいけないのだと悟り、絶望的な顔をして私を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る