第3話 公爵令嬢、自分の見舞いに行く
さて、そうと決まれば、『私』の身体がどうなったか、見に行きたい。やっぱりアランの心が入っているのか。それとも考えにくいけれども、やっぱり、私の人格なのか? それとも、最悪、気を失ったまま起きないという可能性もあるだろうか。それは怖い。
それには、私が混乱しているとかおかしいと思われては、この救護室を出られない。早速、アランの振りをしていかなければ。
アランは普段は自分の事を俺と呼んでいたわね。
「オホン! ああ、二人とも。少し混乱していたが、俺はもう大丈夫だ。心配かけてすまない。」
アランだったら、こんな風に話すかな、という感じで喋ってみた。もう、すっごい違和感。声が低いだけじゃなくて、『俺』なんて今まで言った事ないし。男言葉って初めてなんだから。でも、正直言って楽しいかも。
足もくっつけない。開く。これも違和感。でもアランはいつもこんな感じで、普通に男性らしい感じでお茶を飲んでた。
「本当に大丈夫ですか、殿下。さっきは随分とおかしかったですよ?」
ローラン様、それは仕方がないんですよ。私だって、さっきまではまだ混乱していたし。
でも、私には一つ目的が出来たんです。アランになりきって『私』に優しく接する。元に戻れるまで、アランとしてしっかりした完璧王子を演じる。
どうやったら元に戻れるのかまだ見当もつかないけど。
そう心の中で思うも、噯にも出さない。
「ああ。さっきは俺も少し混乱していたようだ。もう大丈夫だ。心配かけたな、ローラン、マクシム」
ふふっ。幼い頃からアランの事をよく知っているからね。アランだったらこんな感じで話すかなっていうのは頭にある。完璧ですよ、私。お二人とも、呼び捨ててごめん遊ばせ。
「おっ。戻ったか、アラン。何だか大丈夫そうだな、ホッとしたよ。俺の事、『マクシム様』なんて、さっきは様を付けられて背中に虫唾が走ったからな! ヤバイって思ったぞ! わはは!」
マクシム様ったら・・・私の話し方、そんなにおかしかったんだ。まぁ、アランとしてはおかしいって事なのは分かるんだけど。
「私も、これは早急に王宮医に診察や検査をして頂かなくてはと焦っておりました。念の為、検査だけでも受けに行きましょうか?殿下。」
いやいや、それ困るから。
「いや、俺はもう大丈夫だ。むしろ、レティシアの様子を見に行きたい。気を失っていたからな。ちょっと心配だ。女性の救護室は女子寮にあるが、家人が病人を迎えに来る時の通路があるはずだ。そこから見舞いに行けるよう、先触れを出してくれ。」
って事で、お見舞いと称してレティシアの様子を見に行かなくては。もし、アランが中に入っているんだと、起きた時大騒ぎしそうだし。そんな事されたら、『私』が病院送りにされちゃうわ。
「本当に大丈夫ですか? 無理はしないで下さいよ。どうやら今は緊急という事はなさそうですが、今度改めてきちんと診察を受けには行きましょう。」
ローラン様はどうやら心配性らしい。でも、ここで押し問答してても仕方ないからね。
「くどいぞ、ローラン。俺はもう大丈夫だ。どこも痛くも痒くもない。さぁ、気を失っていたレティシアが気になる。早くしてくれ。」
命令口調みたいな男言葉って、使い慣れてないと言いにくい。気持ち的に。慣れるのかも知れないけど、とにかく今はアランだったらこんな風だよねっていう感じで喋ることにする。私って、役者の素質がある気がするわ。
「はぁ。分かりました。あなたも言い出したら聞かないですからね。では、救護室の者、すまないが誰かレティシア様の方の救護室に殿下がお見舞いに行かれれると先触れを出してくれ。」
ローラン様が、救護士を通して先触れを出して下さった。これで一安心。
さぁ、準備が出来るまで、もう少し紅茶を飲んで色々頭の中で整理しよう。
今の私はアランになってる。これは確からしい。さっきから、鏡を繰り返しチラチラ見てるけど、やっぱり同じように鏡の中のアランもこちらをチラチラ見てるし、動作が一緒。
手を見る。やっぱり男性の手だ。私の手じゃない。ちょっとゴツゴツしてる。アランは剣を振るのが好きだから余計かしら。
指輪の石が割れてるのに気がついた。階段から落ちる時に割れたのかしら。後でこれは修理をお願いしなくちゃいけない。新しい石を入れないといけないだろう。
足を見る。やっぱり男性の足。靴も大きい。ズボン履いてる。ズボンを履くのは乗馬の時くらいだけど、やっぱり太さとか丈とか、ちょっと違う。まぁ、少しゆとりがあって、剣を振ったり運動したりという大きな動きがしやすそう。
そうね。後は、大事な事だけど、やっぱりあそこの所に違和感がある。
・・・あ、考えたら急に顔が熱くなってしまった。もしかしたら真っ赤になってるかも。いけないいけない。今は考えないようにしよう。
チラリとローラン様とマクシム様の様子を見る。先触れからの連絡や治癒士の方と話されていて、今は私の方を見ていない。助かった。落ち着け、私。
そう。あとはやっぱり、『私』の中にアランが入っているのかどうかって所よね。アランだったら、大騒ぎしそう。侍女のリリーには私がレティシアだと話して、なんとか仲間に加えたい。そうしないと『私』がかなりおかしいと病院送りにされてしまうかも。それに、治る見込みなしとされれば、二人の婚約も解消されかねない。会う機会が減れば、元に戻る可能性だって低くなる。
『私』が目を覚まさない、意識が戻らないっていうのは考えたくない。そのまま『私』が死んでしまったら、私は一生アランとして生きなくてはいけないのだろうか。ゾッとする。
『私』の中が私なら、今の私は何?って事になるけど、私自身にアランとしての記憶が無くて、やっぱりレティシアとしての幼い頃からの記憶があるから、それは無いかな。
いずれにせよ、『私』の様子を見て今後の方針が決めましょう。
先触れの者が戻ってきた。
「アラン殿下! レティシア様の侍女殿からは、まだレティシア様の意識が戻っていないため、今ここでのお見舞いはご遠慮下さいと。レティシア様はきっと意識の無い状態を見られたくないと思うでしょうからとおっしゃってました。公爵家の者に迎えに来るよう使いを出したと事です。」
まずい。確かに私だったら、意識が無い所を人様に見られたくない。主の考えを理解して、そのように伝えるリリーは侍女として優秀だ。でも、中身がアランに入れ替わっていたとしたら、どう考えたって彼は起きた時大騒ぎするに決まってる。その前にリリーに話しをしておかないと。お屋敷に帰られたら手遅れだ。
どうしよう。焦る。
こんな時アランだったらどうするだろう。
・・・アランだったら、大人しく待ってる訳無いわね。割と傍若無人だし。
「構わない、行くぞ。」 私はそうアランらしく言い放ち立ち上がった。「自分の婚約者の具合を心配して何が悪い。大丈夫だ。レティシアも分かってくれる。」
「アランはそういうタイプだよな! ハハッ!」
マクシム様も私について立ち上がった。
「断られているのに相手方に向かうのはどうかしてると思うのですがね。本当に言い出したら聞かない方だ。あなたらしいと言えばあなたらしいが。」
仕方がない、いつもの事だなと、少し安心した様子でローラン様も立ち上がる。その様子を見るに、私の行動はどうやら正解だったようだ。
「行くぞ!」
さて、リリーに何て話そうか。この状況を理解して分かってくれると良いのだけど。心の中は不安だらけだったが、今の私はアランだ。声だけは自信を持った風に、言い放ったのだった。
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