018 荒野の軍人

 シーギル地方軍本部。亡国の王城を再利用する形で整えられた、この地方の帝国軍の本拠地だ。

 強固な石造りの建物の中央奥。外側の見た目と打って変わって金属質でメカニカルな内装と電子機材が整備された部屋。そこにキジャン大佐は入っている。


「状況は? どうせサボりなんだろ?」


 自身はとても気に入っているが、店の女の子たちからは受けが良くないあごひげ。

 キジャン大佐はそれを触りながら一人の兵士に話しかける。


「うまい事やってる可能性もありますが、そうでない可能性もありますぜ」


 レーダー装置の前に座る出っ歯の兵士は付けていたインカム付きヘッドホンを外し、振り返るとそう言った。


「信号が途絶えたのは35分前。最後の発信地はここ。特に周囲に何もない場所なんで、サボるにしては場所が悪いと思いますぜ」


「ふむ、荒野か。見晴らしもいい。仮に反帝国の地下組織があったとしても、この地形で接近を見逃すわけはないか」


「荒野と言えども、穴を掘って待ち伏せすれば接近に気づかれないのでは?」


「確かにその通りだ。しかしだ。その可能性は低いだろう。哨戒は一日に一回が基本だが、適当にやっても大目に見ているからな。時間がずれたり、行ってない日があったりもする。正規ルートを通らずに早道して帰ってくる場合もあるから哨戒を避けて穴を掘るのは難しい」


「だとしますと……」


「何者かが電波妨害を行っていて哨戒からの信号が途絶えているか、それか……遠距離攻撃で破壊されたか」


「電波妨害の線はありかもしれません。まあ意図が分かりませんがね。ですが、遠距離からの攻撃となると……あのだだっ広い荒野で重機士に気づかれずに攻撃する方法なんてありませんぜ?」


「一つ可能性はある。荒野の先、山岳を超えた先にある国」


「ケイルディアですかい?」


「そうだ。かの国の守護機士には長距離攻撃が行える機体が存在する」


「まさか? あの国は専守防衛ですぜ。ここ十数年、やつらから仕掛けてきたことなんて、ありゃしやせん」


「それは俺だって知っている。伊達にこの町で10年以上も女の尻を追いかけ続けてるわけではないからな」


「でしたら」


「そうだ。哨戒兵の怠慢ならそれでいい。だが、長年の軍属経験がそうじゃないと言っている」


「調査隊を向かわせますかい?」


「しかたなかろう。めんどくさい事だが……もし、かの国が越境してわが軍を攻撃したとしてだ。それを放置したとあっては、俺の首が飛ぶからな」


「そいつは俺らにとってもこまりもんでさぁ。新しい司令官が頭の固いやつだったら息苦しくてしかたねえ」


「なら、そうならんようにきちんと働いてもらうぞ」


「へいっ! 聞いたかおめえら、今後もゆるい軍生活を送るために、働くぞ!」


 ◆◆◆


 シーギル地方軍本部でのやりとりからおよそ1時間前のこと。


 山岳地帯から離れた荒野の真っただ中。

 周りには荒地が広がり、わずかに生える草木も精一杯乾燥に耐えている、という印象を受ける。

 人の往来など全く無く、厳しい大自然を思わせるようなそんな土地に、一台の車両と二機の重機士、そして白衣を着た男が立っていた。


「うまく行ったな」


 目の前で仰向けに倒れている帝国軍の重機士ボズーを見て、ミロウは独り言ちる。


 ボズーの両足は吹き飛んでいて、もはや使い物にはならない。

 移動を徒歩に頼る重機士にとって足を失うというのは致命的なことだ。仮に足を失ったとしても数秒であればバックパックのスラスターを吹かして移動ができるものの、それもエネルギーが切れるまでの間だ。長距離移動に耐えることは出来ない。

 そういった意味で、このボズーはもはやどこにも行けないという訳だ。


「サリダ君、荷台に乗せてくれたまえ」


 手に持った通信機に話しかけると、横にいた守護機士シャクニクが倒れたボズーに手をかけてゆっくりと持ち上げる。そしてミロウの横に止めてある車両の荷台へと運んだ。


 ボズーのパイロットはすでにいない。死を恐れてこの機体を乗り捨てて逃げたからだ。


 もちろんそうなるように仕向けたのだ。元々この地方の帝国軍は規律も乱れて忠誠心も低い。圧倒的な力で行動不能にすれば命惜しさに逃げ出す、というわけだ。

 それを成したのはシャクニクの正確無比の砲撃。サリダの狙いは大きな的である重機士の足を吹き飛ばすことなど訳もない。


 (それにしても、こんな車両、いつ作ったんだろう)


 サリダは眼下の特殊車両を見やる。

 見た目は荷台がある軍用の輸送車と大差はない。今回の作戦に必要なため、荷台を拡張して通常の・・・・・・・・・・三倍程度に伸ばしてい・・・・・・・・・・以外には。

 だがこの車両の秘密はそれだけではなかった。通信機、レーダー、モニター等、指揮車両として必要な機能が積み込まれているのだ。


 特にレーダーについては先ほどこんなやり取りを行っている。


 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――


「えええええええ、越境するぅぅぅぅ!?」


「そうだ。帝国の重機士を鹵獲したい。部品が欲しいのだ」


 作戦だと言われて出撃させられて、そして目的を聞かされたのは国境の山間部。過去に帝国が無理やり引いた国境の手前だった。

 作戦はこうだ。これまでの調査により帝国の哨戒機は常に一機で行動していることが判明しているため、そいつを狙撃し行動不能にしてから持ち帰る。


 ちなみに鹵獲の話は以前シャクニクのコックピットに乗り込んで調査を行っていた際にミロウが話しているのだが、サリダはミロウとマイの逢瀬の妄想で頭がピンク色になっていたため聞き漏らしていたのだ。


「で、ですが、帝国の哨戒機はいつどこを通るかわからないんですよね?」


「そうだ、そこでシャクニクの出番となる」


 ミロウが言うにはこうだ。

 索敵する範囲が広すぎて通常のレーダーでは1機で行動する重機士の位置を割り出すことは出来ない。

 だから、シャクニクの砲撃の威力を極端に落として撃ち出して、その反響によって位置を探る。石を思いっきり投げてガラスを割るのではなく、25mプールに一滴の醤油を垂らしたような、それほどの弱さの砲撃を使って。

 この世界には存在しないが、潜水艦が音波を発して周囲の地形を探るソナーの役割を砲撃でやろうというのだ。


 その反響処理を行うのが、ミロウが改造した特殊車両。微弱な振動ほどまでに落とした砲撃エネルギーコスモニウムの波長だけを処理するために、いくつものコンピュータを直結している。

 自身の砲撃コントロールをするためにシャクニクには既存で砲撃データを収集する機能が存在するため、データ自体はシャクニクに収集させ、そのデータを特殊車両で解析し、長距離索敵をやろうというわけだ。


 そうして、初めてにもかかわらず要望通りサリダはそれ微弱砲撃を行って見せ、ミロウが特殊車両でデータ処理をし……そして、荒野を一機で哨戒する機体を発見した。


 だが、あまりに広範囲の索敵を行ったため、見つけたその機体ターゲットまでの距離は到底狙撃できる距離ではなかった。

 相対する帝国のキジャン大佐は狙撃できると踏んでいたが、さすがに山間部から数十キロ先の敵を撃ち抜くことはシャクニクでもできない。空気中でのコスモニウムの拡散による威力減衰の限界距離を超えているのだ。


 どのみち狙撃した後は回収に行かなくてはならない。だから近づく必要があるのだが、近づくことによって敵本拠地のレーダーに引っかかる可能性もある。

 そのため使ったのはシャクニクがいつも使うジャマー。重機士の発する電波を中和し、敵のレーダーに映らなくするシャクニク専用のものだ。それを使って、確実に狙撃できる距離まで移動し、哨戒機を撃った。


 そして今に至る。


「時にサリダ君。キミは今、この特殊車両をいつ作ったのか、と思っているだろう」


 『え、えええええ? なんで分かったんですか?』


「簡単なことだ。これまで聞かれなかったからだな。いつ聞かれるのかと待っていたのだが、一向に聞いてくれないのでこちらから言ってみた。いいだろう教えよう」


 言いたくて仕方がなかったのだろうとサリダは理解したため、上司の自慢話に耳を傾ける。


 少し長めの講釈を要約すると、シャクニクを見た後、作戦の実行を決定し、その後から作成に入ったとのことだった。すなわち昨日の夜中。一晩で作ったことになる。

 技師の資格を持つサリダにとって、その内容は驚くべきことだったが……そんな事よりも、こっそり他国に討ち入って火事場泥棒みたいなことをやってることのほうが衝撃が強く、ミロウのありがたい講釈は右から左へと流れ去ってしまった。


「さて、後退しよう。第二ラウンドの開始だ」


 そんなサリダの心情をつゆ知らず、さらなる目的達成のためにとミロウは動くのであった。

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