016 男嫌いの三女神 その4

 錯乱したサリダと、ひとしきりじゃれ合った後のこと。


「わ、分かっていただけましたでしょうか。危ないのでもうやめておきましょう。私もシャクニクに無理強いをしたくはありません」


「無理強いとは?」


「は、はい。おそらくシャクニクは男性の方を嫌っているのではないかと……。

 シャクニクだけではなく、守護機士は男性が乗ると極端に性能が下がってしまいます。起動できるならまだ良いほうで、起動すらできない人もいたようです。

 それだけではなく、男性が守護機士の近くにいるだけでも性能が下がったという実験結果があります。今から15年ほど前の実験結果です」


 サリダはシャクニクを見上げながらそう答える。


「まだその結果は見れてはいないが、それでか。私がメーケルゲンに乗ったとたんにフォルゲムコートが解除されて、エンジンに不調をきたしたのは。

 だが、マイは原因は不明だって言っていたのだが?」


「マイちゃんは巫女メイデンになって日も浅いですし、それに、脳筋まっすぐなところもありますから、忘れていたんだと思います」


「理由、というか、どうしてそうなるのか、原因は分かっているのか?」


「いえ。当時の実験もその結果を掴んだだけで、根本原因についてまでは発見できなかったと聞いています」


「なるほど……。未知の、ブラックボックスの部分か! いいじゃないか。ますます気に入ったぞ! よし、サリダ君、絶対にシャクニクのコックピットには乗せてもらう」


「えっ! こんな目にあってまだやるんですか?」


「もちろんだ。私にいい考えがある」


 自信満々に言い放ったミロウの良案とは、サリダが先にコックピットに入ってミロウを迎え入れるという案だった。


 メーケルゲンに乗り込んだ時も、先にマイがコックピット内にいた。だったらシャクニクだってサリダが先に中にいれば大丈夫、という経験則に基づいただけの案。


 だがそれは大切なこと。人は失敗から知恵を掴み取って行くのだから。


 そして案は実行に移される。

 必要かどうかは分からないが、まずミロウがシャクニクの眼前から離れる。

 そして正当な巫女メイデンであるサリダが命じると、シャクニクは体を下ろして座り込み、コックピットが目線の高さまでやってくる。

 よいしょ、と、たどたどしくコックピットによじ登り、倒れこむようにその中へと入ったサリダ。

 シートへと座り、ミロウに対して勝手に悪さをできないようにと、シャクニクの両手を地面に付けるように操縦する。


 迎え入れる準備が完了したので、ミロウが姿を現して。これで安心して乗り込めると思い、コックピット内に体を入れようとした瞬間の事だった。


 ――ガーッ


 外と内、二重にあるコックピットの扉の内側が、上下からミロウを挟み込んだのだ。


「あと少しだと言うのにっ!」


 さすがに殺傷する意図は無く、がっちりと挟み込むだけにとどめているのだが、機械の力は圧倒的に強く、ミロウは身動きを取る事すらできない。


「だ、大丈夫ですか副司令! 今なんとかしますっ!」


 中にいるサリダからは、肩から上を扉に挟まれて身動きの取れない、なんとも哀れな状態のミロウの姿しか見えない。


「放しなさい、シャクニク! こら、はなしなさーい!」


 レバーを倒したりボタンを押したり、閉まっているハッチを開こうとそこらかしこを押しまくる。

 そしてそれが良くなかった。


「おぶぅ!」

「きゃあっ!」


 内側の扉が開いたものの、外側のハッチが閉じたのだ。

 これが意味する所は、ハッチが閉まる勢いでミロウの足が押されることで、体がコックピット内へと押し込まれて……そしてミロウの顔はシートに座ったサリダの胸の谷間に挟まったのだ。


 (先ほどと似たような状況か! このままでは息が出来ん。顔を上げて酸素を取り入れなければ!)


 しかしながら、自由になっている手を使って脱出しようと試みる前に、開いていた内側扉が再び上下から閉まって、がっちりと固定されてしまう。

 今、自由に動かせるのは首から上のみ。

 ぐぐぐと力をいれて首を上にあげ、ぜはぜはと大きく息を吸うことに成功した所……バチッと瞳と瞳があってしまった。


「み、みないで、くださーいっ!」


 見られてパニックに陥ったサリダはミロウの頭を掴んで下へと押しやる。

 狭いコックピット内だ。行き場があるはずもない。ミロウの頭はシートに座ったサリダの太ももの上に追いやられることになる。


 (ま、まて、重い、苦しい! 息が出来ん!)


 柔らか度は胸に軍配が上がるが、肉付きの良い太ももも窒息死させるには十分なもの。その上、首を上げようにも後頭部には重い二つのメロンが乗っかっている。

 大半の男にとっては極楽な状況だが、ミロウにとっては地獄との板挟みでしかなく、いかに息継ぎを行うかに頭をフル回転させているうちに酸素が付き、気絶してしまうというところで、コックピットハッチが開き、ケイルディア軍副司令窒息殺人事件は未遂と終わったのであった。


 ◆◆◆


「これが、エネルギー伝達用の回路、これが駆動系、これが」


 シャクニクのコックピット内。ミロウはパネルを外して中の技術を確かめている。


「やはり現物を見るのは違うな。ありがとうサリダくん。お、これはなんだ?」


「そ、それは、しゃ、シャクニクの、外装、パーツへの、、、エネルギー供給を行う、うー、機構で、です」


 内部に入ってもそもそしているミロウを見下ろすような形で、コックピット入口に立っているサリダ。右手でコックピットの入口上部に手をかけながら、左手は重力に引かれるその大きな胸部を隠すように押さえている。

 コックピットは狭いので二人はいることは出来ない。やや小柄なマイならともかく、マイよりも背が高く、胸囲と臀囲は一回り以上大きなサリダではそれはかなわない。


「なるほど、これがそうか。外装パーツと言うことは、あの時の連装砲以外にもあると言う事か?」


「え、その、今は、その。ケラウノス(あれ)しかありません」


「なるほど。まあ、外装パーツと言うことは、新たに作ってつける事も可能だと言う事だな。そうだなぁ。どういったタイプが良いだろうなぁ。守護機士ほどの出力があれば空を飛ぶことも出来るかもなぁ」


「えっ!」


「ん?」


 突如素っ頓狂な声を上げたので、不意に振り向いたミロウ。


「こ、こっちを、見ないでくださいぃ」


「ああ、すまない」


 見られることに拒否反応を起こすサリダ。特に男の視線には敏感だ。おそらくその胸囲が男の視線を引き付けるのが原因なんだろうな、と思うが、それよりも、守護機士だというミロウは気にすることもなく、シャクニクの構造を探っていく。


 そんな様子をじーっとサリダは見つめている。


 (すごく楽しそうにしてる。ただただ知識欲が凄い人なのね。それに……)


 サリダは思うところがあった。

 この人とはすごく目が合うのだと。


 (それはつまり、この人は私の目を見ようとしてたということ……。前髪に隠れている私の目を見て、言葉を発しようとしてくれていた。それはつまり……)


 自分のコンプレックスである胸をエッチな目で見なかったと言う事。

 サリダはものすごく視線には敏感である。サリダほどではなくても女性は自分の胸へ注がれる視線には気づくものだ。だが、ミロウは一度もサリダの胸に視線を向けることは無かったことに気づいた。


 (マイちゃんの言うとおり紳士な人なのかも)


 紳士は胸をエアバックにしたり顔を埋めたりしないものだ。だけどサリダは視線に特に敏感になっているため、それ以外は割と気にしない子になってしまっている。もちろんその行為の意味に気づいてしまえばその効果も無くなってしまうだろうが。


 (そういえば結構身長も高いし、腕もがっしりしてたし、マイちゃんなんかすっぽりと包まれちゃいそう。積極的なマイちゃんの事だから、宿舎に副指令を呼んで、二人きりで暑い抱擁なんかしちゃってたりするのかしら。そして、近づく唇と唇……。だ、だめよ、それは不純交友よ!)


 頭をぶんぶんと振ってやましい考えを消すサリダ。

 その動きに伴って、重力に引かれた胸も連動して動く。

 だがこの場でその動きを目にする者はいない。


「やはりこれだけでは分からないことも多いな。測定器が必要だ。うーむ。やはり自作するか……。材料は……。まてよ……。そうだ、鹵獲しよう! よし、そうと決まれはすぐ行こう、サリダ君! 出撃だ!」


「だ、だめよ、マイちゃん、まだ子供なんだから、もうちょっと大人に……」


「サリダ君?」


 何の返事もないサリダを不振がリ、顔をそちらに向けた所、両手で頬を押さえながらブルンブルンと振り子運動をしている姿が目に入ってきた。


「は……はいっ!? え、な、なんでもないです。不純異性交遊なんかありませんでしたっ!」


「不純異性交遊? 何を言ってるんだ。出撃だ。帝国の重機士を鹵獲して部品を調達するんだ」


 ◆◆◆


 そんな二人の様子を格納庫の隅から見ている影が二つ。


「シャクニクの、いや、リーリャの拒絶をはねのけて見せるか」


「はい」


 それは車椅子に乗った女性。総司令であるトトメスとそのお付きのモーラン。


「メイデン以外の、それも男をコックピットに入れた。リーリャ、クリッジ、ベナミュ。男嫌いの三女神の攻略も近いか?」


「まだ認められたとは限りません」


「そうだな。確かに見たところ、彼に根負けした、というか、何をやっても裏目に出たから止めた、とも取れそうだ。とはいえ、これまでになかった風には違いない。この先どうなるのか、楽しみにさせてもらうよ、ミロウ・カザミラ」

 

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