015 男嫌いの三女神 その3

「きゃあっ!」


 黄色い悲鳴が静まり返った格納庫に響く。


 ハッチに押されて勢いよくよろけて後ろに倒れ込むしかなかったミロウ。

 その体を何か柔らかなものがクッションとなって支えた。


 その正体は後ろにいたサリダの胸。

 真後ろにいたサリダはミロウの突進を避けることが出来ず、ただただその大きな胸で彼の頭を受け止めるしかなかったのだ。


 (あわ、あわ、あわわわわわ、わわわわわわわわわ!?!?!?)


 突然の凶行に思考がいっぱいいっぱいになり、声も出ないサリダ。先ほどの悲鳴は反射的に驚いただけ。今目の前には自分の胸の谷間に挟まっている男性の頭がある。それだけは見て理解できているが、これは一体どういう状況なのかを論理的に思考することは無理な状態。


「す、すまないサリダ君」


 ミロウは柔らかさを感じる後頭部をすぐさま起こしてサリダの胸から離れ――


 (接触しただけで、倒れこむことが無かったのは幸いだった)


 そんなことを思い、サリダにケガが無いかを確認するために振り返る。


「い、いえ」


 サリダがすっと視線を逸らす。

 条件反射だ。思考がオーバーフローしている中でも、条件反射でミロウと目を合わせるのを避けたのだ。

 前髪で自分の目が隠れているから見られてはいないはず、という意識も回らなかった。


 サリダ本人は自覚していないが、男性に胸を触れられていた事よりも、この近さで目を見られたらどうしよう、という思いの方が勝っていたのだ。


 ――ギュウィィィィ


 駆動系のモーター音。複雑に絡み合い、回転のベクトルが異なるいくつもの機構が生み出す音。

 腰を落とした状態だったシャクニクが音を立てて立ち上がったのだ。


 その音の発生が、すまない、いいですよ、いやすまない、という謝罪永遠ループが始まるフラグを潰してくれた。


「しゃ、シャクニクが勝手に!」


「ふむ。自動で起立するか。一体どんな機構なんだ?」


 突然の出来事に二人は思考をリセットする。


 サリダはともかく、ミロウの方は身体的接触についてはそれほど大きなウェイトを占めていなかったため、いつもどおりの平常運転である。


 二人の見上げる先、乗り込むべきコックピットは手の届かない高さとなってしまっている。


「シャクニク、手を下ろしてください」


 声をかけるのはいつもの事だ。サリダは運動が得意ではない。マイのように出っ張りに手をかけて忍者のようにコックピットに乗り込むことは出来ず、いつもシャクニクの手を下ろして、それに乗ってコックピットまで運んでもらう。


 いつもの通りシャクニクは手を下ろしてくれる。

 立ち上がったままでは地面まで手を下ろすことが出来ないため、必然的に膝立ちとなる。

 片膝をついて手のひらを床に着き、巫女メイデンであるサリダを迎えようとする姿は優雅さを感じさせる。


 その手のひらに、よいしょとサリダが乗り、続いてミロウが乗り込もうとした時――


「うわっ!」


「きゃあっ!」


 手のひらは急に上昇を始めてしまい、ミロウはそれに乗りそびれてしまった。


 ミロウを遠ざけるかのように再び直立不動となるシャクニク。


 下ろして、下ろしてください、とサリダが声をかけるもシャクニクは全く反応しないため、次善の策としてミロウは近場にあった移動式の昇降機を持ち出してくる。

 油圧で動く簡単なリフト。その操作盤をピポパと操作すると、武骨な機械音と共にミロウの乗った昇降部分が上昇をし始める。


 ぐぐーと、本体と昇降部分をつなぐアームが伸びてミロウの視界が高く上がっていく。

 目指すべきコックピット。その横に位置していて、サリダが乗っている手のひらまでもう少し、となった所で――


 ――ドウッ


 シャクニクの手が昇降機を払いのけようと動いたのだ。

 サリダに危険が及ばないようにか、もう片方の腕を近づきつつあった昇降機にぶつけたその様子は、さながら二人の仲を引き裂くかの様。


「ここまで来て、諦めるわけなどっ!」


 倒れ行く昇降機を蹴って跳躍するミロウ。上方に伸ばしたその指が、なんとかシャクニクの手の端に引っかかる。

 運動神経は良い部類のミロウだが、さすがに指数本で自分の体重を支える事は出来ず、落下するのも時間の問題。大きな音を立てて倒れる昇降機の事を見ている余裕などない。


「か、カザミラ副司令!」


 サリダの体は咄嗟に動いていた。

 今にも落ちそうなミロウを引っ張り上げようと、シャクニクの手のひらから体を乗り出して彼の腕を握ったのだ。

 それは普段の彼女からは想像もできない事。肉付きの良い身体は運動には適さず、俊敏に動くことを苦手としている。それ以上に、恥ずかしがり屋の彼女が男性に対して積極的に動いた所など見られようはずもない。


「あ、ありがとうサリダ君」


 ミロウは視線をサリダへと向ける。


「み、見ないでくださぃぃぃぃぃ」


 自分の視線を隠す意味もある前髪。その隙間から、ミロウの目がしっかりと自分の目を捉えていることに気づいてしまったのだ。

 男に視線を向けられるのは恥ずかしい。それもわざわざ視線の分からない目を見てくるなんて、隠しているものを暴かれてしまうように恥ずかしい。


 状況に気づいたサリダの体が揺れる。

 真下に人がいたなら、今の彼女の姿の内、7割ほどを占める胸に注意が向いたであろう。


「お、おい、サリダ君、暴れると――」


 かろうじて指先でシャクニクを掴んでいただけのミロウの手は、サリダの乱暴により滑り落ち、その腕をぎゅっと掴んでいたサリダも引っ張られるようになって……二人仲良く落下していった。


「ぐうっ……」


 背中を打ち付けた痛みが咄嗟に口から洩れた。だがその声は音にはならなかった。

 口が押さえつけられていたためだ。


 落下する距離はそれほどないとはいえ、落ち方が悪ければ骨折の覚悟もしなくてはならない。地面までのわずかな時間に、最善と言える体勢を整える必要があった。

 それは自分の上から落ちてきているサリダの下に入り、彼女にかかる落下の衝撃を減らすこと。


 見事ミロウはそのミッションをやり切った結果。

 視界は真っ暗で、声も出せず、空気を吸うことも出来ない状態になっているという訳だ。


 どういった状態なのかは第三者から見れば一目瞭然。

 ミロウの顔面の上にはエアバッグならぬ、乳バッグ、サリダの胸が君臨しているのだ。


 状況が分からないミロウは、もぞもぞと顔を動かして何とかそこから脱出したのだが――


「あっ、あっ……」


 ばっちりとサリダと目が合ってしまった。


「サリダ君、けがは――」


「み、見ないでくださぁぁぁぁい!」


 自身の顔を見られないようにと、ミロウの顔の上に再び自分の胸を押し付けて、物理的に視線を遮ることに成功したのだった。





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いったいなんなんだこの回は!(すみません

という状況で次回の更新に続く、というのはどうかと思いましたので、本日の夜に次話も更新します。

次話で締めとなりますので、どうぞお楽しみに!

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