014 男嫌いの三女神 その2
「それでだな、君たちの守護機士の前では私の設計した重機士でも赤子のようなものでな」
サリダの目線の前。背中を向けたミロウが饒舌にしゃべっている。
シャクニクを見るため
この奇妙な状況は、前を歩いて欲しいというサリダの申し出に、シャクニクを見せてもらえるのだからそのくらい問題ない、とミロウが了承したことで発生したものだ。
ミロウとしては恥ずかしがり屋だと聞いているサリダの機嫌を損ねて、シャクニクを見れなくなることの方が重大だからだ。
一定の距離を取って真後ろを歩くサリダ。少しでもミロウの視界に入らないように、入ったとしても自分の姿が瞳に移る面積を極力小さくしようとしているのだ。それでいて、胸の前で手を交差して猫背で歩いている。
彼女のガードは完璧というわけだ。
そんなサリダの心の中は――
(ひえぇぇぇ、はやくおわってぇぇぇ。男の人と一緒にいるなんて耐えられないよぉぉぉ!)
やはりこのような状態。
シャクニクの
(で、でもっ、私がっ、マイちゃんを守らないと! そ、そう、これはチャンスなの。マイちゃんのために勇気をだして、こ、この暗黒博士の、悪鬼のごとき所業を突き止めなきゃ!)
ぐっと心を決める。恥ずかしがっている場合ではない。
ぎゅっと拳を握りしめ腕に力をいれると、その動きに連動して、圧迫されていた胸部が揺れる。
(ま、まずは相手を油断させないと。それには会話。日常会話がいいって読んだことがあるから)
「そ、その、今日はいい天気ですね」
定番の定番、この話を振っておけば鉄板と言われる天気の話を振る。素晴らしいコミュ力だ。
「ああ。そうだな。それで、シャクニクの装甲板なんだが、遠距離砲撃型にしては妙に重装備のような気がしてな――」
意を決したキャッチボールだったが、ミロウが話の途中だったせいもあり、一投目でボールが消えてなくなるという即時エンディングを迎えてしまった。
(ひぃん! この人、人の話を聞かない人だ)
「それで、その辺りはどうなんだ?」
全く会話を聞いていなかったところに急に問いかけられた挙句、ミロウに振り向かれてしまう。
「こ、こっちを見ないでくださぃぃぃぃ!」
胸を腕で隠したまま俊敏に顔を横に向けたサリダ。
黒色の前髪が揺れ、その隙間から赤い瞳がチラリと見える。
「あ、ああ、すまない」
ついつい熱くなってしまい、約束を破ってしまった。あまり印象を下げ過ぎてシャクニクを見せてもらえなくなっては困ると思い、すぐさま前を向くミロウ。
上司なのだから見せろと言えば見せなくてはならないのだが、協力的か非協力的かでその効果も違ってくるからだ。
(言えば分かってくれる人なのかな……。でもまだ分からない。
可愛くて危なっかしい後輩を守るため、決意を新たにする。
「あの、その、でも、よくカザミラ副司令は格納庫に近づこうって思いますね」
「ん? どういうことだ?」
この基地内では鉄板の話。だが、帝国からやってきたミロウにとってはそんな事情は分からない。
「その、怖くないんですか?」
「怖い?」
オウム返しとなるが、何の前情報もないので仕方がない。
「き、聞いたことありませんか? 守護機士に近づいた男の人は不幸な目に会う、って、特に格納庫には近づいてはけない、と」
「初めてきいたよそんなバカバカしい話。迷信の類じゃないのか?」
「め、迷信じゃ、ありません。実際に起こるんです」
「ほう?」
「しゅ、守護機士は男の人に近づかれるのが嫌いなんだと言われています。お、男の人が近づいたり、コックピットに乗り込もうとすると力づくで排除しようとするんです。私も聞いた話なんですが、昔そういう事故があって。そ、それでこの基地の中に男の人がほとんどいないんだって……」
「興味深い話だな。守護機士に心があるのか……。いや、理論として聞いたことのある人工知能というやつか……。しかし守護機士は相当昔に建造されたと記されていた。そんな昔に現在でも実現していない機能が存在するわけが……」
――ガーッ
扉が自動的に開く音。
帝国ではすでに見ることのできない、体重で人を感知し開閉するタイプの自動ドア。
思考を巡らしているミロウは、いつの間にか格納庫のドア前に到達していた。
「おっと、理論よりも実物だ。さあ行くぞ、サリダ君!」
「あっ、待って、まってくださーい!」
ミロウは深い思考に入っており、サリダの続きの説明を聞き逃していた。
サリダにとってはその説明は勇気を振り絞ったものであり、ミロウの思考を止めてまでこの場ですぐに伝えるものでもなかった。
◆◆◆
三機分の重機士を整備するだけのこじんまりとしたスペースの格納庫。その中に佇むのは鈍く黄色に光る装甲を持つ機体、ただ一機。守護機士シャクニクだ。
直立ではなく、膝をついて腰を落とした状態にある。特徴的な巨大バックパックは今は取り外されており、二門の巨大長距離砲が倒れないようにしっかりと壁に固定されている。バックパックの周りには整備士の姿が見て取れる。
3人ほどの女性整備士が前線から帰ってきたシャクニクのチェックをしているのだ。
「ご苦労。少しシャクニクを見せてもらうぞ」
その三人に声をかけるミロウ。
すると、女性技師たちは驚いた表情を見せたかと思うと、ぱーっと蜘蛛の子を散らすようにシャクニクから離れていった。
先ほどサリダが話していた話。もちろん女性技師たちもそれは知っていて、それでいてここに男が足を踏み入れたことで自分達に被害が及ばないようにと逃げていったのだが……ミロウはそんな事情はつゆ知らず、副司令である自分に素直に協力してくれているものだと思っている。
「これだけ間近で見るのは二回目だな」
ひざ元に立ち、シャクニクの全体像を眺めるミロウ。メーケルゲンとは異なり重厚な装甲が力強さを醸し出している。威圧的かと言われるとそうではない。その装甲は角ばってはおらず丸みを帯びているためだ。
「さて」
ここまでは以前も見た。ミロウが知りたいのはその先。
はやる好奇心を押さえきれずに歩を進め、シャクニクのコックピットへとたどり着く。
閉まったままのコックピット。内部を見るにはこれを開けなくてはならない。
ぜひとも自分の手で触って開けてみたいと思い、コックピットに近づいた時――
――ガコンッ!
「ぐあっ!」
突如、勢いよくコックピットが開いた。
シャクニクのコックピットのハッチは二重構造になっている。内側は上下にスライドして開くドア型。外側は倒れるようにして開き、足場のようになる。
その外側が勢いよく開き、触れようとしていたミロウを吹っ飛ばしたのだ。
まるで触れられるのを嫌がるかのように。
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