012 修羅場 その2
「カフェでーす!」
ここは関係ないだろ、とミロウは言いたかったがそうは行かなかった。なぜなら先ほどの尻叩き事件の幕引きを図るべく、マイの好きなところに行っていいとお墨付きを与えたからだ。
そしてこれ幸いとばかりにマイは巷で人気のカフェにやってきたという訳だ。もちろんミロウのおごりとなる。
「それにしても……」
えらくカップルの姿が目立つ。右を見てもカップル、左を見てもカップル。仲睦まじそうに指を絡めたり、お互いが無言で見つめ合ったり。どこもかしこもイチャイチャしている男女のペアが目に付く。
「ここはカップルに大人気のカフェなんです。一度行ってみたいと思ってたんです。博士と一緒に来れて幸せです」
「家族連れの姿なんて無いぞ。私たちは相当目立つんじゃないか?」
「家族連れ? なんのことですか?」
29歳のミロウと15歳のマイ。年齢差で言うと父と娘というのが一番しっくりくる関係だ。
それを伝えようとした時。
「ご注文のラブラブジュースとなります。どうぞごゆっくりお楽しみください」
女性のウェイターが持ってきたのは、ジュースの入った大き目のグラスが一つ。そこにはハートマークを模した複雑な形をしていて吸い口が二つあるストローが刺さっていた。
いわゆるカップルジュースだ。
「わぁ、素敵ですね。さあ博士、飲みましょう!」
「帰らせてもらう。マイはゆっくりしていってくれ」
ガタリと席を立つミロウ。
「ま、待ってください! 一緒にジュース飲んでくれないんですか? 私じゃダメなんですか? 私、博士の事、好きです!」
「お、おい、何を言いだすんだ」
突然大声を出したマイのおかげで、周囲の視線が集まっている。
なんだ、修羅場か? などとひそひそ聞こえてくる始末。
「だって、博士ずっとそうじゃないですか! 私の気持ち、知ってるくせに!」
「いや、今初めて聞いた、って、ここじゃ目立つ。勘定、ここに置いとくぞ!」
財布からお金をスマートに出して机に置き、マイの手を引っ張るようにして、そそくさと店の外に出た。
足早に歩を進め、人目を避けて路地裏にマイを連れ込む。
「どういうことだ、マイ。説明してもらおうか」
あまりに突飛押しもない事を言われ衆人環視にさらされた。
ミロウの口調は若干怒りが混ざっている。
「言ったとおりです。博士の事が好きです」
だが、マイはミロウの怒りには関せず、先ほどと同じ言葉を口にした。
「あのなぁ」
「あ、勘違いしないでくださいね。LikeじゃなくてLoveのほうの好きですからね。詳しく言うと愛してる、ですよ」
きゃっ、と言いながら赤くなった頬を両手で押さえているマイ。
「そういうことを言っているんじゃない」
頭をかく。悩みの種が増えたと言うことだ。
「どうしてそうなった」
「どうして? 好きになった理由ですか? こんな場所で乙女にそれを聞くなんてデリカシー無いですよ博士」
「そうだ。私はデリカシーの無い男だ。それで?」
「理由はよくわかりません! いつの間にか好きになってました!」
マイとは出会ってまだ数日しか経っていない。お互いの事をそれほど知っているわけでもない。とすると、吊り橋効果。吊り橋の上にいる時の恐怖によるドキドキ感を恋愛感情と錯覚する効果だ。
(マイと私は、帝国から逃げる途中に何度も命を落としかけたからな。それを恋愛感情と錯覚していてもおかしくはない)
「命を懸けた戦場で一緒にいたから勘違いしているだけだ」
「違います! なんかこう、心があったかいんです!」
直感型だ。理屈を詰めずに感覚で判断するタイプ。マイの目をじっと見るが、絶対そうなんだという意志の強さを見せつけられた形のミロウ。
「まあいい。仮にマイはそうだとしても、私の方はそうじゃない」
「まさか国に彼女さんが!?」
(まさかってなんだ、まさかって)
「いや、当の昔に振られたよ」
彼女いない歴イコール年齢と思われていたのが気に入らず、自分の情報を漏らしてしまうミロウ。
「じゃあ!」
「じゃあ、じゃない。はっきり言わせてもらうが、私は好いた惚れたよりも知的探求の方が好きだ。分かるな? 帝国を捨ててこの国に来るほどに、自分の知らない技術を知って、そしてそれを形にしたいと思っている。その時間の方が重要なのだ」
「分かりません!」
清々しくサッパリとした返事。
「もう分からなくてもいい。仮に私が好いた惚れたの方を優先するのだとしても、マイは対象じゃない。マイはまだ15歳で子供だ」
「恋愛に年齢は関係ありません!」
「あるよ。マイは私とどうなりたいんだ?」
「結婚して子供が欲しいです!」
「はいアウト。結婚は18歳からしかできません」
「じゃあ! それまで婚約者ということで!」
「はいアウト。結婚はお互いの心が大切です。マイは今自分の気持ちしか考えていませんね」
「がーん!」
明らかにショックを受けた表情。
上半身をわずかに逸らし、ある意味オーバーリアクションをしている。
「分かったら帰るぞ。恋愛ごっこはもうおしまいだ」
「は、博士の、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
突如叫びだし、一目散に走り去っていった。
「あ、おい!」
走ってマイを追いかけるも、研究続きでなまった身体で現役ピチピチの若人パイロットの体力に勝てるはずもなく、すぐさま引き離され見失ってしまった。
幸いこの場所はマイの住んでいる軍宿舎からはそう離れてはおらず、一人でも問題なく帰れるだろうと判断したミロウは、車の回収手はずをしなくてはな、などと思いながら、息の切れた体を引きずりながら自分も基地へ帰ることにした。
◆◆◆
翌日。
「はーかせ」
昨日のことなど何もなかったようにマイは副司令室へやってきた。
翌々日。
「はーかせ、来たよ」
さらにその次の日も
「はーかせ、差し入れ持ってきたよ」
マイはことあるごとに副司令室を訪れるようになった。
「一体なんなんだ?」
「なんなんだとは? 差し入れの種類ですか?」
「違う。なぜマイが私の前にこんなに現れるのかということだ」
「はい! 博士を私の虜にすることに決めました!」
「と、とりこ?」
「はい。虜にして、相思相愛になるんです。私、聞いたんです。毎日会っていればだんだんと愛情が湧いてきて好きになるって!」
◆◆◆
「おや、仲睦まじい様子だな」
技術開発部への移動中のこと。
腕を組んでぴったりと離れないマイを連れた姿を、前からやってきたトトメス総司令に見られてしまった。
「……なんとかしてくれ」
げっそりとして疲れ切った声。
虜発言以降、時間があれば隙あらばと、ミロウの元を訪れてはぴったりとくっつきたがるようになったマイ。最初は力づくで排除していたものの、若さから無限に溢れ出すパワーに勝つことは出来ず、最近ではなすがままとなっていた。
今のミロウは頬のこけた表情がなおの事特徴的に映っている。
それとは対照的にツヤツヤした笑顔のマイ。
「パイロットのケアも副司令の大切な仕事の内だ。諦めたまえ」
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お読みいただきありがとうございます!
今作では初めての日常パートはいかがでしたでしょうか。
なお、本話でストックが尽きてしまいましたので今後は不定期更新となりますが、今後もおたのしみいただければと思います。
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