011 修羅場 その1

「なんだって、メメット反応測定器も、重力場間力顕微鏡も、ズーラスル光計器も、FLPレーザー発生装置もないのか!?」


 これは意気揚々と技術開発部に行った時のミロウのセリフ。


 自分の知らない技術を使った重機士。それを開発した部署は一体どんなところなんだろうと期待を膨らませて尋ねた時の事。


 彼が述べた最先端の研究機材はそこにはなく、旧式も旧式の使い込まれた機器しか存在せず、なおかつ埃がかぶっていた。

 あまりの惨状に絶望して帝国に帰りたい思いが沸き上がったが、まだ守護機士を見ていないからと踏みとどまった。


 それが昨日の事。


「キンゼー鋼プレートとシリコンウェハがあれば、レーザーは何とかできるか……。問題は、ズーラスル光計器だが、自作するには時間がかかりすぎる。帝国から輸入するか……」


 副司令室でデータとにらめっこしながら険しい表情を浮かべているミロウ。

 研究室の設備不足は深刻な問題だ。たとえ守護機士を見せてもらったとしても、目で見て分かることには限りがある。それらの最先端機器で詳細なデータを得て詳しい分析を行わなくては、その次に進めることが出来ない。

 なので、現状はミロウにとっては死活問題であり、それを解決するための方法をひねり出していると言う所だ。


 夜間に短い仮眠を取って、仕事を再開してからすでに数時間が経っている。

 集中しているミロウ自身は気づいていないが、睡眠時間を削って休憩も無しにぶっ通し働いていることは体に悪い。

 いくら一昨日まで精密検査で病院バケーションをしていたからと言っても。


 そんな中――


「博士、マイです!」


 ドアのノックと同時に扉が開かれて、マイが入ってきた。

 瞬間、ミロウは渋い顔をした。


「マイ、ノックと同時に入ってくるんじゃない」


「はい、すみません!」


 ニコニコ笑顔でそう答えたマイ。反省している様子には見えず、ミロウは頭を抱える。


「何の用だ? 私は今忙しいのだ。邪魔しないように通達しておいたはずだが?」


「博士がお忙しいと聞いたので、お手伝いに来ました!」


 気合を伝えるため、握りこぶしを握った腕をボクサーのガードのような状態にして、むんっと、少し下に引いた。


「結構だ。帰り給え」


「遠慮しなくていいですよ。さてさて、博士はどんなお仕事をしているのかな」


「おい、こら!」


 勝手にデスクに寄ってきて、モニタの中をのぞきこんで来るマイ。ミロウは割り込まれてポジションを失ってしまう。


「……むむむ。分かりました!」


「ほう、この内容が分かるのか? 研究院の科学者の卵でも頭をひねるような内容だが」


 伊達に守護機士の巫女メイデンというわけではないのだな、とミロウは感心する。


「いえ、分からないと言うことが分かりました!」


 屈託のない笑顔でそう答えられても。

 再び頭を押さえるミロウ。寝不足が祟っているのだ。


「邪魔をするなら帰れ……」


「大丈夫です。荷物を運んだりするのは得意です! さあ、お手伝いしますよ?」


「あいにくと今その作業は間に合っている。さあ帰ってくれ。私の手伝いをしたいと言うのなら、キミが帰ってくれるのが一番の手伝いだ」


 頭を押さえながら、つっけんどんに対応する。


「マイです! キミじゃありません」


「ああ、すまない。じゃあ、マイ。どうぞ気を付けておかえりください」


 言っても聞かないので実力行使で退場願おうとして、マイの背中をぐいぐいと押す。

 さすがに大人の力には勝てず、ずるずると入口に向かって押し出されていくマイ。


「それはそうと博士、街中には行きましたか?」


「いや、基地と病院の往復しかしてないが」


 さすがに力づくで部屋から排除するのには罪悪感があったミロウ。

 話題が変わったことで、その手を止める。


「なるほど! じゃあまだほとんどどこにも行ってないわけですね! なら、私が案内します!」


「結構だ」


 腕に力が湧いてくるので押すのを再開させた。


 だが、マイはくるんと体を回転させて押しのベクトルから逃れると――


「博士は副司令でもあるわけですよね。この国の、この町の防衛を考える必要がありますよね。だったらこの町の現状を知っておく必要があるはずです!」


 両こぶしを握って、そう力説してきた。


「確かにそのとおりだが、今は研究が……」


「だめです! 町の人の命、それを守るのが我々巫女メイデンと、それを束ねる副司令の使命です!」


「町の情報ならデータで確認すれば……」


「だめです! やはり目で見て、触れてこそです。データだけじゃ分からないこともあります! 博士だって生でメーケルゲン見たいでしょ? データだけでいいんですか?」


「……」


 じゃあ準備してきますので、10分後に入口で。あ、10分あるからって仕事に戻ったらだめですよ。今すぐに用意して待っててくださいね、と念を押されて、ミロウは出かけることになってしまった。


「お待たせしました!」


 10分後と言いながらマイが現れたのは30分後だった。

 先ほどと服装が変わっている。お出かけ用の可愛らしい服だと本人談。

 実のところ、やたら丈の短いホットパンツに、薄手のブラウスを着てその上にパーカーを羽織っているという、なんとも若さ溢れる健康的なコーディネートだ。

 感想を求められたので、可愛いんじゃないか、と伝えると、気持ちの良い笑顔を返してくれた。


「さあ行きましょう!」


 がっちりと腕を組まれた。


「こら、腕を組むんじゃない。勘違いされるだろ」


「えへ。恋人どうしに見えますかね?」


「いや、恋人どうしというか……」


 親子、には見えないから、いかがわしい関係に見られる、と、ミロウは言いかけて止めた。


「さあ、ぶつくさ言ってないでしゅっぱーつ! 私が運転しちゃいますよ!」


「お、おい!」


 腕を振りほどく間もなく、力任せに駐車場まで引っ張って行かれた。


 ◆◆◆


「うーん、いい風ですね博士!」


 マイが運転する軍用車。二人乗りで後方が荷台になっている屋根のないオープンカーだ。

 さすがは人型兵器のパイロット。車の運転など朝飯前。もちろん運転の免許は持っている。この国ではパイロット操縦指導の際に車の運転免許も取得させられるため、パイロットなら皆それを持っていることになる。


 マイが運転するということで最初は乗り気ではなかったが、数分で自分より運転がうまい事に気づいたミロウは、今では安心してスピードが醸し出す風音のメロディに身を任せている。

 上司として部下のいいところは褒めてやるべきなのだが、今褒めると調子に乗って運転が危険になることが想定されたので、無言を貫いている。


「それで、まずはどこに連れてくれるんだ?」


「そうですね、まずは――」


 ◆◆◆


「シェルターでーす」


 連れて行かれたのは街中で緊急時に避難するシェルター。地下に建設されており、かなりの人数が入れる作りをしていたが、使用された例は無いらしかった。


「駅でーす」


 車でそれなりに走った先の街はずれの官民共用の鉄道駅は、広い荒野の中をまっすぐレールが伸びているだけのものだった。無人駅と見間違うような駅だが、終点であることもあって、それなりに人の往来もあるようだ。

 ぷおーっ、と汽笛を鳴らして入ってきた列車を見て、「蒸気機関車だと!?」と、レトロ感に驚くミロウと、それを自慢げに話すマイの姿が目撃された。


「砦でーす」


 古くに建造された外壁にそうように、その一角に作られた砦。やぐらを兼ねた4階建ての塔から辺りを見渡すと、はるか遠くに町が見えた。

 眼下には防衛のための兵器がいくらがある。操縦席に腕と足をくっつけただけのような半人型。軽機脚カノケーと呼ばれるこの国の主力兵器となるが、10機が特攻してようやく重機士1機に勝てるかどうかという代物である。こんなもので防衛をやっているのだが、なかなかどうして国を保ち続けているのは、三機の守護機士があってのことだというのがよくわかる。


 たった三機でどうやって国を守ればいいのか、口元に手を当ててそれを考えるミロウ。

 チーンと言う音と共にエレベーターは一階へ到着し、マイは先にエレベーターから降りる。

 んー、と言いながら、扉のすぐ前で伸びをしたもんだから、ミロウはエレベーターから降りたものの、そこで足を止めざるを得なくなって。

 ブツブツと戦略を練っていたこともあり、ガーっという小さな音と共に閉まったエレベーターの扉に着ている白衣の腕の裾が挟まってしまった事には気づいていない。


「ん?」


 マイの横を抜けて進もうとしたところで、手を引かれる感覚を覚えたミロウ。後ろを振り返るとようやく自分の状況に気づいた。

 裾が少し挟まっているだけ。そう思い、引っ張りぬくために腕に力を入れたが、思ったよりきつく挟まっていて。余計な力を使いたくはなかったが、仕方なしに力任せに腕を振りぬいた所――


 ――パーン


 小気味よい音が鳴った。

 その音は、降りぬいた手が勢いあまって前で伸びを続けるマイの尻をはたいた音。


「ま、マイ、違うんだ、その、これには深いわけがあって!」


 慌てて釈明に走るミロウ。

 事情はともかく部下の尻を殴打するなどパワハラセクハラ案件だ。

 コックピット内でのやむを得ない事情とは訳が違う。


 マイは前を向いたままぷるぷるぷると肩を震わせている。


「そのだな! 裾がだな、その! 尻を叩きたかったわけじゃなくってだな――」


 そんなマイの様子に普段の理路整然とした説明は影を潜めてしまう。


 だが、振り向いたマイは、顔を赤くして――


「その……博士なら、いいですよ」


 などと言うもんだから、「えっ?」とミロウは自分の耳を疑って聞き返したのだった。

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