010 機械仮面の総司令

「ようこそミロウ博士。我々ケイルディアは博士を歓迎する」


 そう述べたのは、車いすに腰かけた女性。その容姿は普通ではなく、機械の仮面を身に着けている。表情は半分見て取れる。仮面が覆っているのは鼻から上。口回りは露わであり、言葉を紡げば唇は動くし、笑顔を作れば口角は上がる。

 そんな女性は友好的な態度でミロウを出迎えたのだ。


「私はトトメス・ギムラル。ケイルディア軍の総司令だ。ごらんのとおり、昔の事故で下半身が動かなくてな。車いすで失礼するよ」


「ミロウ・カザミラだ。よろしく頼む」


 車いすに座ったまま差し出されたトトメスの右手。それを取ろうとするが、少し距離があったので歩いて近づこうとしたところ、後ろに控えていた大柄で肌の黒い男性が車いすを押したことによりその距離が縮まる。


 きれいに整えられた爪と長い指の手。それをしっかりと握る。


 (体温が低いな。事故とやらの影響だろうか)


 そこまで考えた所で余計な詮索は不要だと思考を打ち切り、友好的に握手を終える。


「彼は、モーラン。こんな私の世話役兼護衛だ」


 モーランと呼ばれた男性は静かに礼をする。

 護衛を兼ねているだけあって体つきは良い。そして主を立てるための配慮も出来ている有能な男であることがうかがえる。


 そんな彼に対し、ミロウも一言、よろしくとだけ述べるにとどめた。


 ここはケイルディア軍施設内。

 サリダと合流した後、大型車両でメーケルゲンを輸送する手はずになっていたのだが、どういう訳かメーケルゲンは機能を回復し、移動が可能な状態へと戻っていった。

 それならば大型車両を待つよりも歩いて帰投したほうが早いということになって。「さあ行きますよ博士。コックピットに」と、マイがニコニコ顔でミロウをコックピットに招待したものの、「だ、だめですよ!」とオドオドしながらも強い圧を放ってきたサリダの抵抗によって、ミロウはメーケルゲンの手のひらの上に乗ることになった。

 途中、急に手のひらが回転してミロウがずり落ちそうになり、マイはそんな操作はしていないと言い張る出来事があったりもしたが、おおむね順調な帰投となった。


 帰投した三人に対して総司令から呼び出しがあり、総司令室に参集したというのが、これまでのあらましである。


「マイ、サリダご苦労だった。こうして帝国の頭脳を我が国に迎えられたのはキミたちのおかげだ。本来であれば休暇を与えたいところだが、帝国の脅威が失せたわけではない。サリダはすぐにでもボナム方面へ向かってくれ」


「は、はいぃ」


 相変わらず胸を隠すように猫背になって、それでいてマイの後ろに隠れるように陣取っているサリダ。


「マイは精密検査だ。相当無茶をやったと聞いているのですぐに向かいたまえ。なに、メーケルゲンはオーバーホールが必要だ。休暇と思ってしばらくは病院通いをするといい」


「あの、博士は」


 総司令への返事の代わりにマイはそう答える。


「そうだな、博士も精密検査が必要だ」


「だったら一緒に行きましょう! ね、博士!」


「いや、博士はこれから私と話がある」


「そんな……」


「なんて顔をしているんだ。後から行かせるから問題はない」


「分かりました。じゃあ博士、また後で!」


 笑顔のマイは大きく手を振って、オドオドしたサリダは身を小さくしながらぺこりと礼をして総司令室を出て行った。


「帝国の頭脳、ミロウ・カザミラ博士。頭脳だけではなく女の扱いもうまいと見える。あのマイがああまで懐くとは」


「特に何もしていませんよ」


「そういうことにしておこう。記録的には報告内容がすべてだ」


「そんな事よりも、守護機士の技術は見せてもらのでしょうね。そういう条件で私はここに来た」


「もちろんだ。あなたが望むなら全てのデータを公開しよう。もちろんその場合は我が国の技術者となってもらうことが前提だが」


「ああ、構わない。早速見せて欲しい」


「慌てなくても守護機士は逃げたりはしない」


「しかし」


「まあ聞きたまえ。キミには副司令の地位を与えたいと考えている。私の次に高い地位だ」


「それはお断りする。軍務になど駆り出されたら研究の時間が減ってしまう」


「予想通りの答えだが、技術士官ではアクセスできない機密情報もある。その点、副司令となればそこはクリアされる。ただ、軍務も行ってもらうがね」


「私に何をやらせたいのですか?」


「今の所、言葉どおりだ。ちょうど副司令が空席となっている事情もあるが、キミと私は同じ匂いがする。それが理由だ」


 トトメスとミロウの視線が交わる。

 総司令であるからして腹芸はお手の物。その裏にあるものを暴き出そうにも、亡命したばかりのミロウにはその手札も知識も存在しない。


「分かりました。その話お受けしましょう」


 僅かな沈黙の後の答え。

 後ろに控えているモーランからすればその沈黙はとても長いものに感じたかもしれない。


「ありがとう。今後ともよろしく頼む。それでは行っていい。まずは病院で精密検査を受けたまえ。外に案内役を準備している」


 ミロウは一礼し、総司令室を後にする。

 その様子を見届けた後、トトメスとモーランは総司令室の奥に作られた部屋へと消えていった。


 ◆◆◆


 本当は一刻も早く守護機士の技術に触れたかったミロウだったが、外に待っていた看護師に有無を言わさずに病院へと連れて行かれた。


 後日、一緒に検査できなかったとマイが不満そうに訴えてきたが、男女が一緒に検査を受けることが出来る訳もないと諭しておいた。


 こうしてミロウはグランドホーン帝国から亡命し、小国ケイルディアの副司令に就任した。

 破天荒な三人の守護機士パイロットメイデン、怪しげな雰囲気を纏った総司令、三機の守護機士に頼り切りの軍事等々、問題は山盛りであるが、今のミロウにそんなことが分かるはずもなく、ただ、まだ見ぬ新技術に胸を躍らせているだけだった。


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お読みいただきありがとうございます。

いろいろありましたが無事にミロウはケイルディアにたどり着きました。

一区切りです!


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