009 サリダ・ヴァーレン

「ザ、ザー……マイちゃん、大丈夫? ザー……動ける? ザーザー……」


 聞こえてきたのは戦場に似つかわしくないほんわかとした声。

 爆発の影響か、モニタに映像は出ないし、雑音はひどい。


「サリダ先輩! 来てくれてありがとうございます!」


「ザー……なに言って、ザーザー……聞こえ、ザー。重機士が、ザザザー……から、急いでザーザー、着いて来て」


 ところどころ聞き取れない所があったが、どうやら重機士が近づいてきているようなので、速やかにここから去らなくてはならないと言うことは伝わってきた。


 ダメージを負った機体をかろうじて動かして移動し始める。

 夜の間に自動で歩かせていたスピードよりもなお遅い。そもそも動いているのが奇跡と言える状態なのだ。

 通信装置も完全に故障して、あれ以後サリダとは通信出来ておらずこの状態を伝えることが出来ていない。


 よったよったとふらつくように歩を進めていると、モニタ内のAAP02と表示された丸が大きくなっていき……そして崖の上からその機体が現れた。


「博士、あれがサリダ先輩のシャクニクですよ!」


「なるほど、あれが……」


 メーケルゲンと同じく人型の機体。黄色がベースのその機体は特徴的な大型バックパックを搭載している。背に着いたそれには二つの長距離砲撃用重火器が搭載されている。そんなものを背負っていたら機敏な動きどころか移動すらままならないのだが、その弱点を克服すべく、このバックパックは高出力であり、地面から浮き上がって移動するホバー走行を可能としている。


 ミロウは形状からそれを読み解き、未知の技術考察状態に入っている。


 ――ガシィィィン


 黄色の機体、AAP02シャクニクはメーケルゲンの体を掴むとそのまま高出力バックパックの推力で浮かび上がり、一緒にホバー走行を始めた。


 1時間ほど走っただろうか。

 帝国との国境を越えてケイルディア国内に入った所で一行は足を止めた。


 シャクニクのバックパックから吹き出す、あたりの草がなぎ倒されるほどの強風が収まっていき、組み合った二機は地面へと降り立つ。

 ゆっくりと機体をかがませて安定を確認したあと、ブシューンとシャクニクのコックピットハッチが開いて……その中から現れたのはマイが先輩と呼ぶサリダの姿。

 コックピットの中に隠れるようにして辺りをきょろきょろと見渡し、しばらく念入りに念入りを重ねた索敵を行った後、そーっと体を乗り出して、そしてようやくその姿を見せる黒髪の少女。

 きれいな黒髪は彼女の両眼が全て隠れる程度まで伸びていて、その瞳の色は確認できない。長いというほどでもない髪は後ろでまとめられて、ワンポイントにリボンがつけられている。マイとは違いぶかぶかでもこもこのパイロットスーツを着ているため体のラインは判別しにくいが、一か所だけはその大きさを目視することが出来る。その大きな胸部を腕で隠すように、見られないようにと猫背になってしまっている。

 サリダ・ヴァーレン。16歳。マイよりも一つ年上で、守護機士シャクニクを駆る巫女メイデンの一人だ。


「サリダせんぱあぁぁぁぁぁい!」


 マイはコックピットを開けて、そう叫びながら飛びついて行く。


「きゃぁっ! ま、まいちゃん、その、けがはない? 大丈夫だった?」


 抱き着いてきた後輩を受け止めて、その様子を確認する。


「大丈夫でふー」


 もこもこのパイロットスーツに顔を埋めて、その大きくて柔らかい胸に顔をこすりつけるマイ。


 そんな愛くるしい二人を見ながら、ミロウは長かったコックピット内生活に終止符を打ち、地面へと降りようと、身を乗り出す。


「だ、誰っ!? お、男の人!?」


 ミロウに気づいたサリダは、さっと、マイの後ろに回り込んでしまう。


「大丈夫ですよ先輩。あの方は、ミロウ・カザミラ博士。帝国の頭脳です!」


「ミロウだ。よろしく。それにしても、シャクニクだったか、あの二門の重火器でガラーラムの腕を狙撃したのか? 大したものだ。どれくらいの出力があるんだ? 射程は? やはりメーケルゲンと同じくコスモリアクターを動力源としているのか?」


「はわわわわわ!」


 近づいてくるミロウに明らかに怯えている。


「だめですよ博士、さっきお話したじゃないですか。サリダ先輩は恥ずかしがりなんです。男の人には特にそうなんですから」


「いや、それにしても限度と言うものが……」


 前髪に隠れて視線を探ることは出来ないが、口はあわあわと言っているのがわかる。この怯えようは全ての思考が停止している状態だ。


「先輩、博士は帝国の人ですけど、いい人ですよ。さっきだって爆発から私を守ってくれようとして抱きしめてくれましたから」


「こら、それを言いふらすなと……」


「だ、だきっ!?」


 一言だけ発したかと思うと、サリダはどってーんと後ろに倒れてしまった。


「あわわ、サリダ先輩! サリダせんぱあぁぁぁぁぁい!」


 マイの話はサリダにとってセンセーショナルな内容で、許容量を超えたサリダは気絶してしまったのだ。

 その気絶もほんの少し。気絶から復帰した後、マイからこれまでの状況を伝えられる。『狭いコックピットの中で一緒に一晩を明かした』。その話を聞いたサリダはまたも倒れてしまい、二度目の復帰後は、無言のままシャクニクのコックピットに入ってしまい、以降、スピーカー越しでしか話しをしなくなってしまった。


 そんなこんながあって、ミロウとマイは無事にケイルディアにたどり着くことが出来たのだった。

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