008 絶体絶命の瞬間 その2
「やめるんだ、ガラーラムには――」
――ガシィィィン
ガラーラムの上半身、左右の後方から伸びてきた隠し腕が、迫る短刀を持つメーケルゲンの両腕を掴み上げた。
「隠し、腕っ!?」
内骨格剥きだしの武骨なデザインの隠し腕が、メーケルゲンの両腕を力任せに左右に開いていく。
痛みにより武器を落としてしまうと言うことは機械にはない。ただし、間接をつぶされれば手の先に続く拳の開閉機構に送る信号が伝達できなくなり、結果、人間と同じように武器を手放してしまうことはありうる。
だが、握られている箇所は装甲の上のため、防御力としては強い部類だ。もちろん隠し腕の握力がそれを上回ってしまえば同じことなのだが。
「マイ、早く振りほどくんだ!」
「やってるんですが、こいつ、力が強くて!」
さしものドラグライト反応炉搭載機とはいえ、メーケルゲンが通常時であれば解くことが出来ただろう。だが今は性能がダウンしているのに加え、昨日のコスモプロミネンスでエンジンはダメージをおっている。これまで幾度となく帝国の侵略を退けてきた機体と言えども、振りほどくことが出来てはいない。
「掴まれた腕以外の場所に武装は無いのか?」
「ありません! メーケルゲンに搭載された武装はシンセクションマシンガンとクラッドダガーだけなんです!」
人型にこだわるが故だ。その姿ゆえにどうしても人間が扱う武装と同じ部類の武装に落ち着いてしまう。
巨大であれば腹部にミサイルを仕込んだりもできるのだが、一般的な重機士のサイズで仕込めたとしても対人兵器のサイズにしかならず、対重機士武器としては使い物にはならないため搭載はされない。
これも重機士のブラッシュアップ過程でタブーとされている内容の一つだ。
「腕を脱落させて脱出するんだ、さもないと――」
ミロウが言い終わらない内に、ガラーラムは通常の4本腕のうち2本で持っていた武器を手離し、宙吊りにしているメーケルゲンの両脚部を掴みあげる。
「両足まで!」
「言わんこっちゃない。聞いておくが、両手両足を失ってもメーケルゲンは移動できるのか?」
「無理です! というかですね、そもそもメーケルゲンには意図的に腕や足をちぎる機能なんてありませんから!」
(なんてことだ。設計思想が違うのか? 予備パーツとの換装を手早く行うためにはパージ機能があった方が良いのだが)
などとミロウが技術的な思考を巡らせている中も、ガラーラムは高いエンジン出力に任せてメーケルゲンの腕や足を引きちぎろうとしている。強い握力によって掴まれている装甲が軋む音と、引っ張る力によりジョイント部である関節が悲鳴を上げる音がコックピット内にまで届いてくる。
(ガラーラムのパイロットよ。なぜ自機の関節部分がパージ可能だから、敵国の機体も同じ可能性があると考えないのだ。パイロット教育が行き届いてないではないか。いや、古参のパイロットならボズーの搭乗が長くてその考えに行きつけないのか)
この期に及んでも考察してしまうミロウ。
「耐えて、メーケルゲン! 根性だよ!」
10秒、20秒。処刑を待つだけの時間は永遠とも思えるほどの長い時間だ。根性で性能が上がる訳はないのだが、結果としてメーケルゲンの両腕、両足はどれも脱落することなく持ちこたえている。
そんな様子にしびれを切らしたのか、ガラーラムは残った二本の腕に持つ重火器の銃口をメーケルゲンのコックピットに向け、照準を合わせる。
「こうなったら自爆するしか! すみません博士、一緒に死んでください!」
「お、おい待て、早まるな!」
さすがのミロウもこの展開には動揺もする。
国家機密である重機士技術が敵国に知られてしまうのは大きな痛手となる。戦場で鹵獲され、その情報が洩れるようなことがあってはならないため、相手に奪われないように自爆を選択することはパイロット教育の中には入っている。
とはいえ、マイのこの判断の速さには驚かざるを得なかったのだ。
「メーケルゲン、コスモリアクター、フルドラアァァァァァイブ!」
ぐおん、とエンジンの回転速度が上がった音がする。エンジンを暴走させて爆破させるつもりだ。その様子は相対するガラーラムにも伝わっている。
もちろん自爆などされると至近距離のガラーラムも甚大な影響が出る上に、鹵獲できる可能性のある機体をみすみす破壊されてしまう。
ガラーラムはそんな愚行を避けるため、速やかにコックピットを吹き飛ばす方を選択したようだ。
銃口にドラグライトエネルギーが収束していく。
収束には2秒、だが自爆にはそれ以上の時間がかかるだろう。
「マイっ!」
瞬時にそれを悟ったミロウは、無駄なあがきと知りつつ、せめてマイの盾になろうと、無理やりに位置を変えて銃口とマイとの間に入り、ぎゅっとマイの体を抱きしめた。
――ギシュゥゥゥン
そして放たれる殺意。
瞬間、重力から解き放たれた感覚がミロウを襲った。
だがその音はガラーラムの重火器が生じさせたものではなかった。
突如飛来した破壊を伴う光が二条。メーケルゲンを掴んでいた4本の腕を寸分の狂いもなく撃ち抜いたのだ。
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
モニタを背にしていたミロウはその様子を見ていなかったが、マイはしっかりと目にしていた。
拘束が解かれ自由落下が始まるった所で、臨界直前のエンジンの推力を利用し、その場から離れる。
――ギシュゥゥゥン
刹那、第二射がガラーラムの頭部と、コックピットがある馬胴体部分に直撃し、鼓膜が破れ、耳がいかれてもおかしくない程の轟音と共にガラーラムは爆散した。
「ぐうっ!」
状況を掴めていないミロウの体に衝撃がかかる。メーケルゲンが背中から着地した衝撃だ。
第二射に対してマイは咄嗟に反応し後方へと脱出操作をしたが、自爆直前のエンジン臨界を抑えるための操作に手を取られて、着地の姿勢制御までは手が回らなかったためだ。
背を向けていたミロウもこのあたりでようやく自分が死んでいないことを、守ろうとした赤毛の少女が無事であることに気づく。
「な、なにがあった?」
「サリダ先輩です! サリダ先輩が来てくれました!」
すぐさま体を起こしてモニタに視線を向ける。
ガラーラムの爆発で起こった煙が渦巻いているため目の前の映像ではまったく様子が分からないが、モニタの端っこには遠くの場所を差して、AAP02と表示されていた。
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