007 絶体絶命の瞬間 その1

 包囲網を突破したマイとミロウ。

 その勢いでケイルディアまでたどり着けるかと思ったのは浅はかだった。


 限界まで出力を上げたコスモリアクターは焼き付いてしまい、メーケルゲンの出力は極端に下がってしまっている。もちろん次元迷彩フォルゲムコートは使えず、ガションガションと音を立てながらの歩行で移動せざるを得ない状態だ。


 夜も深まり、月明かりが辺りを照らす。

 すでに基地を脱出してから半日以上が経過している。疲労もピークに達し、パイロットのコンディションは下がらざるを得ない。

 どこか人目につかない場所で数時間の仮眠を取って休息したいところだが、再び包囲網が敷かれてしまえば脱出は不可能となってしまうため、その時間を惜しんで歩を進めていた。


 無言のコックピット内。

 それもそのはず、マイはミロウの膝の上で眠りについているからだ。


 どうしてこうなったのかと言うと。

 休憩は必要だが足を止めるわけにはいかない。そしたらコックピット内で寝るしかない。

 「ならば私はメーケルゲンの手の上で寝る」と言うミロウに対して、「外でなんて危険すぎます。狙撃されたら死んでしまいます」と、マイが頑なに拒んだ。

 そういう訳で二人してコックピット内で寝ることになったのだが、マイを上に乗せているミロウはくつろいで眠れるわけもなく、マイ一人だけが肉布団ミロウの上で眠っているという訳だ。


 (まさか本当に寝てしまうとは。少し警戒心が無さすぎではないか?)


 ミロウは膝の上で眠る赤毛のお姫様の寝息を聞きながらそう思った。

 メーケルゲンは自動で進むように設定されている。仮に敵に襲われたとしてもここはコックピット内。一撃で撃破されない限りはすぐに対応が可能だ。


 (私は仮にも帝国の技術者だぞ? 銃も持っている。自分がしたように脅されてメーケルゲンを奪われる可能性を考えなかったのだろうか)


 年齢は聞いてはいないが帝国で言う学生の年齢だろう。学徒動員するほどケイルディアの軍事情は悪いのだろうか。それよりも学生が操縦できるレベルの兵器が存在するというのも脅威ではある。


 そんなことを考えながら、動かさずにじっといることでしびれてきた手の移動先を考える。

 この狭いコックピット内。それに寝ているマイに触れない場所となれば置き場所は限られている。動かすのも一苦労だ。動いて揺することでマイが目を覚ましてしまうかもしれない。


 (本当に、こんなところで私は何をしているのだろうか。帝国に背を向けて、敵国兵と一緒に狭いコックピットの中。捕まれば銃殺は免れない。そんな危険を冒してまで、この少女と一緒に行きたかったのだろうか。帝国を裏切らなければこれからも溢れ出すアイデアを迸らせ続けることが出来ただろうに)


「フフッ」


 思わず苦笑いしてしまう。


「愚問だったな」


 (自らが到達していない技術との邂逅。これほど心躍ることがあるだろうか。未知なる技術を手にした後、自分はどのようにそれを昇華させることが出来るのだろうか。そうだ。今溢れ出てくるアイデアなどそれに比べれば何の価値もない。それはこの守護機士に使われている技術に比べてはるかに格下なのだから!)


 貪欲に知識を吸収したい。そのために自分はここにいる事。そしてこの無警戒な少女を守り導くことがその道へと繋がっている事をミロウは理解している。


「んっ……ううーん……」


 マイが寝がえりをうった。今まで枕にしていたミロウの胸にうずまるかのように体勢を変えて。


「おとう……さん……」


 父の夢でも見ているのだろう。


 (私はまだこんな大きい娘がいるような年齢ではないんだがな)


 などと心の中で独り言ち、少女の体温を感じながら自分も寝ることにしたのだった。


 ◆◆◆


 月明りのみを頼りに進んだ夜が明け始め、辺りは白く輝き始める。

 帝国軍に見つかることもなく進んでいたメーケルゲンだったが、その穏やかな道中は終わりを告げる。


 ――ビーッ、ビーッ、ビーッ


 微睡まどろみに包まれているコックピットの中、それを邪魔するかの如く警報が鳴り響いた。


「はふぁっ!」


 目覚まし時計の音よりも大きなそれに驚いたマイがガバッと体を起こす。


「ぐおっ!」


 ベッドで寝ていると勘違いしたマイが思いっきり頭を起こしたので、無防備な顎に頭突きをもらって最悪の目覚めとなったミロウ。

 痛みをこらえながら、すぐさま状況を把握し始める。


「あ、あれっ、ミルミルは、ミルミルはどこ?」


 寝ぼけまなこのまま右へ左へと顔を向けている赤髪の少女。


「寝ぼけているんじゃない、敵だぞ!」


「へっ、男の人!」


 この期に及んで間の抜けたことを言っているマイの頬を両側からつねり上げた。


「ひ、ひらいひらい! つれらないれー!」


 (思い出した! 私、昨日博士の上で寝て……あーあーあー、戦場の雰囲気に当てられたからてなんてことを! って、あー! 博士の服に私のよだれがー!)


 バツが悪そうに視線を上げるマイと、そんな呆れたマイを冷めた目で見るミロウの視線が重なる。


「目は覚めたか?」


「は、はい! ミロウ博士、おはようございます!」


「挨拶はいい、敵だ。敵の数は1。帝国の新型重機士ガラーラム、私が設計した新世代重機士だ」


「それはつまり!」


「ああ、1機でボズー10機分の戦力はあると思ってもらって結構」


 モニタの左側に映し出された映像。後方から迫るその機体は完全な人型ではなかった。

 馬のように後方に突き出た下半身。脚部は六つあり、左右に3本ずつ。上半身はその特異な胴体の上に乗っており、腕も4本ついている。全高はメーケルゲンの2倍はあり、その姿から相まって威圧感は凄いものだ。


「勝てますか?」


「それは私が聞きたいところだ。通常状態の守護機士であれば、癪なことに相手もならないだろう。だが今は肝心のエンジンの出力が上がらないんだろう? 昨日のコスモプロミネンスで」


「そのとおりです。それに、この不調はそれだけじゃない気がします」


「なら逃げるしかないな。だが逃げるのも一苦労だぞ? あの6本脚は道の悪い場所でも安定して速度を出すためにある。我々に追いついてきたのもそのせいだろう」


「とりあえずっ! 逃げてみます!」


 マイはメーケルゲンを手動操縦に切り替えると、逃走速度を上げる。

 敵に背を見せているため、後方から弾や光学兵器による光線が飛んでくる。


「さすがは私の開発したドラグライト反応炉だ。あれほどの重い機体も易々と動かす高出力。それに今にも我々を溶かさんとする光学兵器バルドムート。他国ではこうはいかない。キュリンライト変換装置の作成はちょっとてこずったんだ」


「ちょっと博士! 博士はどっちの味方なんですか!?」


「ああ、すまんすまん」


 形だけは反省の色を見せるミロウ。「頼みますよ、もう」と、あきれるマイ。


 そうこうしているうちに並走され、回り込まれてしまう。

 足を止めるメーケルゲン。その前に立ちふさがるガラーラム。


 逃げようにも、ただの足捌きのフェイントに引っかかって逃してくれるほど甘くはない。


「博士、攻撃して隙を見て抜けます! 舌かまないでくださいね!」


 モニタを見ているため背後を見ていないマイだが、ミロウは無言でこくりと頷いた。

 ミロウは科学者であってパイロットではない。戦闘中であればパイロットであるマイの言葉は受け入れるべきだと思っている。


「しぃぃぃんせくしょぉぉぉんましいぃぃぃぃんがぁぁあぁぁぁぁん!」


 昨日の戦闘と同じくマイは武器名を叫ぶ。

 相手に狙いを絞らせないように小刻みにステップを踏みながら手に持ったサブマシンガンをぶっぱなす。放たれた無数の光弾が大きなガラーラムに着弾するが、その装甲はびくともせずすべての弾をはじき返している。


「ほう、実際にこの目で見るのは初めてなんだが、さすがはスツルムマック軽合金だ」


「博士、しゃべってると舌噛みますよっ!」


 どちらの味方なんだとマイが怒っているのが聞いてとれる。さすがに二度目は怒られる。

 とはいえ命がけであるからこそ得られる情報もあると言うものだ、とミロウは内心でとどめておいた。


 右に左にと体がゆすられる。それだけ激しくメーケルゲンが回避行動を行っているということだ。敵のガラーラムは4本の腕それぞれに武器を持っていて、それを絶え間なく発砲しているため息つく暇もない。腰のあたりに搭載されているガトリング砲の面制圧能力が高いのもそれに拍車をかけている。

 メーケルゲンはそれらを巧みに回避し、時に跳躍し、弾幕の薄い部分からガラーラムを狙い撃ちするが、やはり攻撃は弾かれてしまう。


「えねるぎぃぃぃぃせえぇぇぇぇぇぇっっとぉぉぉ!」


 弾倉が排出され、予備の弾倉を装着する瞬間。

 一瞬だが手を止めるその瞬間に狙われた。


「しまっ――」


 ――ドウッ


 主力武器であったサブマシンガンはガトリング砲の弾を受け爆散してしまう。

 銃内にエネルギーを溜めている部分は無いのだろう。誘爆することなく、ただただ敵弾によっての爆発。


 至近距離で、しかもマニュピレータの指部分は細く関節機構もある。手の中で爆発されては大なり小なりダメージを受けてしまうため、すぐさまサブマシンガンを手放していたマイ。


「近接戦を仕掛けます! クラッドダガーぁぁぁぁ、せえぇぇぇぇぇぇっっと!」


 メーケルゲンの肩当ての部分から滑り落ちるように小ぶりなナイフが落ちてきて、それをクロスした両手で受け取る。


「まてっ! あいつに近接戦闘は無茶だ!」


 すでに飛来する弾をかいくぐり踏み込んでガラーラムの間合いに入る所まで来ている。


「大丈夫です! 私だってメーケルゲンに認められた巫女メイデンなんですから!」


 気合を入れて大地を踏みしめ、空へと跳躍する。マイが狙うのは頭部のメインカメラ。そこを破壊すればサブカメラへの切り替えが発生し一瞬でも逃走の時間が稼げると判断したのだ。


 競技大会の選手のようにきれいな宙がえりを見せるメーケルゲンが、手に持った短刀の切っ先をターゲットであるメインカメラに向ける。


「やめるんだ、ガラーラムには――」

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