005 脱出戦 その1

「閉めますよ」


 音と共にコックピットが閉まっていくが、その音は途中で止まってしまい――


「なるほど。透明化フォルゲムコート状態で移動はできないのか」


 透明だった膜が取り払われるかのようにサーっと色が現れて、モニタでもコックピットの隙間からでも、このメーケルゲンの腕や胴体が見えるようになっていた。

 部位によって色の濃淡はあるが、主に淡い赤色の装甲。くれないの悪魔と呼ばれてケイルディア戦線の兵士に恐れられていたのがこのメーケルゲンだ。


「えっ、えっ!? どういうこと? なんでフォルゲムコートが解除されるの?」


 きょろきょろ、ぐりんぐりんとコックピット内で頭を動かすマイ。


「なんだと?」


 シートベルトをするためにガチャガチャガチャガチャと何度も引っ張り続けているミロウだったが、その手が止まる。


「こんな事なかったのに。フォルゲムコート再起動! あれっ、ねえ、どうして!」


 慌てた素振りでコンソールをパチパチ押し続けるマイ。


「もしかして定員オーバーなの!?」


「マイ、落ち着け。こんな状態でここに留まったままでいると――」


「正体不明機を発見! ポイントB619です! 機体数は1!」


 建物の陰に兵士の姿を見つけた。

 ヘッドセットのマイクに向かって増援を呼び掛けている。


「マイ! 見つかったぞ! 重機士が出てくる前にこの場から去るんだ」


「えっ、は、はい。ハッチ閉じて!」


 途中で止まっていた扉が再び音を立てて完全に閉まる。


 ――ブゥン


 システムが起動しスリープ状態だったエンジンがエネルギー発生効率を高めていく。

 グォングォンという重低音。技術者であり技師でもあるミロウはその音だけで機体のおおよその推力を計ることが出来る。


(私が設計した重機士に比べて推力が高いわけではない。いや、むしろ低い。低いと言うか――)


「なんで? どうして? メーケルゲンのエネルギーが半分も変換されてないよ」


「どういうことだ?」


「わかりません! 今までこんな事なかったのに。いったいどうしたのメーケルゲン!」


「マイ、左からくる! 避けろ!」


「えっ!? 敵!」


 左から現れた帝国の重機士。ずんぐりむっくりしたシルエットのその機体の装甲は紫がかった黒をしている。その色は帝国内を警備する機体のカラーを現している。

 現れたその1機は包囲するための仲間を待たずに、手に持ったマシンガンを打ち込んで来る。


 さすがにその様子を見たマイはパイロットとして機敏に反応し、左右にあるメーケルゲンの操縦桿を操作し攻撃を回避する。


「このまま逃げるぞ。この基地は南西方向の防備が手薄だ。そこを突っ切れ」


「分かりました博士!」


 (機体の制御維持をを行うのはバックパックのバーニアと両手両足にあるスラスターか)


 ジグザグの回避運動。それを行う機構の分析をする。これほど機敏な動きを人型で行うには機体性能だけではなくパイロットの操縦技術も必要だ。この基地に配備されている量産型のボズーはバックパックのバーニアのみのため、パイロットが良くてもこうも機敏に動くことは出来ない。


「壁! 跳びます!」


 マシンガンの射程から脱出し、本格的な逃走に向けて機体の向きを180度反転させる。

 その前に立ちはだかるのはこの基地の防壁。高さにして4m程度。前線の砦でもないため控えめな高さ。うわさに聞く守護機士ならこの3倍の高さまで跳躍できる。


 壁の直前で人間のように足で踏み込むメーケルゲン。高出力のバックパックブースターを備えた重機士であればその予備動作は必要なく、そのままの姿勢で推力に頼って壁を超える。だがこの守護機士はそうではない。


(人間の動作をまねることで何らかの効率を上げているのか?)


 体がぐっと沈んだ感覚の後、重力が体を襲う。脚部での反動とバーニアの推力で宙を舞うためだ。


 ――ドゴゥッ


「きゃぁぁぁっ!」

「ぐっ!」


 ミロウは思わずうめき声を出してしまった。それも仕方がないというもの。彼の顎はマイの尻の直撃を受けたのだから。


 (何が起こった!)


 顎への痛みをこらえてミロウは状況を分析する。


 (機体は倒れている。先ほどの衝撃は機体下部からのものだ。まさか飛び越えられずに足を引っかけたというのか?)


 ミロウの読みは正しかった。4mの防壁を超える際に、メーケルゲンの足先が壁に引っかかり、バランスを崩して基地の外に胴体から倒れこんだのだ。その衝撃により二人の体をシートに固定していたベルトがはずれ、勢い余ったマイの尻は浮かび上がりミロウの顎へとダメージを与えた。


「博士、大丈夫ですか?」


「ああ、キミの尻の事はいい。それよりも」


「はい。なぜかメーケルゲンの推力が半分も出ていません。いつもの推力ならこんな失敗しないのに」


 (原因は分からないと言う事か。その辺り詳しく調べたいところだが)


「とにかく機体を起こすんだ。こんな状態では囲まれれば終わりだ」


 すぐさま復帰し基地からの離脱を試みる。

 右から左からと現れるボズーを巧みに回避し基地から離れる事に成功したものの、さすがに帝国の中央部。逃走に時間をかければかけるほど包囲網は狭まっていき……とうとう周囲を囲まれてしまった。


「ボズーに、マッケイもいるな。私が設計した機体がいないのがまだ救いか」


 基地と周辺の部隊とが合流したのか、数十機の重機士が見て取れる。

 ミロウが設計した新世代重機士と比べて旧世代となるボズーとマッケイだが、数が集まればその力は脅威となる。ましてやそれら旧世代以下の出力しか出せておらず、それも1機だけのメーケルゲンならなおの事。


「このままでは袋の鼠だ。そうだな……私を盾にして、人質として使ってこの包囲を乗り切るのはどうだ?」


「嫌です」


 一言はっきりと言われた。


「だが、その方法が一番効率がいい」


「博士を危険な目に合わせる方法は承服しかねます」


 さっき命を狙ってただろうに。とは言わなかった。この娘にはこの娘の信念があるのだ。

 軍隊であれば上官の命令は絶対。マイは軍属だが、ミロウはマイの上官ではない。それであれば彼女の信念を曲げさせることは出来ない。


「わかったよ。そういうからには他に手があるんだろうな?」


「ありません! 私はそう言うの苦手なので。なので力で押し通ります!」


「強行突破か」


 (守護機士であればそれくらいやってのけるだろう。だが半分以下の出力でどこまでやれるというのか。まだ私の知らない武装があるのか?)


「はい! 11時の方向、あそこの囲いは他に比べて弱そうです。そこを一点突破します!」


 (任せるしかないか。乗機の事を一番分かっているのはパイロットだ)


「分かった。マイを信じよう。頼むぞ」


「っ! はいっ!」


 一際大きな返事が返ってきた。

 自分を信頼して任せてくれたという思いがそうさせたのだ。


「行きます!」

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