004 メーケルゲン

 いくつかの扉、エレベーターでの階層移動を経て二人は建物の入口へとたどり着いた。


「カザミラ博士、どちらに? 今、基地内に侵入者がいます。万が一があってはこまりますので、お部屋にお戻りください」


 玄関に陣取る兵士に声をかけられた。

 黒光りする肩掛けの大きなライフルを下げており厳戒態勢中であることをうかがわせる。


「研究が煮詰まってな。外の空気を吸いに行くところだ」


「でしたら私がお供します」


「結構だ。私のせいで警備に穴をあけたとあっては申し訳ない」


「ですが……」


「心配はいらない。いざと言うときはこいつを撃つさ」


 ミロウは胸元から拳銃を取り出す。護身用にと支給されたが全く使わずに机の奥に眠っていたものだ。


「しかし……」


「なに、銃声が聞こえたらすぐに駆け付けてくれればいい。非戦闘員とはいえそれくらいは持ちこたえて見せるさ」


「分かりました。お気をつけて。何かあればすぐに呼んでください」


「ああ」


 しぶしぶ同行を諦めた兵士と別れ、二人は建物の物陰へと入る。


「博士、役者ですね。私なら噛んでしまいそうです」


「あれくらいなら予算を勝ち取ることに比べたら容易たやすいものさ」


「そうなんですか? 大人の世界って難しいんですね」


 キミがいるのも大人の世界だろうに、と突っ込むのは止めておいたミロウ。


「それよりも、どこにあるんだ? その守護機士は」


「そこの角ですよ」


 案外近いところに置いているものだ、とミロウは思った。

 重機士ほどの大きさのものを隠すとなれば場所は限られる。普通なら基地ここからある程度離れた森の中か洞窟の中、その辺りだろうと推察される。そのため、まさか敵基地内にあるとは思いもよらない。

 だが、ミロウは特段驚きはしなかった。なぜならその可能性も予測していたからだ。


 建物の角を曲がり目的の場所へとたどり着く。

 資材置き場用の広場。今は何も置かれてはおらず、バスケットボールのコートのようにただ広い敷地が広がっているだけだ。


「じゃじゃーん。これが私の守護機士、メーケルゲンです! って、何も見えないんでしたね。コックピットを開けますね」


 ――プシューン


 開閉音と共に、今まで何もなかった空間に突如コックピットが現れた。とはいえ現れたのはコックピットの内部だけ。長方形に切り取られた写真のように、コックピット入口から内部の座席が見えているだけであり、人型である重機士の全体像を見て取ることは出来ない。

 長方形の境目から外側は透明で何もなく、内側と外側で色彩がくっきりと分かれており、視覚がおかしくなりそうである。


「こ、これが……。いったいどういう原理なんだ……」


 ミロウが背伸びして手を伸ばすと、見えているコックピットの周りには何かの金属的な触感があった。

 だが、その下。透明な部分にはそれはなく、ミロウの手は空間を素通りしたのだ。


「光学的な迷彩ではない。もっと別の、いわば次元迷彩とでも言うような、そんな現象だ」


 帝国の頭脳が驚き、そして褒めている。そんな様子を見て、マイは嬉しくなった。


「凄いでしょ、メーケルゲン。これはフォルゲムコートって言うんです。詳しい理屈はわからないんですけど、透明になれますし、そこに存在してないんです」


「フォルゲムコート……。ただ透明になっているわけではないという訳か。物理的に存在していないというのなら、量子的な揺らぎを利用しているのか?」


 顎に手を当てて目の前の摩訶不思議な現象を眺めながら熟考モードに入る。


「博士、考えるのは後ですよ。時間をかけると兵士がきちゃいます」


「あ、ああ。それで、どうやって脱出するんだ? 私は腕に乗るのか? 私は透明にはならないんだろ? そもそも、フォルゲムコートの状態の腕に乗れるのか?」


「はい、乗れません! だから博士にもコックピットに乗ってもらいます」


「コックピットに? 乗ってもいいのか?」


 一緒に行くと言ったのは二人の間の口約束に過ぎない。拘束もされていないし、挙句拳銃も所持したままだ。そんな段階で他国の技術者に軍事機密である守護機士のコックピットに入れてもよいのか。軍事機密が流出するかどうかの瀬戸際のはずだ。

 もちろんミロウはそんな事をするつもりもないが、重要な事なので問うてみたのだ。


「緊急時ですからね。その代わり、狭くても我慢してくださいよ」


「分かった、それでは頼む」


 問題ない回答が返ってくることは予想していたが、技術流出についてよりも快適さについての補足が付いてきたのは予想外だった。

 

「メーケルゲン、もう少し下にしゃがんで」


 透明のマイは自らの守護機士に対して呼びかける。

 音声認識による遠隔操縦が可能な証だとしたら何か動作が起こるはずなのだが、そんな予想に反して目の前のコックピットの姿に何ら変わりはない。


「あれ? メーケルゲン、しゃがんで」


 首をかしげるマイだったが、その姿はミロウには見えてはいない。


「何も起こらないぞ?」


「おかしいなぁ。うーん、ちょっと待っててくださいね」


 そう言うとマイはトンっと跳躍し、コックピット入口に手をかけて、ひらりと中に乗り込んだ。


 その様子を見ることが出来ないミロウにしてみれば、軽く地面を蹴る音と共にふわりと空気が揺れたことしか分からない。


 僅か後、コックピットの中に色彩が宿り始め、白いボディースーツの赤毛の少女が姿を現し、コックピット内で何かをパチパチと操作すると、何もない空間に存在するコックピットの入口だけが下に降りてくるシュールな図が出来上がった。


「さあ博士、中へ」


「ああ」


 差し出された手を掴み、コックピットへ入ろうとするが。


「これ、二人、乗れないだろ……」


 どう見ても一人乗り。余裕のあるスペースなど皆無。昔からある重機士の設計思想。大型になる程被弾率が上がるためコックピット内はコンパクトにするのが通常だ。


「だ、大丈夫です。博士がシートに座って、私が博士の上に座ります。解決ですね!」


「それじゃあ密着することになるが? うら若きレディには問題じゃないのか?」


「れ、れでぃ!? だ、大丈夫です。私は鍛え抜かれたレディ。男の人と一緒に座っても動じない心を持っていますから!」


  されたことのないレディ扱いをされたマイは意味不明な事を口走る。


「そうか。なら問題ないな」


 よくわからないことを言っているが、本人が大丈夫だと言うのだから後から文句も言われないだろうと、体をよじりシートへの通り道を作っているマイの横を抜け、ミロウはシートへ腰を下ろす。


「モニタは全周囲ではないのか。この映像は……頭部カメラか、ぐおっ!」


 守護機士の技術推察に脳を回していた所、それに割り込むように体に衝撃が走った。

 シートに座ったミロウの膝の上。クッションに座るかの如く、遠慮なしにマイが尻を置いたのだ。


「どうしたんですか博士? バレない内に出発しますよ?」


「あ、ああ」


 人を膝の上に乗せる事などなかったミロウは、その重さを計り違えていた。


 (これは大変な行程になりそうだ)


 一方のマイは。


 (ひぃん! なんか変な感じ! このスーツ薄いから博士の太ももの感覚も体温も分かっちゃう! 博士の心臓の鼓動も伝わってくるよ! まって、もしかして私の鼓動も伝わってるんじゃ!? うぅぅ、平常心、平常心! 博士はシート、ただのシート!)


 などと心を静めるのに必死だった。

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