003 私の女の子の部分
「ケイルディア。帝国の首都から遠く離れた一地方に隣接する小国だ。戦略的価値のない国だとして帝国が本腰をいれていないのもあるが、これまでずっと帝国の侵略を防いできた。なぜならその国には特別に強力な三機の重機士が存在するからだ。それが守護機士と呼ばれる機体。そしてその守護機士のパイロットは
――どうっ
考察の一瞬のスキを突かれ、ミロウはみぞおちに膝の一撃をもらったため、少女の体を離してしまった。
その隙に少女はまた透明になり、落ちていた拳銃を拾い上げたことにより立場が再び逆転してしまう。
「研究を止めて田舎に帰るというのなら命を取ろうとはいいません」
「それは出来ない相談だ。研究者に研究を止めろと言うのは死ねというのと同義。キミは私に死ねと言っている」
「な、なら、私の国に来てください! ケイルディアに来て研究を続ければいいのです」
「ほう?」
「あなた方帝国の野望のためにケイルディアは危機にさらされています。博士が来てくれれば沢山守護機士を作って帝国の野望を打ち砕けるに違いないです。博士も死なずに済んで、研究も出来て、
「お断りだ。」
「どうしてですか!?」
「まず私が死ぬことが前提なのがおかしい。私は死ぬつもりも無いし、キミは私を殺せない。つまり私にはメリットが無い」
「そ、それは……」
「私は
「それは……。こ、こうなったら色仕掛けしか! こんな場面でも男なら色仕掛けでイチコロだってカムさんも言ってたし」
「却下」
「即答! ど、どうしてですか!? もしかして博士は女の人!?」
「色欲におぼれるなどナンセンスだ。それにキミは子供だ。おぼれるほどの色欲を感じさせてくれるとも思えないがな」
「こ、子供っ!? どこが子供なんですか。どう見ても素敵なレディですよ! ほら、胸だってありますし!」
少女は胸を寄せて上げて強調しているのだが、透明になっているためミロウには全く見えていない。
「ほう。それでは素敵なレディのキミはどうやってその胸で色仕掛けをしてくれるのかな?」
「むっ、胸で!? いろじかけっ!?」
少女の顔が真っ赤になった。だがその初々しい反応は誰の目にも触れてはいない。
――ウーッ ウーッ ウーッ
警報音が鳴り響き、照明が真っ赤についたり消えたりしている。
「どうやらキミが侵入したのがばれたようだな。話はここまでだ。速やかに立ち去り給え。私は研究に戻る」
透明化はスーツの技術ではない。そう結論付けたため、これ以上このやかましい少女の相手をしているのは時間の無駄だと判断したミロウは、開発に戻ろうとして少女に背を向ける。
「お、お願いします博士! 一緒に来てください! 私たちの国を、みんなを守ってください! そのためには博士の力が必要なんです! 守護機士をもっと強くするには!」
「おい、その話は本当なんだろうな」
何も聞く耳は持たない。背中でそれを現していたミロウが突如振り返った。
くるり、と目を疑うほどの速さで。
「へ? もちろんです。博士の力が必要で――」
「そこじゃない。守護機士を強くする話だ。私に守護機士の改良を、ブラックボックスまで見せると言うのは!」
「え、は、はい。交渉のカードとして使っていいと言われてますけど……」
「分かった。行こう。さあ」
「え。はい。あの、本当に来てくれるんですか?」
「そうだ。二度は言わん。急ぐぞ」
「あの、胸で色仕掛けは?」
「そんなものは必要ない。一刻も早く守護機士の構造を知りたいからな」
「えっ、もしかして、私の女の子の部分、ロボットへの興味に負けてる!?」
少女は視線を落とし自分の胸をのぞき込むと、そんな事ないよね、と言わんばかりにムニムニと両手でそれを上下させた。
その可愛らしい様子はこの世界で誰にも目撃されることもなく、記録されることも無かった。
◆◆◆
「凄いものだな。帝国のセキュリティも軽々とくぐれるなんて」
横を慌ただしく駆けて行く兵士たちを後目に、ミロウは一人(・・)逆方向の出口へと向かっている。
その横に透明な少女がいるなどとは誰も気づかない。
「そうですね」
「どういう仕組みなんだ? コルスタニフ現象を利用したとしても、肉体が発する電磁波をシャットアウトは出来ないから監視装置には引っかかるはずだ」
「教えません」
「なんだ、怒っているのか? 何が不満なんだ。一緒に行くと言っただろう」
透明になっている少女の表情を見ることは出来ないが、その声色から明らかになんらかの不満を抱いていることが分かる。
「怒ってません」
「まあキミが怒っていようといまいと私には関係ないが」
「マイ」
「ん?」
「マイ・クレハです。キミじゃありません」
「あ、ああ。マイ君ね。私はミロウだ」
「知ってます」
マイはつっけんどんに返答する。機嫌が悪いのだ。
任務に感情を持ち込むのは良くない。それでもマイは目の前で歩く男、ミロウ・カザミラに対して素直になることが出来なかった。
色仕掛け(本人が考える)は失敗し、子ども扱いされたことが不満なのだ。「マイの胸なら男だってメロメロにできるぜ。オレもマイくらい胸があればなぁ」と、同じ守護機士の
それがあろうことか、無機物である守護機士に負けたのだ。無機物に欲情する変態人種である博士だからと考えているが、女の魅力を否定された悔しさと、マイの前向きな性格が合わさって、いつか目の前の博士を自分の魅力で虜にしてやるんだと思っている事を、マイ自身は知り得なかった。
「ほら、何を怒っているのか知らないが、早く案内してくれよ、キミの乗ってきた守護機士に」
「マイです!」
「あ、ああ。すまない。それと、あまり大きな声を出さないで欲しい。いくら透明になっているとはいえ、声がすれば怪しまれるからな」
「それは博士も同じでしょ。独り言をブツブツ呟いていたら怪しいですよ」
「それはすまない。自重しよう」
普段からブツブツと独り言を言いながら考え事をして歩いている姿が目撃されているため、周囲からはいつも通りだと見られるはずだが、当の本人はその自覚は無いという事例である。
「フフフッ」
ミロウの横でマイがクスリと笑う声がした。
「どうした?」
「いえ、なんでもないです。さあ、こっちですよ。はやくはやく」
あれやこれやと口が達者なミロウがあっさりと謝ったことで、マイの抱えていたモヤモヤがぱっと晴れたのだ。
単純でチョロい。いいように言えば純粋なマイだった。
「お、おい、引っ張るんじゃない! 見られたら事だぞ」
マイは前に回ると、急かすようにミロウの手を引っ張ったのだ。
何も知らない人から見れば、ミロウの右手が急に前に伸びたように見えただろう。
ぱっと手を離し、ごめんなさい、と素直に謝罪するマイ。
その表情は笑顔であったが、ミロウはそんなことなどつゆ知らず。
そして何事も無かったように二人は通路を進んでいくのであった。
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