002 高尚な趣味
「いや、キミに私は撃てないよ」
ミロウにはその確信があった。殺すのならばすでに撃っている。この姿の見えない暗殺者は人殺しに慣れてはいない。それに、わざわざ警告を行うのは殺す以外の目的があるということでもある。
「撃てます」
「いや、無理だね」
撃てるものなら撃ってみろと言わんばかりに、ミロウは両腕を左右に開き、暗殺者が狙いをつけやすくなるように体の表面積を大きくする。
「いいんですか? 撃ちますよ? あなたが死ねば帝国の脅威が減ることに繋がります」
「だから無理だと言っている」
ミロウは腕を広げたまま椅子から立ち上がると暗殺者がいるであろう場所へとゆっくりと近づいていく。
「こ、来ないでください、本当に撃ちますよ!?」
――ギインッ
足元で弾音がした。再びの威嚇。
これは自ら撃てないと言うことを暴露したにも等しい。
足を止めたミロウ。
気配を感じる。見えないながらもすぐ目の前に誰かがいる。
膨大な情報量の設計図を読み込んだ後のような感覚。ミロウは、この短い時間、短い会話の中で目の前の未熟な暗殺者のデータをすべて引き出したかのような、そんな感覚を覚えていた。
「う、撃ちます!」
そう暗殺者が言い終わる前に、ミロウは開いていた腕を閉じ、暗殺者を抱きすくめ、体重をかけ相手を床に引き倒す。
途中、発砲された音がしたが気にはかけない。
(思った以上に細い、それに小柄だな)
組み付けば見えない腕の場所も分かるというもの。すぐさま手に持つ銃を払いのけ、暗殺者を組み伏せた。
「ひやぁぁぁぁ、やめてください、エッチ! 変態! 暴漢!」
体の下にある柔らかいものから声が聞こえる。
「やめてくださいもなにも、命を狙われている相手に手加減などできるか。それに、姿が見えないんだ。どこを触られても仕方がないと思うが?」
「わ、分かりました、姿を見せますから、変なところを触るのは止めてください!」
言うが否や、透明だった温かいものに色彩が宿り始め、暗殺者の姿があらわになった。
(年のころは15歳くらいか。若いな。その若さゆえに未熟、か)
白いパイロットスーツを身に着けた少女。ミディアムボブの赤いサラサラの髪に、くりくりとした青い目。その目は押しかぶさるミロウにを呪うかのように視線をぎゅっと固定している。
「一体どういった原理なんだ? その風変わりなスーツのおかげか?」
現れた小さな女暗殺者に問いかける。
彼女が身に着けている風変わりなスーツ。帝国で採用されているもっさりとしたスーツとは違い、体に張り付くような薄いデザインで体のラインが直接出るものだ。
これだけ薄くて身を守る効果があるのかどうか、と言う点と今まで透明だった点とを総合すると、このスーツは透明になる装置で、そのためにこの薄さであるのだという答えに至る。
「さあ、姿を見せましたよ。触らないでもらえますか?」
ミロウの期待した回答は返ってこなかった。
「触らないでと言われても、自分の命を狙う暗殺者を離すわけにはいかないだろ」
姿の見えない状態では成人男性としての力に頼らざるを得なかったため、途中いくらか不適切な場所を触ったのかもしれない。だが、見えた今では必要な関節の動きを奪い、体重をかけるだけの必要最低限の動作を取っている。ミロウは研究職ではあるが、このような体術が苦手という訳ではない。
「それはそうですけど……。じゃあこうしましょう。私は博士の命を狙いません。だから博士は私を解放してください」
「そうだな。このまま衛兵を呼んで、キミを独房送りにするとしよう。帝国の恐ろしい拷問官がキミの背後も洗いざらい吐かせてくれるだろう」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください。話せばわかり合えます。お仲間を呼ぶのは止めてください!」
「人間は分かり合えない生き物だ。だから戦争が起こる」
「そんなことはありません! 話しましょう。腹を割って自分をさらけ出して話しましょう!」
「いいだろう」
「ほんとですか!?」
「ああ。本心を言うと、私はまっっっっっっっったく、キミの背後関係には興味が無い。それよりもだ、そのスーツを脱いでもらおう」
「こっ、このっケダモノっ! 変態! ドスケベ! 私の着ているスーツを脱げだなんて、私を素っ裸にして何をしようって言うんですか!」
「いや、キミにはなんの興味もない。あるのはそのスーツだ」
「スーツに興味が!? まさか、女の子の脱ぎたての温かいスーツを、クンカクンカ匂ったりぺろぺろ舐めたりする高尚な趣味が!? 科学者なんて頭の切れる変人ですから、そんな吹っ切れた性癖を持ってることもあるのは分かりますけど!」
「いや、スーツの透明化能力を調べたいだけだ。ここに忍び込めるような透明になる技術、私の知らない技術を知りたいのだ。だからそのスーツを脱いでもらおう」
「へ……?」
「スーツ。脱いでくれ」
「いやぁぁぁ、私の身体、スーツに負けるんですか? 性的な欲望よりもスーツの興味に負けるんですか?」
「ああ、いいじゃないか。別にキミには興味は無いからスーツを置いて行ってくれればこのまま帰ってくれていい」
「わ、分かりました。脱ぎます……。その、更衣室をお借りしたいのですが」
「馬鹿な事を。透明になれるキミに対してそんなことを許すわけないだろう」
そう返答したミロウは違和感を覚えていた。
軍事大国である帝国も知らないような透明化技術。その機密情報をこんなあっさり敵に渡すものだろうか。自分の命、または貞操と天秤にかけたとしてもやけにあっさりしすぎている。それにスーツが無ければここから立ち去ることも出来ないはずだ、と。
「そ、そんな! うら若き乙女に対してオジサンの前でストリップをしろと!」
「ああもう、うるさい子供だな」
「こ、子供!? 言うに事欠いて子供!? 私は守護機士に選ばれた
「守護機士、メイデン……。そうか、キミがあの」
「はっ!」
自分で情報を漏らしたのに気付いたようだ。
「ち、違います。私は……、そう、センザ―の兵士。国を滅ぼされた怨みを晴らしに来た
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