キミのカラダよりロボ見せて!(旧題:比翼連理・朧月 ~帝国の博士が小国に亡命したらなぜかモテモテになったけど、そんな事より未知の技術の解析をさせて欲しいと申しており~)

セレンUK

001 帝国の頭脳

 ――グォングォングォン

 心にのしかかるような低重音が辺りに響き渡る。


 ――キィンキィンキィン

 耳をつんざくような高音が辺りを突き刺す。


 湿めついた大地に巨大な足跡がいくつもできる。

 大地を震わせて駆動するのは鋼鉄の巨人。およそ人間の8倍。高さにして15mもの巨大な全長を持つ機械仕掛けの人形、重機士。

 腕に構えた高エネルギー収束粒子砲が火を噴き、相手の重機士の装甲を溶かす。

 何機もの重機士が隊列を組み、双方が相手を殲滅しようと攻撃を続けている。


 ここは戦場。

 人が人を殺し、蹂躙し、土地も物もそして人の尊厳さえも奪う場所。


 弱い者は敗北し淘汰される。

 ちょうど一つの戦いが終わり、地図上から一つの国が消えた所だ。


 ◆◆◆


 ――グランドホーン帝国 兵器開発部


 窓がなく四方を壁に囲まれた一室。時刻は夜中であるにも関わらずこの部屋の中は真昼のように煌々と明かりが灯されている。


 そんな部屋に一人の研究員が入ってくる。

 研究員はきょろきょろと辺りを見回すと、背を向けて仕事をしている一人の男にちかづいていき、やたらと高いテンションで話しかけた。


「さすがですねカザミラ主任! お聞きになられましたか?」


 にこやかな笑顔で頬のこけた男に話しかけた研究員。

 普段は物静かなこの部屋には似つかわしくないボリュームだ。


「何のことだ?」


 カザミラと呼ばれた男は振り返ることもせず、モニタを見ながらコンソールを叩き続ける。

 まるで興味は無い、と言わんばかりに。


「センザ―戦線ですよ。主任の開発した重機士が目覚ましい成果を上げたんですよ! 圧倒的な軍事力で帝国はセンザ―共和国を撃破! ほら、このニュース見てくださいよ!」


「なんだそんな事か。センザ―ごときに私の開発した重機士が止められるわけもない。予定調和だよ」


「くーっ、カッコいいです! 帝国が誇る頭脳、ミロウ・カザミラ! 突如現れたその天才が開発した兵器は膠着状態にあった戦線を一気に突破! 帝国に仇成す国々をいくつも滅ぼし、従属させてきた! 俺も主任のように凄い兵器を開発したいです!」


「なら口を動かしていないでさっさと仕事に戻れ」


「その通りでした! それでは失礼します!」


 慌ただしく去っていく男。


「帝国が誇る頭脳、か。確かに間違ってはいないだろう。だが……」


 ぽつりと言葉が漏れた。

 しかしその続きが語られることは無く、静寂の中でミロウはコンソールを叩き続けた。


 ◆◆◆


 グランドホーン帝国。この星フォルスナの中で最大の国であり、力によって世界を統一しようともくろむ軍事国家である。今や支配率は70%にも達しようとしているこの大国に対抗できる国家は皆無。じきに世界は帝国に統一され支配されることになるであろうと誰もがそう思っているのだ。


 戦争に用いられるのは重機士という人型巨大ロボット。アグーンエンジンを搭載し驚異的な出力を誇る一人乗りの起動兵器だ。

 100年以上も続いた戦争を支えた重騎士は、その間にブラッシュアップされ続けてきたが、その至高とも言える設計思想から重機士自体の性能に大きな差は無く、いかに多くの重機士をそろえることが出来るかが戦争の勝敗を分けるポイントだった。


 だがこの男、ミロウ・カザミラが現れたことでその均衡は崩れることとなる。

 彼が開発した重機士はこれまでの設計思想とはまったく異なるものであった。通常の3倍の巨体を誇る重機士、二人乗りの重機士、人型ではなく四足歩行の重機士。どれもこれも過去の失敗例からタブーとされてきたものだった。


 その設計思想を可能にするのは彼の技術力。

 3倍もの巨体の自重に負けない内骨格フレーム 、アグーンエンジンの出力を超えるドラグライト反応炉、これまでの装甲材質の硬度以上でかつ軽量であるスツルムマック軽合金、ドラグライトエネルギーを効率的に破壊エネルギーへと変換するキュリンライト変換装置など。機体設計だけではなくエンジンや武器の設計など幅広い分野での才能を見せつけていた。


 それだけの才能を見せるミロウだが、その戦果に見合った褒章には興味が無く、日夜新型兵器の開発に打ち込んでいる。


 今日もまた彼はモニタとにらめっこ。

 部下の研究員もいなくなった開発部で一人開発を続けているのだ。


 ――プシューン


 開発部入口のドアが開く音がする。

 だがミロウはいつもの通りその音に気を取られることもなくコンソールを叩き続ける。

 

 コツコツコツと近づいてくる靴音。

 それは集中していなければ聞き逃すほどのわずかなもの。意図的に音を抑えているようだが、この静まり返った部屋の中ではその存在を隠すことは出来ない。


「何者だ」


 ミロウは振り向きもせずにそう言った。

 このような靴音がする職場ではない。いつもと違う耳慣れない音に対して反応したのだ。


 靴音が消える。

 接近してくる何者かが足を止めたのだ。


「帝国の頭脳、ミロウ・カザミラ博士ですね」


 女の声。それも軍事施設内でもさらに極秘であるこの場所に入ることのできる、年齢の高い女将校が出すような低い声ではない。若さ溢れるようなはつらつとした高い声。


 さすがのミロウも客人の様子が気になって振り向くが――


「誰も、いない?」


 背後から聞こえた声に対して、その場所には誰の姿も無かった。


 ――カチリ


 何かの音がした。

 

 (見えないだけで何者かがそこにいる。おそらく拳銃を構えた)


 ミロウは空虚な空間に向かって鋭い視線を向ける。


「私を殺しに来たのか? いや、違うな。殺すつもりなら名前を問う前にその引き金を引いているだろう。さすがに暗殺者がターゲットの顔を知らないわけが無いからな」


 動揺。姿の見えない何かが一瞬だけ動揺した気配がした。

 だが警備が厳重なこの開発部に侵入するような輩だ、一瞬の揺らぎはすぐに消えてしまった。


「カザミラ博士、私はあなたを殺したくはありません。どうか兵器開発を止めていただきたい」


 一瞬の静寂の後、再び女の口が開かれた。


「お優しい事だ。命を救う代わりに帝国に与するのを止めろと?」


「はい」


「そう言われて止めると思うのか?」


 一秒、二秒、三秒、沈黙の時間が流れ――


 ――ギインッ


 自分の心臓の音が相手に聞こえるのではないかと思うほどの静けさの中、突如ミロウの横で弾丸と金属がこすれ合う音がした。


「今のは威嚇です。次は当てます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る