第5話元彼女は過去の僕を知っている
感覚的な話ではあるのだが、火曜日の集中力というのは非常に高いものがある。
これは僕に限りという個人的な意見でしかないのだが一応聞いて欲しい。
月曜日はもう少し休みたいと思っているのだが、それを乗り越えた火曜日は何事にも集中しているものだ。
そんなわけで仕事に集中しすぎた本日は残業もなく定時に終わらせることが出来てしまう。
「火曜日もだるい!今日も残業だ〜…明日!明日食事に行こう!」
このまま帰宅するにはエネルギーが有り余っていたので宮野彩の元を訪れたのだが、彼女は本日も残業に追われているらしい。
エンジンがかかるのは明日かららしい。
僕と彩は少しだけ感覚が違うということを何となしに理解した。
「それでは明日。お先に失礼します」
別れの挨拶を口にするとそのまま退社した。
大人しく帰宅するのも何処か退屈だったのでスマホを操作するのだが都合よく通知が来ていることもなく…。
(さくらを誘おうかな…)
そんなことを軽く思考するのだが平日なので彼女も仕事だろうとそのままスマホをポケットにしまう。
しまってすぐにスマホが鳴り出して画面を確認すると都合が良い事にさくらからの電話ですぐにそれに出た。
「もしもし?」
「あっ…ちゃんと出るんだ…」
電話を掛けてきたほうが何故か驚いていて僕は何とも言えない思いを抱く。
「出るよ。僕も連絡しようと思っていたところ」
「そうなの?なんで?」
「なんでって…そっちこそなんで電話かけてきたの?」
ずるいようだが質問を返すとさくらは少しだけ黙ってからその言葉を口にした。
「………。火曜日だから…」
意味深な言葉ではあるのだが僕にはさくらの言いたいことが理解できてしまい軽く嘆息した。
「休みだったの?」
「いや、今終わって駅にいる」
「不完全燃焼だから食事に誘ってきたってこと?」
「うん」
正直な言葉を耳にして僕は駅に向かいながらその言葉に納得していた。
「直はなんで連絡しようと思ったの?」
「さくらと同じだよ」
全く同じ気持ちだったので正直な気持ちを口にするとさくらは電話越しではあるのだがクスッと笑って喜んでいるようだった。
「じゃあご飯行こう」
「今駅に向かってる」
「わかった。待ってる」
「じゃあ後で」
そこで電話を切るとそのまま駅まで数分で到着するのであった。
駅の大きな時計台の下でさくらはスマホを操作して僕のことを待っていた。
急ぎ足でそちらまで向うと挨拶を交わして会話は始まった。
「何も外で待ってなくても。カフェでも入っていればよかったじゃん」
春も過ぎていき5月の過ごしやすい夜ではあるのだが待ち合わせ場所が外の時計台の下とは少しだけ格好がつかない。
「いいの。すぐ来るって思ってたから。それで何処にしようか」
「さくらは何の気分?前回は焼肉だったけど」
僕らはお互いに頭を悩ませるとスマホで近場の飲食店を検索していった。
「いつもの鉄板焼!色々食べれるし何より楽しい!」
さくらは突然中学時代に戻ったかのように無邪気な笑顔を浮かべると僕の顔を覗き込んだ。
「おぉ…わかった。じゃあ行こうか」
突然なことに少しだけ面食らうとそのまま電車に乗り込んで地元の鉄板焼屋に向う。
電車に乗るとさくらは珍しくはしゃいでいるようだった。
「何か懐かしいね」
「何が?」
「ん?こうして一緒に電車に乗るのもあそこに行くのも」
「あぁ…たしかに」
これから向う場所は中学の頃、僕らがよくデートで訪れていたリーズナブルな飲食店だ。
安くて、美味しくて、楽しい。
学生が喜ぶようなそんな素晴らしき場所。
そこに向けて電車に乗っているわけだから、さくらのテンションが上っていても不思議ではない。
しばらく電車に揺れるとそのまま地元に到着する。
歩いて向うこと5分ほどで目的の場所に到着すると入店する。
そのまま席に案内されるとメニューを見て色々と注文していく。
「明太子とカレーのもんじゃは鉄板だよ!」
鉄板焼屋でその言葉はダジャレのつもりで言っているのかと、さくらの方を見るのだが彼女は無邪気な笑顔でメニューを眺めていた。
軽く微笑むと他にもメニューを見ていく。
結局、海鮮お好み焼きを一枚と明太子とカレーのもんじゃを二つ、それにサイドメニューで小籠包とエビとイカを頼む。
当然のようにあの頃、飲むことの出来なかったアルコールを注文して僕らは食事を始めていった。
ビールで乾杯をすると運ばれてくる食材を目の前の鉄板で調理しながら会話は弾んでいく。
「直は昔から作るの上手だったよね」
「そうだっけ?」
「うん。私は下手だった。今なら上手く出来るかも。ちょっと貸して」
ヘラをさくらに渡すと彼女はキレイにお好み焼きをひっくり返して驚いたような表情を浮かべたいた。
「ほんとに上手く出来た!」
そんな些細なことでさくらは喜び僕もつられて微笑んでしまう。
「凄いじゃん」
自然とそんな言葉が口から漏れる。
さくらはそのままヘラを持って鉄板奉行になるようだったので手すきになった僕はポケットからタバコを取り出した。
分煙席の喫煙席だったので、その場でタバコに火を付けるとそのまま軽く吸っていく。
「タバコ吸うんだ」
さくらは僕の姿を見て何とも言えない言葉を口にした。
「うん。さくらも匂いきらいだった?」
彼女はそれに首を左右に振った後に疑問が浮かんだのか質問をしてくる。
「さくらも?他に誰かにタバコ吸わないでって言われたってこと?」
目ざとい所に気付かれると自分の失言を呪った。
「あぁ…義理の妹に言われた」
その言葉を耳にしたさくらはあまりの衝撃に身を乗り出して僕の顔を覗き込んだ。
「義理の妹!?いつ出来たの!?」
下に鉄板があるのを忘れているらしく熱が顔にかかったさくらは一度正気に戻ると定位置に戻った。
「待って。私と別れてから出来たってこと?」
それに頷いて応えるとさくらは軽くため息を吐いた。
「まさかそんな事になっているとは…」
何とも言えずにタバコを吸い終えると灰皿に吸い殻を捨てて鉄板を指さした。
「そろそろいいんじゃない?」
その言葉を耳にしたさくらは、そのままヘラでお好み焼きを四等分にするとお互いの皿に一切れずつ乗せていった。
「ありがとう」
感謝を告げるとそのまま食事を進めていく。
ソースにマヨネーズとかつお節。
青のりは一応やめておいた。
あっという間に一切れを食すともう一切れ食べていき、もんじゃの用意をした。
「その義妹にタバコやめてって言われたの?」
それに頷いて応えると再び質問をされる。
「なんで?」
「なんでってさっき言ったように匂いが嫌いなんだって」
その答えを耳にしたさくらはそれでも疑問が解消できないのか頭を悩ませていた。
「一緒に住んでいるわけではないんでしょ?」
ついにその質問が来てしまい僕は口を噤む。
「え…?は?義理の妹と一緒に住んでるの…?」
さくらは軽くキレているようで表情は険しいものに変わっていた。
「突然押しかけてきてな。少しの間だけだよ」
「信じらんないんだけど!早く追い出しなよ」
「なんか理由がありそうなんだ」
「理由?」
「そう。まだ聞けてないけど。今週の休日に聞いてみる」
「ふーん。まぁ私には関係ないからいいけど」
明らかに不機嫌になったさくらに謝罪を口にするのも変だったので何も言わずに食事を続けていくのであった。
どうにか機嫌を取り戻したさくらとその後も一時間以上の食事を過ごすとほろ酔い気分で会計に向う。
さくらは財布を取り出したが僕は謝罪の意味も込めて断る。
会計をして外に向うとさくらは酔っているのか唐突に口を開く。
「家に義妹が居るんだよね?」
また話をぶり返すつもりなのか、その言葉を耳にした僕の表情は軽く歪む。
「いや、そうじゃなくて。鉄板焼の匂いさせたまま帰ったら怒られるんじゃない?タバコの匂いも嫌いなんでしょ?」
「まぁ。たしかに怒るかもな」
「じゃあうち寄っていきなよ。消臭スプレー貸してあげるから」
それに頷くと僕らは揃ってさくらの家に向けて歩き出すのであった。
次回、さくらの家
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