第6話さくらの家。不穏な雰囲気
思いがけない展開ではあるのだが、さくらの家を訪れている。
「上がって」
さくらの言葉にゴクリと生唾を飲み込むと革靴は脱がずに首を左右に振る。
「スプレー借りたら帰るから」
それだけ告げるのだが、さくらも首を左右に振る。
「いいから。早く上がってよ」
押し問答になりそうなので仕方なくお邪魔するとそのまま手を洗いリビングに向う。
「何か飲む?」
「酔い覚ましに水でいいよ」
「なんで酔いを覚ます必要があるの?」
「いや…なんとなく」
言葉では表現しにくい感情が胸を覆い尽くすと少しだけ表情を歪ませて口を開く。
「もう一杯ぐらい飲んでいけばいいじゃん」
「じゃあ一杯だけ…」
その言葉にさくらは笑顔を浮かべて喜ぶと冷蔵庫の中から缶チューハイを二本持ってやってくる。
それを受け取って再度乾杯をするとソファに座るように促される。
「そんなに急がなくてもいいじゃない。義妹だって成人してるんでしょ?一日ぐらい家を開けたって問題ないわよね?」
「まぁ…」
何とも言えない言葉を口にすると缶チューハイの中身を喉の奥に流し込んでいく。
一度覚めかけていた酔いが再度加速していくと目の前の現実が少しだけ歪んで見えた。
「久しぶりにふたりきりなんだし。ゆっくりしていってよ」
その言葉が脳を徐々に侵していって僕は自然と頷いていた。
「それで…」
さくらは対面のソファに腰掛けて僕の目を真っ直ぐに捉えていた。
「うん…」
なんとなく言いたいことがわかっていたので一つ頷いた。
「じゃあ何に迷っているの?」
さくらが言いたいことは、この前した復縁の話だと思われる。
「一度上手くいかなかった人とは、ずっと上手くいかないって言われたんだ」
「誰に?この間、一緒に店に来た女性?」
「そう。男女の仲だと特にそうだって」
「そんなの直に気があるから止めたいだけでしょ」
「そうかもしれない。でもその意見もなんとなく理解できるんだ」
「私達はもう上手くいかないって?いつから未来のことまで分かるようになったの?それも私と別れている間に身に着けた能力?」
さくらは缶チューハイを飲みながら少しだけ苛立っているようだった。
表情筋がピクッと震えて今にも怒りだしそうだと思われた。
「そういうわけじゃないけれど…。慎重になってるんだ。臆病になっていると言うかたたらを踏んでいると言うか二の足を踏んでいると言うか…。とにかくまた恋愛をするのが怖いんだよ。恋人がいる時の自分が好きじゃないんだ。誰かを心の底から愛せない。そんな自分を好きになれないから恋愛から遠ざかっているんだよ」
正直な気持ちを口にすると、さくらは何度も頷いて僕の言葉を聞いていた。
「じゃあ、あの女性の言葉を真に受けているわけではないのね?」
それに頷くとさくらは仕方なさそうに嘆息する。
「そう。じゃあまだチャンスは有るってことね」
その言葉に何となしに頷くとさくらもつられて頷いていた。
「わかった。じゃあ焦らない。元恋人の強みを活かしてこれからもアタックするから。良い?」
「わかった。でもあんまり…」
そこまで口を開いて続きの言葉を言うのを躊躇った。
「わかってるよ。私だって生活するために仕事があるし。学生の頃のように無理矢理グイグイ攻めたりしないわよ」
それに頷くと缶チューハイの中身を飲み干してソファから立ち上がった。
「帰るの?」
それに頷くとさくらは消臭スプレーを僕に渡してきてスーツにそれを吹き掛けると、そのままさくらの家を後にするのであった。
帰宅すると硯は訝しんだ表情で僕のことを眺めた後に何も言わずにスマホをいじっていた。
自室に向かいスーツを脱いでいくとハンガーに掛けて風呂場に向う。
全身を洗って煙の匂いを落とすと湯船に浸かった。
本日の出来事を振り返って少しだけ気分が高揚していた。
(一歩踏み出してみるのも有りだよなぁ…)
そんなことを思いながら十二分に湯船で温まると風呂から上がる。
全身をバスタオルで拭くと一度リビングに向う。
リビングには硯の姿はなく与えた部屋で休んでいると思われた。
僕も自室に向うとそのままベッドで横になるのであった。
ウトウトと夢の中に誘われるころ本日も硯に起こされる。
「なに…?」
硯は何とも言えない表情で僕を眺めた後に一言。
「私に隠していることない?」
「は…?突然なんだよ…」
「いいから。教えて」
「ないよ」
「ほんと?」
それに頷くとそのまま目を瞑る。
「もしも…」
硯のその言葉を最後まで聞くこともなく僕は眠りについてしまうのであった。
あの時、しっかりと話を聞いておけばよかったのかもしれない…。
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