第350話『嶋家の一大事:仁十郎の覚悟とカケルの未来予知(カケルのターン)』

 五箇荘の町を攻略したとしても、それは外堀を抜けたに過ぎない。


 新堀城は、西に池を配し、四方を土塁で盛土をし、その周りを木の柵と外側から内側が見えないように、板戸で目隠した鉄壁の要塞なのだ。


 そして、五箇荘からの入り口にあたる下間頼廉の寺代わりの虎口は、外から兵が踏み込んだら最後、四方から弾丸を打ちかける殺し場となっている。


 頼廉の兵は500。内、無傷の新式鉄砲が350ちょうこれは、10万石の大名の武力に匹敵する。


 およそ、1万石は時代によっても変化はあるが、およそ、6億の予算規模だ。そこから計算して動員できる兵の数は250人。10万石ならば2500人。


 同じく、鉄砲一挺、60万円。1万石当たり100挺を準備できる。頼廉の用いる新式の鉄砲の数はおよそ350挺、おおよそ500だ。鉄砲だけで5万石相当の火力を持つ。それに、この当時、僧兵として一向宗を率いる武装兵団を加えると、頼廉の籠る新堀城は、10万石の大名に匹敵する。


 これは、言わば、順慶と対等である。




 筒井の兵はすでに、総勢5000の内その一割に当たる500人近くを失った。負傷者を加えれば、その3倍の1500人は、まともに槍を振るえないだろう。よって、動ける筒井の現有戦力は3500人だ。こうなっては、軍の士気も大いに低下している。


 一般的に、籠城した敵を攻略するには、その5倍の兵力を必要とする。しかし、それは、互いに同じ武器で対峙した時の条件である。


 新堀城は、準備万端、土塁からの撃ち下し、射程の伸びた新式鉄砲を有している。しかも、指揮をするのは、精錬潔癖、周りに居る者すべてを虜にする下間頼廉である。場内は、重臣おとな僧兵、末端の門徒を含め、一致団結戦意は高い。


 一方、筒井はどうかと言うと、五箇荘攻めで一割の兵を失い、負傷者はその3倍の1500人。厭戦えんせんの雰囲気が漂っている。


 しかも、筒井家一門の慈明寺順国が、家中での発言力を確固とするため、策を巡らし、味方であるはずのカケル(嶋左近)に、布施左京之介と結託し偽報ぎほうの罠にかけた。


 外に、筒井とする強敵、下間頼廉。内にズル賢く、戦の最中であっても、順慶からお家乗っ取りを画策する慈明寺一派と、内外に敵がいるカケル(嶋左近)は、戦評定でいつものように軽く己の隊だけで、新堀城を攻略して見せると安請け合いしてきた始末だ。




 嶋家の陣所へ戻る道すがら、五箇荘攻めで討ち死にした筒井家の兵の亡骸なきがらに下間頼廉が教えたように、カケルが手を合わせて「南無阿弥陀仏」と経をあげると、叔父の東樋口仁十郎が、真っ赤な顔して、カケルに詰め寄った。


「左近! いくら甲斐の虎 武田信玄直伝の兵法を学んだ、”赤備え”山県昌景の弟子だとて、我ら嶋家は500。対する新堀城の下間頼廉も500。しかも、相手は、新式の鉄砲を有しておる。これでは、嶋家は全滅必死ではないか!」


 カケルは、これは返事に困ったなと頭を掻いて答えた。


「う~ん、計算道理だとそうなっちゃうよねえ」


 仁十郎は、目を剥いて責め立てる。


「左近、ワシは、早くに死んだお主の父、清国とは親友だ。清国が死ぬ前に「左近を頼むと託された」。妻に、清国の妹、おりょうをもらったのも友情のため、こんな勝算のない戦で、みすみす嶋家を潰しては、あの世で清国に合わせる顔がない! 左近お前を殺してなるものか‼」


 カケルは、頭をボリボリ掻いて答えた。


「しかし、順慶の殿様も不憫だよな。一門衆の要の慈明寺順国さんが、同じ一門衆の十市藤政さん、布施左京之介さんと結託して、その座を狙って平気で足を引っ張るようなことするんだもんな。まったく、これが、戦国時代か」


 仁十郎は、息子にするように怒鳴りつけた。


「左近! これが、戦国時代かではないぞ。我らは戦場に命を懸ける侍だ。慈明寺順国のような者はいくらでもおる。心してかかからなければ、此度の戦で、すでに、500の命が失われたように、明日は我が身ぞ!」


 カケルは、仁十郎の言葉が、身に染みたのか、そうでないのか、イマイチ掴み兼ねる感じで答えた。


「うん、そうだね……でも、オレこれでも嶋家の大将だから……」


 カケルのこの飄々とした人当たりには訳がある。師、山県昌景がそうあるように、どんな強敵を相手にしても、大将が相手に脅威を感じて委縮するようでは、自分の指揮する兵にそれが伝わり、統率を欠く。カケルは、昌景との瀬田を目指す旅で、幾度も窮地を潜り抜ける間に、何事にも動じぬ糞度胸を体得したのだ。


 仁十郎は、嶋家の陣所を目前にして、カケルに尋ねた。


「左近、わずか500の手勢で、新堀城を攻略する策はあるのか?」


 と、必死の眼差しで見つめた。


 カケルは、いつもの調子で、耳たぶを引っ張る。


「な~んにもない」


 仁十郎は、眉間を寄せ覚悟を決めたように切り出した。


「左近、ワシに策が1つある。筒井の殿様には申し訳ないが、ワシが100の兵を率いて殿を引き受けるゆへ、左近お主は、残りの400の兵を率いて、平群へ撤退せよ。そして、信貴山しきさん城の松永久秀に与せよ。あやつならば、郡をとなりにする隣国同士、嶋家を快く向かい入れてくれよう」


 カケルは、顎を触りながら軽く答えた。


「うん、それも、悪くない。でも、松永久秀さんも、そう長くないんだよな」


 仁十郎は、目を剥いて、カケルを問いただす。


「左近、松永殿がそう長くないとは、どういう意味だ。松永殿は、大和守護、原田直政殿の信頼を、我が主 筒井順慶殿より集めておる。それが、どうして……、まさか、松永殿がまた、謀反を起す予兆でもあると考えるのか!」


 カケルは、仁十郎をズバッと指さした。


「正解! 松永久秀さんは、この先、必ず、織田信長さんを裏切る。それに、原田直政さんもどうなるかわからないよ」


 仁十郎は、難しい顔をして疑問を問いただした。


「松永殿は、下剋上の人物なれば、わかるが、馬廻り衆から身を起した原田殿は、大殿(織田信長)の信任厚く、まだ若い。左近、なにか、直政殿の不手際でも知りえておるのか?」


 カケルは、魂と肉体が戦国武将の嶋左近と入れ替わって入るが、現代では歴史マニアで、ゲームや歴史本に精通し、大方の武将、特に織田家の武将に関するあれこれを知っている。記憶を捲るように、宙を見ながら答えた。


「原田直政さんは、石山本願寺と関わっちゃ、いや、下間頼廉さんと戦っちゃたら……」


 と、カケルは、手刀をトントンと首に当てた。


 仁十郎は、厳しい顔をして答えた。


「松永殿も、原田様も、つまり」


 カケルは、自信を持って頷いた。


「そう、でも、オレはこの戦、どんだけ不利でも負けない。だって、山県のオジサンの弟子だからさ」


 と、ケラケラと笑って、嶋家の陣幕を開けた。


 つづく

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