第348話『順国の罠(カケルのターン)』
冴えた月明りの夜、新堀城の東に位置する五箇荘へ向けて、南から筒居順慶の大軍、東から、順慶の家臣、
新堀城を指揮するのは、一向宗・石山本願寺でも勇将名高い、下間頼廉である。すぐさま、筒井への反撃に、飛距離の伸びた新式鉄砲を使い、僧兵を、南に150
これまでの鉄砲の飛距離は、500m。有効射程距離は50mほどであった。
筒居の陣から、足軽たちは五箇荘へ向かって500mを重い具足をつけ、駆けねばならない。現代で言うところの2分20秒に当たる。これは、具足をつけない陸上選手がこうなのだ。およそ20kgの具足と槍を掴んだ、足軽がどう頑張っても柵へ取りつくまでに3分ないし、5分はかかる。
さらに、弾込めから発射まで、およそ20秒、あまり、連射しすぎると火薬が固まって、使い物にならなくなる。
迫りくる足軽およそ5分の間に、撃てる銃弾は、15発。必中の50mだと3発が限度だ。
正面南の筒井の兵は2300。東の森好之と松倉右近の兵は1750。
ダーン!
ダーン!
ダーン!
一向宗の弾丸が放たれた。
南と東の必中の30挺から、3発づつ弾丸が、筒井の兵を襲う。
南の順慶の兵が一瞬で90人。東で90人が銃弾に倒れた。
それでも、筒井の兵は屍を越え柵の破壊に突っ込む。
ダーン!
ダーン!
ダーン!
縄と木組で拵えた柵を壊すころには、さらに、南と東で180人づつ屍を作る。
筒居の兵が柵を打ち壊した時には、南の順慶の兵は、大きく180人減らし2270人。叔父の慈明寺順国の兵は200人になり、そろばん侍の
東も同じで、森好之の兵1000の内100人が死に、松倉右近の兵750の内80人が死んだ。
負傷兵を入れれば、それ以上だ。
五箇荘の柵が壊される頃合いを見計らって、一向宗の僧兵は、鉄砲を持って、無傷で新堀城にさっさと引き上げた。
五箇荘攻略戦で、筒井の総勢4750人は、大きく360人減らして、3850人と兵力を下げた。
新堀城の虎口に向かって、順慶をはじめカケルたちも五箇荘広場に陣を張り侍大将が額をつき合わせた。
わずか、1時間ばかりで、味方を360人を殺した順慶は、青い顔をしている。
兵をほとんど失った十市藤政などは、今にも大和国へ逃げ出さんばかり、鎧兜すら脱いで、脱兎の構えだ。
順慶は無傷のカケルに怒りを押し殺しながら尋ねた。
「左近、どういうことだ! お主の策では、南・東・北の三方から一斉に打ちかかり五箇荘を突破する段取りではなかったか! それが何故、無傷なのだ」
(カケルは、順慶が文を寄越して止めたのである。何を言わんとするかわからない)
左近が返事に困って窮していると、左京之介が割って入る。
左京之介は、懐から文をさっと広げて、印籠みたいに順慶に見せつけた。
「殿、私は、何度も左近に、呼応して打ちかかるように進言したのですが、嶋左近めは、「今は、その時ではない!」と、私の進言をことごとく突っぱねましてございます」
壊滅状態の藤政が、左近に殴り掛からんばかりに組突く。
「おい、嶋左近。
と、悪態をつく。
黙って聞いていた、左近の叔父の東樋口仁十郎が、慌てて口を開く。
「あいや、待たれよ。藤政殿。我らが動かなかったのは、筒井の殿さまの命による。我らを陣を同じくする左京之介殿が、『動くな』とそう申しつけた」
左京之介は、素知らぬ態度で、ポツリと言った。
「ワシは、知らぬ」
明らかな嘘だ。
納得のいかない仁十郎は、左京之介が順慶に示した文を奪い取り、目を通す。
「どういうことだ!」
文に目を通した仁十郎は自己の目を疑った。
左京之介は、カケルたちの陣屋へ自ら押しかけて、順慶の文を見せて、総がかりせぬよう、左京之介の指示に従うよう、命じていた。
しかし、今、仁十郎が眼を通した文には、あべこべに「呼応して責め立てよ!」と、しっかり順慶の烙印まで押している。
(やられた!)
カケルの隊は、左京之介に一杯食わされたのである。いや、左京之介を通じて、順慶の信頼厚いカケル(左近)の発言力を奪おうとする順国の罠に嵌ったのである。
順国が、ニヤリと不敵な笑みを見せながら、カケルに問うた。
「左近、なぜ、総攻めに加わらなかった。しかと、我らの納得がいくように申し開きしてみよ」
「あいや!」
納得のいかない仁十郎が、順国に食って掛かろうとしたのをカケルが手で制した。
「仁十郎叔父さん、もういいよ。この後は、オレが話す」
(ほう、どんな申し開きがあるのだ)
と、順国は、カケルの申し開きを楽しむ素振りもある。
カケルは、順慶の目をしっかり見て、答えた。
「順慶の殿様、オレたち嶋左近隊が動かなかったのは、新堀城をオレたちだけで攻略するためだ」
「なに!」
順国も、左京之介も、藤政も目を見開いた。
(いや、それが順国の狙いではある。しかし、それを看破し、カケルが尚、そう発言したことに疑問がある。)
順国は、眉間を寄せて、カケルに尋ねた。
「嶋左近、筒井家全体で、お主の
カケルは、腕を組んで空を見上げった。
「う~ん、そうだなぁー、出来っこないを何とかするのが戦国武将しょ」
順国は、自分がカケルを
「それが、甲斐の虎・武田信玄の元で働いた
カケルは、
「いや、オレの師匠・山県昌景のオジサンの元では無茶ぶりは当たり前だったからね。自分の頭で何か捻り出して結果を物にする。まーあ、高屋城はすでに落城したようだし、出来っこないをやらなくちゃね。それが武田流、いや、山県昌景流軍法かな」
つづく
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