第346話『慈明寺順国の謀略と、カケルの目(カケルのターン)』

 一向宗の将・下間頼廉が守る新堀城を、織田家・筒井順慶の兵が、包囲から、いきなり夜襲を仕掛けてきた。


 新堀城と隣接する鉄砲町・五個荘、巻き込まれずに潜入し、カケル・山県お虎、菅沼大膳・都築義平・北庵月代の5人は、北面からなんとか逃げ出して、カケルの嶋左近隊へ合流した。


 カケル(嶋左近)不在の陣代、叔父の東樋口仁十郎と家宰・三代澤忠右衛門、剣豪・柳生宗厳の娘で、カケルの見合いの相手・柳生美里たちが、大和川を越えて菜の花畑広がる北花田の陣に、合流しホッと胸をなでおろしたのも束の間、同じく、目付役として渡航した筒井家一門集の布施左京太夫が、嶋家の陣へ直接乗り込んできた。


「おい、嶋左近殿はどこだ」


 そう言って、嶋家の陣代・仁十郎を押しのけて、上座の床几にドカリと座って、カケルたちを威圧した。


 兵の数なら、嶋左近隊は500、左京之介の兵は100。新堀城攻めの北面の主力はカケル(左近)の隊だ。筒井の娘婿の左京之介は、一門格と言うだけで、この横柄な態度。例え、カケル(嶋左近)が筒井家当主・順慶直属の家老の立場にあっても、下に見ているようである。


 さらに、左京之介は、子のない順慶の叔父・順国を崇拝している。表の順国は忠臣に振る舞い、裏では同じ大和国で筒井と覇を競った松永久秀と、敵であるはずの一向宗・石山本願寺と、堺の会合衆を通じて手を握り大金をせしめている。


さらに、慈明寺じみょうじ順国じゅんこくが子・藤松を養子として本家の跡継ぎにしようとしていることに協力している。この曲者・順国はいずれ筒井を乗っ取る。と左京之介は見込んで支持しているようだ。


 カケルは、左京之介に対峙するように、下座の床几に腰を下ろして向かい合った。


「これから、戦が始まるというのに、左京之介様は、どのような話をされに参られたのか」


 と、家宰の忠右衛門が、冷静に尋ねた。


陪臣ばいしんどもは黙れ、ワシは、左近と話す」


 左京之介は、手でハエでも追い払うように、忠右衛門の言葉を無きものにして勝手に話し始めた。


「嶋左近、お主の隊は、ワシの指揮下に入ってもらう」


 仁十郎も、忠右衛門、義平、お虎、大膳が、「いきなりこいつは何を言い出すのだ!」と、言った風で眉間を寄せて目を丸くした。


 新堀城と五個荘の守りは、カケルたちが潜入し、シカと見て来た。南北東は、土塁と柵で囲んでいる。西は大きなため池で容易に渡れない。例え、手薄な五個荘を抜けても、新堀城は死場の虎口を突破する必要がある。それに、本願寺の兵は皆、鉄砲が使える。


 それをあの高潔な下間頼廉が、城と町の人間の心を掴んで一致団結している。


 それを、左京之介は、いや、慈明寺順国は知らない。鉄砲のない戦をいくら重ねていても、新堀城には鉄砲がおそらく100ちょうはある。これは10万石の大名に匹敵する火力だ。


 10万石と言えば、筒井家はおよそ18万石だ。相手を圧倒できる5倍の兵力を動員出来なければ、必勝できない。まして、城攻め、少なくても勝利を得るには3倍兵力は必要だ。鉄砲の威力を知らない左京之介の下に入れば、頼廉の術中にはまったも同然。


 新堀城は、数字の上ではわずか500人ばかりの寡兵の籠城であるが、その実は、鉄砲によって、10万石の城を攻めているのと同じである。



 嶋家は筒井順慶直属の家来である。例え、左京之介が一門衆であっても、主はあくまで順慶だ。仁十郎がすかさず、誰かが言わねばと口を挟む。


「恐れながら、我ら嶋家は殿、直属の家来、いくら一門の左京之介様の命であっても、簡単には納得できませぬ」


 左京之介は、仁十郎の額をピシャリと扇子で叩く。


「陪臣の分際で、ワシに出過ぎた口を聞くな! 次は、斬るぞ」


 と、高圧的だ。


 仕方なく、カケルが、左京之介に言葉を選びつつ尋ねた。


「左京之介様、指揮下に着けということは、どのような理由わけでございますか」


 左京之介は、扇子で自の肩を叩きながら、顎を突き出し答える。


「殿の命じゃ、ほれ、これを見よ」


 左京之介は、懐から筒井家の花押かおう梅鉢の紋所が入った文を、これでもかと見せつけた。


 ぱらり、広げて、左京之介は、読み上げる。


『左近、お主の隊は私が次に命じるまで、左京之介の指揮下に入り勝手に動くな!』


「なんですと!」


 仁十郎が厳しい目で左京之介に疑問を投げた。


 戦評定で、カケルが提案し、順慶も納得した作戦は、南と東の筒井軍が連携して動き、その隙に新堀城の背後を突く。左近隊が動かねば、カケルが描いた包囲作戦は、意味がなくなってしまう。


「黙れと、言っておるだろう!」


 いきなり、左京之介が抜刀し、仁十郎の首筋に刀を振り下ろし紙一重で、ピタリと止めた。


「陪臣が出すぎるな!」


 理不尽である。戦評定では、順慶も納得し、一門の慈明寺こそ不服を見せたが、筆頭家老の森好之、同じく家老の松倉右近もそのつもりで動いている。それがまた何で、順慶はこのような作戦の要である嶋家の兵の動きを止めるようなことを言うのか疑問しかない。


 左京之介は仁十郎に額をぶつけんばかりに睨みながら、ドスの利いた声で囁いた。


「次は、ないぞ」


 腕組みして、黙って聞いていたカケルが、ポツリと呟くように言った。


「わかりました。嶋家は左京之介様の指揮下へ入りましょう。ですが、我らも多くの人間の命を預かる身、一人一人の命に責任があります。教えてください。その訳を」


 左京之介は、左の眉を上げて、愚問にでも答えるように答えた。


「左近、お前は一門ではない。知る必要はない。ただ、黙って、ワシのこまとして動けばよいのだ」


 ”一門ではない”その場にいるカケル以外の嶋家の人間は、黙った。が、皆、「それでは捨て駒ではないか!」と怒りが込み上げてくるのを、グッと堪えて、今にも左京之介に飛びかかからんばかりに握り拳を作っている。


 捨て台詞セリフを吐いた、左京之介は、涼しい顔で、扇子で肩を叩きながら自陣へ帰って行った。


 カケルは、左京之介を見送りながら、腹の中で呟き、握りこぶしで膝を叩いた。


(オレは、頼りなくても筒井順慶さんが好きだからね。それに、嶋家の人間を無駄死になんてさせるもんか! そう、簡単に思い通りにはさせないよ)




「左京之介、あ奴はなんだ、力もない癖に、一門衆という立場を鼻にかけおって」


 菅沼大膳は、不満たらたらである。


「そうだ、それは馬鹿の大膳に同意する」


 お虎も、同意の旨を伝えた。


 大膳は、すかさず、お虎の発した「馬鹿」の言葉に目を剥いて食って掛かろうとしたが、義平が間に入って、「まあまあ」と大膳をなだめた。大膳は腕を組んで「ふん!」とそっぽを向いた。


 仁十郎が、落ち着いた声で、カケルに言った。


「左近、これは、慈明寺順国にしてやられたな。あ奴、真に順慶殿よりお家乗っ取りを本気で考えておるやもしれぬ。もしかすると、順慶殿の懐刀ふところかたなの佐近、お主を戦のどさくさで無きものとしようと思っているかもしれぬぞ」


 カケルは、黙って、こくりと頷いた。


 家宰の忠右衛門が被せる。


「陣立ての時、必要もないのに、いつも荷駄隊を任されるのが常の布施左京之介を我らに付けたのは、始めからこれが狙いだったのかもしれませぬな。まったく、慈明寺はおのれの損得だけ、そろばん勘定の御仁にございますな」


 カケルは、顎に手をやり、何か頭で考えながら答えた。


「そうだね……」


 大膳が、噛みつく。


「左近、何が、そうだねだ。兵の数はこちらは、左京之介の五倍なのだぞ。なぜ、大が小に従わなければならない」


 お虎がつづく。


「左近、お前は、武田の赤備え、私の父・山県昌景が三方ヶ原で先鋒を任せた漢なのだ。それを、いくら一門衆とはいえ田舎侍の左京之介などの指揮下に入のでは道理にあわぬ」


 義平も眉を曇らせる。


「左近の殿が留守の間。左京之介様とご一緒に小競り合いで共にしたことがございますが、あのお方は、勘定ばかりで、戦下手。局面が全く見えない御仁でございます」


 カケルは、腕組みしながら首を傾けて、頭をボリボリかきながら、口を歪ませる。


「筒井の殿さまは、人がいいからなあ。まさか、一門衆が一番の敵だなんて考えもしないんだろうな」


 カケルは、そういって大きく息を吐いて吸い込んだ。そして、ポンと手を叩いた。


「こういうのは、どうだろう。嶋家の兵を二つに分ける。一隊を叔父上と忠右衛門さんと義平さんが、300を率い左京之介さんに従う。後の200をオレと、お虎さん、大膳さんが、遊軍として、勝手に動く」


 仁十郎が、目を見開いて唸る。


「それはよい。左京之介の命を破ってはおらぬし、左近の力を自由に使える。うむ、良案じゃ」


 柳生美里と月代が、控えめに声を上げた。


「私たちは、どうすればいいので?」


 カケルは、美里と月代にしっかり目を合わせて、


「美里さんは、月代さんと一緒に、北面の大和川を渡ったすぐのところに、兵站へいたんの荷駄隊がいるはず。そこで、それとなく、慈明寺順国と布施左京之介が必ず繋ぎを付けるはずだから、密偵としてその美里さんは剣客的な戦略的狙いを、月代さんは医者として傷ついた兵士の手当てをしながら、腹の中を探ってほしい」


 カケルは、月代と美里に目を合わせて言葉をつづけた。


「二人は、もし、戦となっても加わらず、大和川に逃れてほしい。万が一、筒井が負けたら、逃れるための船の用意と、傷ついた兵を手当てする準備をしていてほしい」


 月代と、美里は、声を揃えて、答えた。


「わかりました」


 すると、カケルは、パンッ! と、手を叩いて。


「それでは、いっちょ、山県昌景直伝の戦いを披露いたしますか」


 と、号令をかけた。




 つづく




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