第344話『忠義と裏切り(カケルのターン)』

 ブオオー! ブオオー!


「かかれ!」


 戦を告げる法螺が鳴り響き、手槍を握った筒井の梅鉢の旗を背負った兵が新堀城めがけて走り出した。


 ボーン! ボーン! ボーン!


「夜襲だ!」


 城内では、陣太鼓が鳴り、五箇荘の町も職人たちが次々に仕事場から飛び出た。長屋の赤子を抱いた女房達が震え、我先に幼子の手を引いて、新堀城の虎口へ人が殺到する。


 カケルとその仲間たちは、持ち場に着く僧兵立ち寄りも早く、城内へ逃れ来る人の波を掻き分け、五箇荘の北面へとひた走った。



 城からは、右手に鉄砲、左手に槍を武装した僧兵が、殺到する町人を押し返しながら、南に150、西に150、北に50と配置に着こうとする。まさに、城も町も大混乱だ。



 カケルたちが、五箇荘の北面の門に差し掛かると、先に広がる菜の花畑の向こうに、三ツ柏の幟旗が見える。


「あれは、オレたち嶋家の幟旗だ」


 目の前には、立ちはだかるように、二人の屈強な僧兵が、今まさに、門を閉じようとしていた。


「大膳さん、オレたち、この町にお世話になったから、門番さんを殺さず突破するよ」


 と、カケルは、大膳にしっかり目を合わせた。


「心得た!」


 大男のカケルと大膳は、脚を速める。


 それに気づいた門番が、


「お前たち、どこへ行く!」


 カケルと大膳に気づいて、僧兵が、頭を布で包んだ僧槍を構えるより早く、体当たりして弾き飛ばし突破した。




 なんとか門が閉じる前に、カケルが北花田の菜の花畑へ逃れると、


「あれ?」


 カケルは、遠く小さく、西の外れから筒井の梅鉢の旗が走るのを見つけた気がした。旗は、カケルが目を擦たら消えていた。




 堺の町と高屋城をつなぐ東西に走る長尾街道を超えて、筒井順慶2000を中央に、右に慈明寺順国250、左に十市藤政150があらかじめ用意しておいた板橋を新堀城の空堀に掛ける。


 時を同じくして、西の森好之750、松倉右近750が呼応して、五箇荘を囲む空堀に板橋を掛け、柵へと押し寄せる。


 ダン! ダン! ダン!


 柵に手をかけた筒井の足軽が、次々に銃弾に撃ちぬかれ、板橋から落ちて、空堀に山を作った。


 青い顔して額に鉢巻をした筒井順慶が、陣中で、軍鑑を務める順国が、扇子で膝を突きながら立ち上がって、


「殿、お耳を……」






 カケルの代わりに陣代を務める叔父の東樋口ひがしひぐち仁十郎じんじゅろうと、家宰の三代澤みよさわ忠右衛門ちゅううえもん、外交僧の蜜猿みつえんが率いる500、嶋家の兵が出迎える。


 渋柿のような顔をした仁十郎が、カケルに自分が任されておきながら申し訳ないと、詫びるように頭を下げた。


「左近、すまぬ。ワシらはお主が戻るまで、川を渡るつもりはなかったのだが、筒井の殿様の元へ、大殿(織田信長のこと)からの命令で、大和国をまとめる原田直政様から、きつく、強攻せよとお達しが出たのだ」


「原田様はなんと?」


「『高屋城たかやじょうは、松永まつなが久秀ひさひでが、城主・三好みよし康長やすながとその家老・遊佐ゆさ信教のぶのり籠絡ろうらくし、無血開城させた。筒井は、そんな小城一つにどれほどときをかけておるのだ!』 と、きつくお叱りを受けたようだ」


 カケルは、不審の種を仁十郎から確かめるように尋ねた。


「筒井の殿さまが、スグに、城攻めにかかれなかったのも、一門衆の慈明寺じみょうじ順国じゅんこく様はじめ一門衆の方々が、家老のもり好之よしゆき様や松倉まつくら右近うこんの城攻めの提案を撥ね退けたからではないですか」


 仁十郎は、さもありなんと大きく頷いて、


「そうだ、あの一門衆は、病弱で子が出来ない順慶殿のからお家乗っ取りを狙っているような節がある。食わせ物だ」


「ですね……」


「おい、蜜猿!」


 と、仁十郎は、忍び装束の鋭い目をした普段は外交僧の密猿を呼んだ。


「はっ!」


 密猿は、カケルの前で膝間突いた。


「慈明寺順国、十市といち藤政ふじまさ布施ふせ左京之介さきょうのすけらは、この戦の前に、どうやら松永久秀と堺の今井宗久をはじめとする会合衆えごうしゅう両方りょうほうから合わせて1万石ほどの金銭を懐に入れていたようにございます」


 カケルの右に立つお虎が、信じられないといった表情で、地面の長草を力一杯蹴り上げた。


「1万石! 左近と我らが、蘭奢待の切り取りに、朝廷工作のため必死で工面して作った金銭と同額ではないか! 一門衆がそんな大金をもらっておきながら、筒井殿が真に困った時には知らぬふり決め込む。それが、同じ血を分けた家族のすることか!」


 と、お虎が声を荒げた。


 お虎に同調するように、菅沼すがぬま大膳だいぜんが、ブルンと土佐犬が唾気を飛ばすように吠える。


「筒井の家は、根が腐っておる! 左近を始め、ワシもお虎も、柳生やぎゅう美里みさと月代つきよも、筒井の家を守るため、京の大原において、あの明智家を敵に回しかねない危険な橋を渡ったのだぞ」


 すると、カケルが、お虎と大膳の必死の訴えを、ポーンとすっ飛ばす言葉を投げかけた。


「いいよ、済んだことだし。筒井の殿さまのことは、オレは好きだし、一門衆の人も何か理由があったんでしょう」


(わかるよ、筒井の殿様は優しい人。出来ることならば誰も死なせたくない性格だから、そろばん勘定の出来る慈明寺順国さんあたりに、出陣をそそのかされたんだろうな……まったく、家族だろう)



 カケルの言葉に、家宰の忠右衛門が、自分の息子が大きく育ったのを喜ぶように、


「殿、武田へ行かれてる間に、別人のように、大きくなられましたな」


 カケルは、キョトンとした顔をして、頭の後ろで手を組みながら、お虎と、大膳を振り返えった。


「そうなの?」


 お虎は、「う~ん」と首を捻る。


「我が父、山県昌景に比べれば、大人おとな子供こどもほど器が違う。左近は軽すぎる。うぬぼれるな!」


 大膳がつづく、


「ワシは田峯城たでじょうで、敵味方で左近とは、槍を合わせた。あの時は、多勢に無勢。槍の腕だけならばワシの方が上だが、見どころはある!」


 お虎が、すかさず、大膳の顔面を殴り飛ばし、


「大膳、自己おのれをなんだと思っている。お前は、野盗10人の頭であって、振るっているのも槍ではなく、力任せの金棒ではないか!」


 大膳は、剥きになってお虎を睨みつける。


「おい、お虎! お前は、何かというと自分が山県昌景の娘だと言うことを鼻にかけワシにスグ噛みつく。今度やったらその頬張り飛ばすぞ!」


 お虎は、薄い目をして、


「ほう、おもしろい。出来るならやってみろ!」


 と、一触即発に挑発する。


 見かねた都築つづき義平ぎへいが、またか、と呆れた顔で、二人の間に割り込む。


「まあ、まあ、お二人とも、左近の殿とは長いつき合いですし、今は、新堀城の下間頼廉をなんとかせねばならぬ時です。仲たがいしておる場合ではござらぬよ。のう、美里殿」


 義平に話を振られた柳生やぎゅう美里みさとが、声を静めていう。


「そうですね、義平様の申す通り、敵は本願寺・下間頼廉です。南と西の筒井軍が動いたのであれば、私たちも呼応して、今すぐにでも兵を動かして、後背を突かねばなりませんでしょう」


 戦人いくさにんの話が落ち着いたところで、月代が優しく頷いて、カケルを見た。


「よし! 嶋左近一家は、一致団結、あの強敵・下間頼廉をなんとかいたしますか」


 と、何か城攻めの妙案でも考えるように、手もみをした。



 そこへ、大原で大膳の子分になった、まだ、13歳の元服を済ませたばかりの足軽の小平太が駆け込んできた。


「親分、布施左京之介様がお越しです。なんでも、筒井の殿さまの命を受けて来たとのことです」


 大膳は、首を捻って、


「おい左近、これは、何かあるぞ」


 大膳は、カケルと目を合わせた。


「だね、左京之介さんは一門衆だからね」



 つづく

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