第336話『汗と笑み、そして自由う:五個荘の活気あふれる職人たちの日常(カケルのターン)』

「皆の者、そろそろ、寅の刻(⒙時)だ交代の職人と入れ替わって、朝職・夜職の者皆で飯と致すぞ、広場へ集まれ!」


 3月の日の入りである、日中は多少汗ばむ陽気になったとはいえ、日没にはまだ冷える。


 五個荘の四方を鍛冶場長屋で囲んだ中央の広場では、体を温める火を焚き、村の女子たちが飯の支度で立ち働き、朝職の職人には晩飯を、夜職の職人たちには朝飯かわりになる飯が炊きあがった。


 芝辻妙才の号令で、五個荘の鉄砲鍛冶職人たちが学校の朝礼のように勢ぞろいした。


 木組の朝礼台に登った妙才を筆頭に、鉄砲造りの工程ごとの職長およそ30人が並ぶ、その下に職人が10数人づづ、総勢、300人は優に超える職人村だ。


 妙才が、まずは、昼の職長たちから各工程の進捗を聞き、全体の進捗具合を把握する。そうして、夜職の職長に、引継ぎを済ませた。


「それでは、皆の者、愛する女房のため、子供のため、そして、自由都市堺を守るため、頑張るのだ! それでは、飯に致そう!」


 妙才が、そういうと、女子おなごたちが、ぼんに山盛りの飯を乗せて、待ちかねたといった表情の職人たちに渡し歩いた。


 職人たちは、皆、一心不乱に、火にかかる鉄なべから自分でみそ汁をつぎ、同じく香ばしく塩焼き音を立てる大和川で獲れた細い竹串に刺したハゼを貪り食う。


「おい、夜職の者は、終わってからだが、朝職の者には、お頭から、摂津のなだから酒の御褒美つきだ。皆、たらふく飲め!」


「おお! ここは、極楽だ!」




 カケルたちは、一角のハゼが焼音を立てる焚火を囲んで五個荘の職人たちの生き生きとした顔に驚いていた。


 武士の世の中、戦国期にあって、強い者が力で奴隷のように踏みつける時代である。先ごろ、カケルが治めて来た大原の荘園で、地頭の岸川家が良民に重税を課し搾り取るだけ搾り取り、働けなくなったものは見捨て、逆らう者は力で殺してしまうそれとは真逆の世界である。


 ここ、五個荘の職人たちには笑顔と冗談がある。人が生き生きしているのだ。


「おや、あなたたち、新人さんだね」


 女子頭のおまさが、山盛りの飯を乗せた盆を持たせて、お虎と月代を引き連れやってきた。


 お政は、カケルと、菅沼大膳と義平を見定めながら、順に飯を渡した。


 カケルは、お政から飯を受け取ると、


「おお~、炊き立てご飯。これは美味しそうだ。ありがとうございます。いただきます」


 と、首を垂れた。


 菅沼大膳は、飯を受け取ると、もう待ちきれないと奪い取ると、火にかかる鍋からみそ汁をぶっかけ掻き込んだ。


 義平は、落ち着いて、


「かたじけのうございます」


 と、手短に礼を言った。


 すると、お政はカケルに尋ねた。


「あんた若いけど頭だね、うん、イイ男だ。この娘たち二人があんたを競って取り合うのも一目でわかる。私がもう少し若ければ、やっぱりあんたを選ぶね。次に、もう一人の大、あんたは全くダメだ、顔も悪いし性格が犬畜生だ。もう一人のお侍様は、しっかりしたお人だね」


 と、お政は、義平に体を預けてしなだれかかって、上目使いに、甘えた声で尋ねた。


「あんた、女房はいるのかい?」


 義平は、困った顔をしながらも満更でもない口調で武骨に答えた。


「某は、武骨ものゆへ女房は今だござらぬが、主の許しがあればそろそろ所帯を持とうかと思って居り申す」


 と、顔を赤らめカケルを見返した。


「えー--! 義平さん、独身だったの‼ 結婚したいんだったら好きにすればいいじゃない」


 義平は、ムッとカケルを見返して、


「武士の世の中では、そのような自由な結婚は出来申さぬものにござる。ここ、自由都市堺は特別にございます」


 カケルは、驚いた顔をして、


「ええ、そうなの、なんで? お互いに好きな人がいれば思いを伝えて結婚しちゃえばいいやん」


 義平は、難しい顔をして首を振って、


「いや、侍の婚姻こんいんは、国と国、領国と領国のを守るための政略結婚にござれば、左近殿の申すような個々人の自由な意思で相手を選ばせぬ」


 佐近は、隣の菅沼大膳に肩を寄せて、


「そうなの大膳さん」


 大膳は、お政にあけすけに顔が悪いと言われたことを根に持っているのか、ぶすっとしながら、不満げに答えた。


「ワシは、国元では、光源氏のように隣国の姫と言う姫が引く手あまたで縁組の話が舞い込みモテてモテて仕方なかったものだが、(左近を指さして)こいつと付き合うようになってからさっぱりだ」


 すると、お虎が、冷たい細い目で、


「お主は、隣国の姫にもモテてはおらん。姫は泣く泣く親が決めた政略結婚するための申し出だ。うぬぼれるな!」


「なにを!」


 お虎の言葉に、菅沼大膳は立ち上がった。


 すると、お政が機転を利かせて、


「まあまあ、大膳さんとやら、ここは、自由都市堺の一部、侍の決めた政略結婚のような堅苦しい縛りはない。義平さん、ここでは、侍と庶民、身分の違いもなしよ。互いに好きあった男と女なら自由に恋愛も許される。なにごとも自由なことがいいところよ。ほら、他の職人の顔を見て見なよ。皆、生きてるでしょう」


 確かにそうだ。頭の芝辻妙才の人柄もあるのだろうが、ここの職人たちは、仕事のキツサはあっても、世の秩序を嘆くものはいない。むしろ、互いに、面白おかしく冗談を交わしながら楽しんで働き生きている。心を誰にも支配されていないのだ。


「おっ、めずらしく、こちらに下間頼廉殿がお越しになられた」


 と、職人の一人が叫んだ。




 つづく











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