第335話 『師の仇討と、歴史改変の分岐点(左近のターン)』
遠山家への援軍を決めた満昌寺を抜け出した島左近と智林(下条智猛の嫡男、智千代)は、仏門に仕える者の本分とは違うと遠山家への援軍を頑なに拒んだ師・宗林を、遠山家への忠誠を名目に首を撥ねた烈景の理不尽さに
明知の里は、北は武田家の猛将・秋山虎繁と、その妻・おつやの方が治める岩村と、武田勝頼本軍が攻めかかる恵那遠山氏の本拠地だ。
東は同じく信濃国伊那郡飯田は秋山虎繁の本領。
西は土岐郡、織田家の家老、明知光秀の妻・
南は三河国賀茂郡足助・額田郡岡崎に街道が通じる、交通の要衝である。ここは、かろうじて徳川家康が、勝頼の侵攻を防いでいるが一進一退の攻防はつづいている。
西信濃国の飯田城と東美濃の岩村城を拠点に秋山虎繁が、美濃国の織田信長と南の徳川家を隙あらば襲い睨みを利かせ牽制する最前線だ。
ここ明知の里を手に入れると、信長の出仕の尾張国、家康の出仕の三河、そして、東の駿河国の武田家の
徳川の遠江を挟み撃ちする攻略の拠点だ。
明知城は明智の里の丘の上に城郭をぐるりと囲む横堀。
攻め手は畝のように段々の堀を登っては下りてを繰り返すたびに、高台にある城からの弓矢であったり、高所からの槍を食らう守りに特化した死地である。
わずか500人ばかりが籠る明知城の攻略は、食料も軍備も不足している。時間と数に物を言わせた力攻めにすれば、なんなく攻略できるだろう。しかし、力攻めには、その3倍から5倍の兵の損害が予想される。到来するであろう織田信長の援軍到着前に、この城で2500人もの損害は得策ではない。だが、この城の攻略は信長の援軍到来までに仕留めなければならない。
そこで、本来なら陣頭指揮を執るであろう武田信玄直伝の戦略・戦術眼を持つ山県昌景の脳裡をもって責め立てるはずだったが、勝頼の嫉妬にも似た理不尽な昌景への打擲でこの戦では身動きならないだろう。
副将である虎繁は、明知城は己が攻めて、織田家の援軍を防ぐ要の地、鶴岡山城攻略を昌景の嫡男、
鶴岡山には、遠山家でも武勇に優れた鶴岡山の猛虎、芥子武者の異名をとる下条智猛が守っている。
手勢は30人ほどではあるが、下条智猛がとにかく強い。一己の武勇だけでも厄介なのに頭も切れる。
鶴岡山は本丸に向かっていくつもの巧妙な罠を張り巡らし、驚いた敵兵を狙いすましたように待ち伏せした伏兵と、神出鬼没の智猛の武勇で攻め手の大将・山県昌満を翻弄していた。
智猛の武勇は先の
それだけならまだしも、智猛は、30人の兵を一己の槍のように自由自在に動かし、将としても、若い昌満の知恵の及ぶところではない。
それを、傷つき倒れた昌景からの指名で軍師に付けられた島左近が、1人で鶴岡城を落とすと申し出て、遠山氏の人質に取られる智猛の嫡男、智千代こと智林の接触となった。
明知の里から、鶴岡山裾に入ると智林は、左近に呟いた。
「左近様、私は、本当に父に会ってもいいのでしょうか……」
智林がそういうには理由がある。父・智猛と、母・信代が満昌寺へ送り出す時、
「『智千代、満昌寺には都から来た高名な禅宗・建仁寺からの僧宗林様がおる。ワシは一度話したが、あの方は相当な御仁だ。あの方からすべてを学び終えるまでココへ戻ってはならぬ』と、申しておりました」
と、智林は心配そうに左近に尋ねた。
「智猛殿らしいな。しかし、宗林様は、不幸にも遠山家の人間、烈景の手にかかり首を斬られた。もはや、智猛殿の約束は叶わぬ」
智林は、口を真一文字に結んで、必死に涙を堪えている。
「そうですね、父にとっては遠山家は忠誠を尽くす主筋であっても、もはや、私にとっては、憎き師の仇です。師の無念を晴らさねばなりません」
左近は、腕組みして、
「師の無念か……」
師の無念。左近にも思うところはある。現代の高校生・時生カケルと魂と肉体が入れ替わって、何らかの力で戦国時代と現代を行き来した左近は、現代の歴史マニアのカケルの部屋にあった教科書や歴史本などでは、これから向かう長篠の戦いで、本来の左近の武将としての恩師・山県昌景の死が迫っていることを知っている。
通例の歴史では、カケルの辿る道が、左近の体験なので、一週目の人生では長篠の戦いは風聞で知りはしていたが、その長篠の戦いに自分自身の裏側で、父・信玄の武田家の舵取りの信頼が、自分ではなく昌景にあったことによる勝頼の嫉妬が原因で、信玄が重用していた四天王との対立につながり、勝頼の独断体制につながったことまでは知らなかった。
いや、
しかし、左近は、歴史の大河は揺るがないものと考えている。それでも尚、何とかして、師・山県昌景の命を救いたい。
そのためには、カケルと自分二人の左近が登場したことで、狂いが生まれた武田家の命運を何とかしあればければならない。
まずは、知林の父である鶴岡山の猛虎・下条智猛の説得工作だ。ここをなんとか抑えなければ歴史は進まない。
左近、知林それぞれの心中は複雑であるが、二人はそろって鶴岡山へ向かって歩み始めた。
つづく
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