第332話『菜の花畑の銃弾』(カケルのターン)

「なんや、お前ら、ここらでは見ないかおやな」


 新堀城と五ケ荘の北面、大和川のから渡航した一面の菜の花畑に百姓姿で降り立ったカケルたちは、黄金に輝く菜の花畑に見とれていると、朝の野良仕事着に、陣笠と胴丸にふんどしを垂らした鉄砲をもっ男に声をかけられた。


 男は、白髪が入り混じり齢の頃は40歳をこえたあたりだろうか、前歯が一本抜け言葉が空気がぬけ聞き取りが悪い。


「俺たち、石山本願寺からの援軍やねんけど、途中、織田の兵に追い払われここに命からがら逃げ伸びて来たんだ」


 と、カケルは、目敏く、男の手に持った鉄砲から漂う焦げ臭い香りから、この男は、菜の花に伏せて、大和川を渡航する人間が兵士ならば撃ち殺していたであろうことを読み取った。


 男は、、疑うような目つきで、カケルたちを追求する。


「お前たちは、どこの組じゃ」


 カケルは、返事に詰まった。おそらく、男は同じ本願寺のどの大将の部隊に居たかを尋ねている。カケルは、現代で歴史シュミレーションゲームで得た知識を思い出して、とっさに口をついて出たのは、下間頼……まで、口に出かかって口を濁した。


 と、いうのも、ゲームの世界でも石山本願寺の大将は、本願寺顕如なのは有名だ、それにつづく、この度、新堀城を守る下間頼廉、紀伊国(和歌山県)の雑賀衆、雑賀孫一は、特に有名で、この三人の配下であったと偽ると、スグに素性がばれる可能性がある。


「俺達は、下間兵庫殿元におった」


 運任せの口から出まかせである下間兵庫そんな人物が実際いるかは、カケルにはわからない。この戦国期は、苗字に官職名をつけて名乗るのが一般的だ。一か八かの賭けだ。


「下間兵庫殿……か……」


 男は、一瞬思案したが、男の記憶も怪しいようだ。怪しくはあるが、本願寺には居てもおかしくないと判断したのか、下間兵庫の名前に納得したようだ。


 すると、男は今度は自分が名乗った。


「ワシは、会合衆配下、と言っても、今は新堀城の下間頼廉殿に占領されておる五ヶ荘の鉄砲鍛冶頭 芝辻しばつじ妙西みょうさいというものだ。お前たち大和川の向こうから来たということは、織田信長が撃たれたことは、知っておろうな」


 カケルは、素直に驚いた。


「ええ、織田信長が鉄砲で撃たれたのですか?」


「そうだ、石山本願寺に援軍で入った、紀伊国 雑賀衆の頭目の一人、雑賀孫一の狙い撃ちだ」


 と、芝辻妙西は我がことのように胸を張る。


 カケルは、疑問に思った。この時代の鉄砲の飛距離は精々、100メートルが積の山であると歴史マニアのカケルは知っている。


「雑賀孫一さんは、軍の後ろの後ろに居る織田信長をどうやって射撃したのですか?」


 妙西は、自慢好きな男だ。自分の鉄砲つくりの腕に自信があるらしい。


「それはのう、ワシが拵えた最新の種子島鉄砲だ」


「新式の種子島鉄砲?」


「そうだ、ここ五ヶ荘でワシは、鉄砲鍛冶の頭を務めている。つい先ごろ、試作品で拵えたのが、ワシの鉄砲なんと飛距離は6,6尺(およそ200メートル)だ」


「なんだって、6尺6寸だと!」


 カケルの隣で聞いていたお虎が目を丸くして尋ねた。


 それもそのはず、武田の騎馬隊で有名な武田家でも鉄砲が無いわけではない。これまでは、鉄砲の射程距離が100メートルほどで、命中率も低く、そのくせ弾薬の金もかかって値段ばかり高くて実用的でなく、敵の威嚇用に使うのが常だった。


 しかし、この妙西は、その射程が倍に広がったという。


 この倍の射程距離がどんな意味を持つかというと、これまでの射程100メートルぐらいだったら、命中させるためには、目前まで引き付ける必要があった。


 武田の騎馬隊が突撃すれば、最初の一発にさえ当たらなければ、二発目の装填前には相手を打ち砕く距離に入れることになる。だが、これが、倍の射程距離になるとそうはいかない。騎馬隊の突撃の間に二発の弾丸を受けることになるのだ。


 妙西は、鉄砲に興味を持ったお虎に、自慢でもするように、講釈を垂れる。


「そうよ、織田家、信長も戦に鉄砲を使っているだろ。まさか、こちらの鉄砲の射程距離が倍になったことまでは見抜けなかったんや。技術は日進月歩しとることにまでは頭が回らんかったやろうな」


 菅沼大膳が、妙西に尋ねる。


「織田信長は死んだのか!」


 妙西は、残念そうに答えた。


 確かに、雑賀孫一の鉄砲の弾は信長に当たった。しっかし、信長は運のいい男だ。伴天連の西洋甲冑、鉄の鎧兜を着ておった。普通なら、頭を撃ちぬいて死んでいたはずだが、鉄兜が弾丸を弾き強い頭の痺れだけで済んだようだ。悔しいのう」


 妙西の答えを聞いたカケルたちは、顔にこそ出さなかったが、信長が無事で安心した。


 妙西は、尋ねた。


「おい、お前たち下間兵庫殿の兵だというなら、お主たちも「南無阿弥陀仏」の本願寺の兵だ。腹が空いただろう。そこらの菜の花を食える分だけ摘んでついてこい」


 と、誘った。


 カケルは、キョトンとした表情で、


「どこにですか?」


「そら、決まっておるだろう。五ヶ荘、新堀城ではないか」



 つづく






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