第6話精神科、北庵病院「おれは心の病なのか……」(現代、左近のターン)

シューズボックスの鏡に自分を映した左近。


「何者じゃ、これは?! 」


清美は、落ち着いて諭すように、


「なにを言ってるのカケル、それがワタシの息子時生カケルの姿よ」



――精神科、北庵病院。


北から東南へ紅葉の名所、竜田川を下るとそこには盆地が開けている。南に聖徳太子の斑鳩いかるが。西に、信貴山が睨みをきかせている奈良県生駒郡椿井町。


ここ椿井町に入院可能な精神科救急病棟、北庵病院がある。


どういう理由かわからないが、現代の高校生、時生カケルと入れ替わった関ヶ原の戦いに大活躍した戦国武将、嶋左近は、カケルの母に腕を引かれて精神科病院、北庵病院へやって来た。


北庵病院は、30床ほどの小振りな病院で、精神科の名医と評判の北庵が営む個人病院である。


はた目に見れば40代の小綺麗な母親、清美に腕を引かれてやって来た高校生、カケルであるのだが、中身は戦国武将、嶋左近。


清美が代理で受付を済ませ、待合い室で母子並んで座っている。


清美は、左近の手を握って、

「カケル、心配しないで大丈夫よ。あなたのむずかしい気持ちはワタシがサポートして話すから」


表はカケルの姿をした嶋左近が妙に勇ましく、


「清美殿、ワシが、義父に会えばすべてはっきりするでござる。それまではこの左近、清美殿の息子、時生カケルとして従い申そう」


左近の言葉に、涙を浮かべる母、清美が、不憫ふびんな我が子の手をぎゅっと握って励ました。


カルテを持った看護師が、


「時生カケルさん、時生カケルさん、どうぞ、お入り下さい」


と、診察室へ案内した。



――診察室。


白を基調としたこじんまりとした診察室に、L字型に仕切った机を挟んで医者と患者が向い会う。


医師、北庵は正面で向き合う対面式ではなく、パソコンの電子カルテへ向きながら、横向きに耳を傾ける印象だ。


北庵は、おそらく40代の盛りにあるのだが、人の悩みを専門に聞くスタンスからか、頭はもう真っ白だ。その髪を小綺麗に刈上げさっぱりとなでつけ清潔な印象だ。黒斑のスチールアームのメガネをキリリと掛け、見るからに信頼がおける。カケルへ身体を捻って向き合い、落ち着いた口調で尋ねた。


「時生カケルさん、どんな感じですか? 」


左近は、北庵の顔相やたたずまいをコクと見定めた。顔立ちと振舞い、口舌口調は知りも知ったり義父殿とウリ二つに似ているのだが、やはり、戦国と現代、着ている物も違えば、姿形も違う。何より、この北庵には左近に対する親しみがないのだ。それは、義父と娘婿の信頼性が垣間見えない。


左近は、その理知の分析からこの北庵は、自己の義父ではないと結論づけ話し始めた。


「北庵先生、わからんのです。さっきまで、ワシはたしかに関ヶ原にいた。馬で駆け、徳川家康の首を狙って突撃を仕掛け、今一歩、のところまで迫ったのだが、横合いからの種子島の銃弾に倒れた。そこまでは、ワシは嶋左近であったのだ。目覚めたら、この世の清美殿の息子、時生カケルになっておった」


北庵は、神妙な面持ちで静かにうなづいた。



――信貴ヶ丘公園。


母、清美に手を引かれて、北庵の診察を終えた左近が、カケルと幼い頃によく遊んだ公園へやって来た。


母子の懐かしい思い出に触れれば、まったく、誇大妄想に陥った息子の琴線きんせんに触れ我を取り戻すと思ったからだ。


左近と清美は、並んでブランコに座った。


「カケル、覚えてる? 」


左近はコクりとうなずくだけで返事はしなかった。


清美はつづけた。


「カケルが幼稚園の頃ね、あなたとよくここへ来て遊んだわね」


清美は立ち上がって、左近の背後に立ち、そっと背中を押した。


「オロッ!」 ブランコ初体験の左近は、この自分の体を二本のくさりにまかせた遠心力の乗り物にビックリした。


それを見た清美は懐かしくなって、


「そうそう、その顔!カケルはブランコに乗せると、いつもおっかなビックリおもしろい顔をしていたわ。やっぱりあなたは時生カケル、ワタシがお腹を痛めて生んだかわいい子。でも……」


言いよどんだ清美を左近は真っ直ぐな目を向けた。


「清美殿、ワシの姿形が息子のカケル殿であるのはまぎれもない事実。かと言って、この姿から元の姿へ戻る方法もわからぬし今は、この嶋左近、今世こんじょうを時生カケルとして精一杯駆け抜けもうそう」


清美は、嬉しいのか悲しいのかわからぬ表情で、


「そうだカケル! あなた侘助わびすけ好きだったわね。たしか、この公園の……」


そう言うと清美は、ぐるっと公園を見渡して、「あっ! あそこだ!」 と、白い花を指差した。


清美の指し示す方向を目をこらして遠眼する左近は、


「あれは、侘助。白椿ですな」


左近は、そう言う、となにか頭にひっかかる物があって、清美におもむろに尋ねた。


「清美殿、ワシはこの世が様変わりしてはっきりと確信がもてなんだが、この地はなんと申したかな?」


清美は素直にこたえた。


「奈良県生駒郡平群椿井よ」


「椿井?! 」


そう言うと左近はこの小高い丘の上の公園から立ち上がって四方に目をこらし、一方を指差した。


「では、もしかすると、この椿井に睨みをきかせる西の山は信貴山にござるか?」


清美は、知ってるカケルに出会えたように、うれしそうにほほえんで、


「そうねカケル、あなた歴史が詳しかったわね。たしか、あなたに買ってあげたゲームかなにかで勉強して教えてくれたわね。なんだったかしら……そう、織田信長を裏切った梟雄の名前はたしか……なんだったかしら?」


左近は、信貴山を睨んで、


「梟雄、松永弾正久秀にござる!」




つづく

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