第7話漆黒の巨馬(戦国、カケルのターン)

  カケルに寄り添った足軽は違った。慣れた具合いで、囮の馬へヒョイと跨がって、セイヤッ! 一ムチくれて駆け出した。


「左近殿、ワシが巨馬をけしかけます。突っ込んで来たのを見計らって、絡めとっていただきたい」


了解ラジャー! 」


  馬上の足軽は、漆黒の巨馬をおびき出すように、霧の境い目に囮りの馬をつけた。


「ブルルッ! ヒヒーンッ!」


  漆黒の巨馬は、ひづめで地面を蹴って、すぐさま囮りの馬、救出に駆け出さんばかりだ。


  囮り馬にまたがる足軽が、腰刀に忍ばせた小刀をスッと引き抜くと、囮り馬のももへブスりと刺した。


 ヒヒーンッ! ブルルッ!


  痛みで囮り馬がいななきを上げ、足軽を振り落とさんばかりに立ち上がった。だが、足軽は軽業師かるわざしのごとく巧みに囮り馬を操ると、血を流した馬の腹を蹴ってカケル目掛けて駆け出した。


  漆黒の巨馬は「許さぬ! 」 とばかり足軽を睨みつけ追って来た。


  馬群も大将につづけとカケル目掛けて追り来る。


「マジか! 」


  カケルは迫る馬軍にたじろぎ、逃げ出しそうな臆病風に囚われそうだ。だが、この嶋左近の体が、魂が、逃げを許さなかった。


  馬上の足軽がカケルとすれ違い様に、


「今ですぞ、左近殿! 巨馬に飛び乗るのです! 」


  漆黒の巨馬が弾丸のように迫ると、カケルは、自然と体が動いた。


  漆黒の巨馬とのすれ違い様に、カケルは、巨馬のタテガミを掴んでヒョイッ! とその背に飛び乗った。


  勢いを増して駆ける漆黒の巨馬はまるで、


「霧を払う風のようだ」


 漆黒の巨馬を、カケルがそう思ったのもつかの間、漆黒の巨馬は頭を落として急ブレーキをかけ、カケルを振り落とした。


  カケルは、「アレマッ!」 1回転に地面に叩きつけられた。


  並の人間ならこれだけで大怪我をするところだが、左近の体は投げ飛ばされた衝撃を、まるで、柔道のような受け身をとり、腕で地面を叩きダメージを受け流した。それでも衝撃は強く、勢いでゴロゴロ転がった。


「フウッ、イテテ! 」


  人並みはずれた身体能力の左近の体はこれだけだ。しかも、自然と片膝を着き次の動きに備えている。


「左近殿、ご無事ですか! 」


  囮り馬を操る足軽が、馬首を返して帰ってきた。


「不思議といたって無事ね。足軽さんone more! 」


  足軽は、「one more! 」の言葉の意味は分からなかったが、雰囲気ふんいきで感じとって囮り馬をまた駆った。


  漆黒の巨馬が迫る。再びカケルがタテガミを掴んで飛び乗る。


「アラッ!? 」


  カケルが先程と、同様に飛び乗ろうとすると、漆黒の巨馬は、膝を折り身をかがめてカケルを右から左に、躱した。


 バサリッ!


  カケルは大の字に倒れた。倒れたカケルの目の前が真っ黒になったかと思うと、ドスンッ! とカケル目掛けて、丸太棒まるたんぼうのような漆黒の巨馬の前足が、頭を粉々に砕かんばかりに下ろされた。


「お前、案外、やさしいんだな」


  カケルは逃げなかった。左近の体がそう言わせるのか、恐怖はこれっぽっちもなく、素直にそう言った。


  キリツ!


 漆黒の巨馬は、カケルをたしなめるように今度こそ頭を砕かんと左足をカケル目掛けて叩きつけた。


  カケルは身を捻ってヒョイッ! とかわした。


「おいおい、本気でオレを殺す気なんてないのに、そりゃないぜ」


 と、カケルは漆黒の巨馬へ笑みをおくった。


  漆黒の巨馬も、この人間は、自分たちを捕らえようとする人間とは少し違うと面食らったようだ。


「よし、わかった。俺はお前が気に入った。ここで、お前と根競べだ」


 そう言うと、「もういいよ足軽さん。囮り馬は、逃がしてやってくれ」と指示を出し、その場にドスンと腰を下ろした。


「まったく、嶋左近殿は変わったお人だ」


  足軽は囮り馬を降り、腿に刺した小刀を引き抜くと、尻を叩き放馬した。


  漆黒の巨馬は、仲間の帰還を見定めると、やがて、馬群を連れて霧の中へ消えていった。


  カケルへ駆け寄った足軽が、


「左近殿、いくらなんでもあの悪魔と根競べなんて、そりゃムリだ」


「そうかな、オレはアイツをここで待ってみるよ」


  カケルは、そう言うと、明日からここへ、飲み物と食い物を、持って来るよう指示して帰した。



 ――翌日。


  カケルは、漆黒の巨馬と、勝手に結んだ約束を守って、朝靄あさもや諏訪湖半すわこはんで待っていた。今か、今かと、恋人の到着を待ちきれないように、心が躍っている。


 自分用に、手酌と飲み物。腹が減ったら、搔っ食らう餅を用意した。もちろん、漆黒の巨馬にも、ニンジンを山と運ばせもてなすつもりだ。


「アイツ、今日は来るかな? 」


  カケルは待った。……1日、2日、3日、4日……。およそ、1週間ほど待っただろうか。


  その日は、霧が晴れた。


「ヒヒーンッ! 」


  諏訪湖半でいつものように大の字になって眠っていると、馬のいななきが近づいて来た。


「オヤッ!? 」


  カケルの目の前が真っ黒になった。


 ドスンッ!


  カケルは身を捻って交わした。


「やめろよ、殺すつもりはないんだろう? 」


  カケルがそう言うと、「ここから去れ! 」と、言わんばかりに、漆黒の巨馬はカケルの頭を踏みつぶさんばかりに前足を振り下ろした。


 カケルは、転がって、ニンジンを一本、掴んで、漆黒の巨馬へ差し出した。


「美味いぞ」


 漆黒の巨馬は、まるで、カケルの言葉を理解したのか、プイっと顔を背けた。


「なんだ、警戒してるのか? 」


 それならと、カケルは自分がニンジンを齧って見せた。


 それを見た漆黒の巨馬は、竹籠へ近づいて臭いを嗅いだ。




  漆黒の巨馬は、今までのことは、すべて水に流したように、まるで、親友しんゆうと飯を共にするように、ムシャムシャ、ニンジンを喰らっている。


「それウマイだろ、お前のために、毎朝、採れたてを運ばせてるんだ」


  そう言って、カケルは漆黒の巨馬に近づいて、ニンジンを手渡しに差し出した。


 ブルンッ!


  漆黒の巨馬は、俺に餌付えずけとは何事か! とカケルを前足で蹴飛ばした。


  転がったカケルは、ヒョイッ! と飛び起きて、姿勢を正して、


「ごめん、漆黒の巨馬! 」


 と、頭を下げた。


  漆黒の巨馬は、血走った眼光をカケルへ向けている。


「オレはお前に、一目惚れなんだ。ダメかい? 」


  カケルは、人なっつこい笑みを送った。


  漆黒の巨馬は、カケルを見定めて、「では、試してみるか 」と、カケルを睨んだ。


  カケルは、漆黒の巨馬の目に、遊び心を感じとって、「それなら!」と挑戦を受け入れた。



  カケルは、ヒョイッ!と漆黒の巨馬に飛び乗った。そのつど漆黒の巨馬は暴れて振り落とした。けれど、漆黒の巨馬は逃げなかった。傷だらけでボロボロになりながらもカケルはあきらめなかった。


  やがて、陽が暮れて来た――。




「負けた。負けた。お前には負けた」


  さんざん、漆黒の巨馬と闘ってくたびれたカケルは、とうとう大の字に寝転がった。すると、


「おい、よせよ!」


  どういう訳か、漆黒の巨馬が、カケルに近寄って、傷だらけの頬を舐めてくれた。


「お前、やっと俺を認めてくれたんだな」


  カケルは残り少ない籠からニンジンを、漆黒の巨馬へ差し出した。


  カケルはその荒ぶるタテガミをなでながら、


「ありがとな、漆黒の……」


 と、そこで思った「お前に名前がないのも味気ない。そうだな……お前は、霧の中を風のように駆けるから゛霧風゛はどうだ!」


  カケルが、そう言うと霧風は、カケルのニンジンを喰らった。



 つづく。









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