第4話左近、時を駆ける! 現代へ(左近のターン)
――目覚めたら、陽射しが眩しい。オレはあの関ヶ原の乱戦の中で、憎き徳川家康の首まであと一歩のところで、横合いからの銃弾に倒れた。
止めようにも止まらない血がながれ、オレはそのまま気を失った。
「オレはまだ、生きておるのか……」
うっすら目を開けた。
「ここはどこだ! 」
関ヶ原で死んだ嶋左近が目を開けるとそこはカケルの部屋だった。
左近は、カケルの薄暗い一戸建ての2階屋をキツネにつままれたような目をして一望した。
「これが、あの世というものか、それにしても狭く乱雑な部屋じゃ」
カケルのだらしなさがうかがい見えるように、脱ぎ捨てた学生服と、机にスクールバックを放り投げたままだ。
「仕方がないの……」
左近は、乱雑な部屋を目につくところから整えはじめた――。
小一時間ほど経つと、誰かがコンコンとドアをノックした。
左近は、「誰じゃ、構わぬ入って参れ! 」と、返事をした。
すると、「お兄ちゃん、また、徹夜でゲームしてたんでしょう? 」と、ひょっこり、学生服を着た娘が顔を出した。
左近は、武士が主君にするように姿勢を整え、学生服の娘へ、
「おお、これは天界の天女殿のお導きでござるか、この嶋左近感謝いたす」
と、深々と頭を下げた。
学生服の娘は、キレイに整理整頓された部屋を一見するなり、心配してツカツカと左近へ近づくと、サッとオデコへ手を当てて熱を確かめた。
「お兄ちゃん、熱はないようね。でも、今日はいつも以上に頭がヘンよ。とりあえずお母さんの作った朝食を食べてから学校どうするか考えましょう」
――ダイニングキッチン。
横長のシステムキッチンの台所へ、長方形のテーブルにチェアを4脚。
テーブルには、目玉焼とカリカリのベーコンと、ゴハンと湯気上がるアサリのみそ汁が並んでいる。
「お母さん、お母さん! 今日、お兄ちゃんがヘンなの!」
と、学生服の娘が左近の腕を無理矢理引いて入って来た。
「清香、お兄ちゃんがヘンって、いつものことでしょう。もう、ワタシはあきらめてるから」
「ちがうのお母さん! お兄ちゃんが部屋を掃除してたの!! 」
お母さんは、「それはヘンね? 」と、疑って、左近のオデコへ手を当てて熱を確かめた。が、先程、清香がはかった時と同じ平熱だ。
「カケル、そこへ座りなさい」
カケルと呼掛けられた左近はきょとんとして尋ねた。
「お母さんとやら、カケルとは誰のことにござるか?」
側で見ていた清香が、心配して見てらんないと頭を振りながら、左近を母親の前に座らせた。
お母さんは、まるで警察の取り調べのように静かな声で、
「カケル、悩みがあるなら包み隠さずお母さんに話してちょうだい。どんなことでも受け止めるから、きっと、アレでしょう? 北庵病院の月代ちゃんにフラれでもしてツラくてそうなっちゃったのね、ね、ね、そうだと言って! 」
「月代?! 」左近は、その言葉に身を乗り出した。
「おお、お母さんとやら、ワシの妻の月代をご存知か、ワシが死んで月代に徳川からの罰が下らなかっただろうか? 」
いよいよ、お母さんは顔色が青く変わって来て、一つ一つ物事を正すように、
「カケル、あなたどんなフラれ方したらそうなるの? もしかして、心の病かしら? それよりも、お母さんとやらとは何? もしかして、ワタシのことまで忘れちゃったんじゃないの! カケル、ワタシの名前分かる? 」
左近は、いさぎよく、姿勢をただして、
「すまぬお母さんとやら、ワシは妻の月代は分かっても、お母さんとやら、それに、ここにおる天女、清香殿は初見にござる! 」
お母さんは左近の物言いにホロホロ涙を流して泣き崩れた。
清香が、血相変えて左近へ詰め寄る。
「お兄ちゃん! さっきから、お母さんと初めて会ったみたいに、お母さんとやら、お母さんとやらって、まるで、他人みたい。お母さんは、清美! 忘れないで!!」
左近は、悪びれもせず、
「ワシは、清香殿も清美殿も知り申さん。だが、月代は存じておる。月代は、薬師の北庵殿の娘御でワシの惚れて連れ添いにした妻だ」
清美は、必死で涙を抑えて、
「分かったわカケル。あなたはそこまで月代さんのことが好きなのね。病気になってもそれだけでも覚えているなら望みがある。ワタシはあなたの母親よ。どんなになってもお腹を痛めて生んだかわいい息子、ワタシはあなたを支える」
と、清美は、キッパリと言ってのけると、そそくさと部屋へ戻って、化粧を済ませ戻って来た。
「カケル、さあ、精神科の北庵先生へ行きましょう。あなたの思いをワタシも一緒に北庵先生に伝えるわ! 」
「おお、ここには義父殿もおられるのか、それは久しいのう。清美殿、是非、北庵の義父上に会わせてくだされ、そうすれば、清美殿の誤解も解けようというもの」
清美は、息子がどんな病気でも受け入れるといった覚悟で静かにうなずいた。
「さあ、カケル、病院へ行きましょう」
左近は、先程から清香も清美も自分のことを左近ではなくカケル、カケルと話かけるのが分からなかった。
「ところで清美殿、先程から呼びおるカケルとは何者でござるか? 」
玄関の清美は後ろから左近の肩に手を添え、シューズボックスに貼り付いた鏡に左近をホラっと映した。
鏡に自分を映した左近は目を丸くして叫んだ。
「何者じゃ、これは?! 」
清美は、落ち着いて諭すように、
「なにを言ってるのカケル、それがワタシの息子時生カケルの姿よ」
つづく
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