第18話 十字架

 なんでもない平日の昼下がり。

 大門唯我はある一軒家の前に立っていた。

「ここか」

 停学など構うことなく外出している唯我は目の前の一軒家のインターフォンを押した。マイクから女性の声が聞こえる。

「あ、すみません。僕、川島高校の大門唯我って言います。息子さん……太一くんに会わせてほしくて」

 マイクの向こうの相手は少しの沈黙の後、暗い声で「どうぞ……」と一言告げた。

 中に入ると、中年の女性が一人いた。女性は唯我を見ると、気まずそうに目を伏せた。

 唯我が口を開く前に女性が落ち込んだ様子で言った。

「話は……あの子詳しく話してくれないからわからないけど……あなたが悪くないことは聞いてます。太一は二階にある自分の部屋にいますから」

 唯我は一度だけ深く頭を下げると二階へと昇った。ドアには分かりやすく『太一の部屋』とプレートがあったのですぐにわかった。

 唯我はゆっくり二回ノックするとドアの向こうに声をかけた。

「俺だ。大門唯我。開けてくれ、山崎」

 少しの沈黙の後、ドアがカチャリと音を立てた。

 唯我はドアをそっと開けた。

 中には顔色の悪い、小柄な男子がいた。

 山崎太一、唯我が停学となった原因の生徒だ。

「やっぱり、許せなかった……?」

 そうだよね、と力無く笑う山崎に唯我は事実確認するかのように尋ねた。

「お前、俺が退学だの警察沙汰にならないように色々言ってくれたらしいな」

 唯我の言葉に山崎は少し俯いた。

「悪いのは僕だから……。それに学校側も大事にはしたくなかったみたい」

 唯我は「ありがとな」と礼を言った後「けど」と続けた。

「悪いのはお前じゃないだろ。悪いのは全部、お前にあんなことやらせた奴らじゃねぇか。今日だってなんで休んでる? 俺を庇ったのがバレて、何されるかわかんねぇからだろ」

 山崎の顔色がみるみる悪くなる。それだけで新人類たちが山崎に何をしてきたのかが想像できた。

「もう、いいんだ。どうなっても、そうなる運命だったんだって受け止める準備はできてる。君のせいだなんて思わないよ。君が川島高校に来た時、いろんな人の運命が変わって、僕の運命も変わったんだ。君がこれからどうなろうと……支配されるだけだった全てを変えたその事実はとんでもなくすごいことだよ。だから……」

 自分に言い聞かせるように話す山崎を遮って肩を掴むと、唯我は大声でねじ伏せるように言い放った。

「しっかりしろ山崎! あいつらは神じゃねぇぞ! ただの思春期の痛い高校生だ! あいつらが神なら一つの高校でくだらねぇ支配ごっこするわけねぇ! あいつらだって飯は食うし、風呂入るし、うんこもする! 運命なんて言葉は良いことがあった時に使え!」

 あまりの圧に山崎が何も言えないでいると、ドアが控えめにノックされた。

「二人とも、大丈夫なの?」

 山崎の母を心配させてしまったと理解した唯我は山崎から手を離すと立ち上がった。

「今日は礼を言いにきたんだ。ありがとな」

「あっ、大門くん」

 帰ろうとした唯我を山崎は咄嗟に呼び止める。しかし、伝えたいことはあっても上手く言葉にできない。

 山崎が何も言えないでいると、唯我はこれまでより優しい声で言った。

「転校してすぐの時、友達に言われたよ。お前は強いからそうやって言えるんだって」

 その通りかもな、と薄く微笑むと唯我は今度こそ部屋から出ていった。

 山崎は少しの間、呆然としていた。



 ○



 山崎家を後にした唯我は腕時計を確認するとパーカーのフードを目深に被り、帰り道とは反対方向に歩き出した。

 逃げるようにして、追い込まれるようにして暗い高架下に潜り込んだ。立ち止まると複数人の足音が聞こえた。

「何してんだ〜停学のくせしてよ!」

 唯我は声の主が帝の手下である新人類だと見なくともわかった。新人類たちはスマホを構えてニヤニヤとしている。

 普通ならまだ学校にいる時間だ。きっと帝に言われて監視していたのだろう。

 カシャリと、シャッター音が聞こえた。

「コレ見せたらお前の停学もっと伸びるぜ〜、下手したら退学? アッヒハ……あ?」

 不愉快な笑みを浮かべていた男の手からスマホが一瞬にして消えた。振り返ると、男の後方でバキバキに画面の割れたスマホが転がっていた。

「ぎゃあああああああああああ! 俺のスマホぉぉぉぉぉぉぉ!」

 唯我は石ころを一つ、手の上で遊ばせていた。男たちはその石ころでスマホを撃ち抜かれたことを理解する。

 唯我は石ころを少しだけ高く放ると自分の掌に落下すると同時に力強く握りしめた。粉々の破片だけがパラパラと落ちる。

「俺は今、機嫌が悪いんだ」

 いくつかの悲鳴が響いた。

 結局、唯我の外出がバレることはなかった。



 唯我が停学になって十日。

 その日はどんよりとした曇り空だった。

 久しぶりに袖を通す制服はやけに新鮮に感じられた。

「よし、行くか!」

 音也や真琴の安心した顔を想像して顔を綻ばせる。

 昨日の時点でも無事という連絡をもらっていた唯我は安心して登校していた。

「なんか、えらく久々に感じるなぁ……ん?」

 川島高校に到着した唯我が正門で感傷に浸っていると、玄関前に生徒が集まっているのが見えた。

「何やってんだ?」

 少し近づくと、人集りの理由が明らかになった。

「…………!」

 その光景に唯我は絶句する。

 そこには四メートルほどの粗末な十字架に吊るされている真琴がいた。




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