第13話 策略

 大門唯我が川島高校に転校してきてから一ヶ月が経った。

 唯我はすっかりクラスに馴染み、高田が大人しくなったこともあり、クラスの雰囲気は随分明るくなった。

 もちろん、この一ヶ月も新人類の横暴はいくつかあったのだが、唯我が声を掛けるとそそくさ退散するのだった。

「おかしい。絶対に何かがある」

 音也はこの一ヶ月、この言葉を言い続けていた。

「おかしいって何がだよ。これが普通だろ」

「そりゃそうだけど、ここは川島高校だ。お前はともかく、宣戦布告しちまった俺が何もされないなんて絶対何か裏がある」

 そうやって帝たちを警戒していた音也だったが何事もなく一ヶ月が経過してしまい、流石に少しだけ警戒が緩んでいた。

「ねー、二人とも放課後クレープ食べに行かない?」

 二組の学級委員長である本田真琴が二人の席にやってくる。真琴も以前と違い、やはり明るい。

「いいじゃん。腹減ってたんだよ」

「放課後の話だ。昼食ったばかりだろバカ」

 真琴は二人の様子に吹き出した。

 音也も真琴も不安を感じながらも学校生活を心から楽しんでいた。できることなら卒業までこの生活が続いてくれと、そう願っていた。

 しかし、平穏は続かなかった。

 約束通りクレープを食べに行こうと三人が廊下を歩いていた時だった。

 唯我は正面に立っている一人の男子生徒、その様子がおかしいことに気づいた。生徒は廊下のど真ん中で俯いたまま動かない。

「二人とも、先行っててくれ」

 何も気づいていない真琴が「どうしたの?」と尋ねるが、不穏な空気を察した音也が真琴を誘導する。

「気をつけろよ」

 不敵に笑うと唯我は自信満々に答えた。

「誰に言ってんだ」

 音也は真琴を連れてすぐにその場を離れた。

「ね、ねぇ。唯我くん大丈夫だよね?」

 不安な表情の真琴に音也は「わからない」と口にした後、それでも迷いなくはっきりと言った。

「でも、あいつならなんとかなる」

 真琴は不安な表情のまま、ゆっくり頷いた。

「なんか俺に用かよ」

 目の前の男子生徒に声をかける。よく見ると、その小柄な生徒は小さく震えていた。

「おい、お前……」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その普通ではない様子に唯我が近づこうとした瞬間、小柄な生徒は叫び声を上げて唯我に突進してきた。

 その手にはナイフが握られていた。

 唯我は冷静にナイフを持っている手首を押さえ、手刀でナイフを落とさせる。

「何やってんだお前…………なっ⁉︎」

 自分の手が血まみれだったことに驚いた唯我はそれが襲いかかってきた生徒のものだと気づくのに数秒かかった。

「うっ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 見ると、目の前でさっきの生徒が手首を押さえて苦しそうに叫び声を上げていた。鮮血が床を染める。

「おいっ! 大丈夫か! お前……おい! 保健の先生呼んできてくれ! 誰か!」

 急いで110番をし、出血箇所にハンカチを当てる。唯我は生徒に声をかける。

「おい! 聞こえるか! しっかりしろ!」

 生徒は痛みからか涙を流して、何かを呟いていた。

「あんま喋んな、もう少しで先生が来る」

 それでも何かを呟く生徒に気になった唯我が耳を覚ますと、小柄な生徒は一言だけを繰り返し呟いていた。

「ごめん」

 不審に思った唯我が顔を上げると、保健教師だけでなく、校長や他の教員も駆けつけていた。

「先生、こいつ手首切ってて……」

「大門唯我! お前、何してんだ!」

 教師の言葉が理解できず、一瞬思考が止まる。すぐに自分がこれをやった犯人だと思われていることを理解する。

「俺じゃねぇ! いや、今はそんなことより……」

 離れろ、と強引に引き離される。養護教諭の女性が容体を確認している。

「もう、救急車は呼んでます! てか、お前ら見てただろ! 俺がやってないって」

 周りの生徒に呼びかけるが、全員、唯我から目を逸らし何も答えない。

「くっ……なんで……」

 よく見ると目を逸らしている生徒たちの間に柄の悪い生徒たちがいることに気がついた。これは間違いなく事前に計画されたものだった。

「その子です! その子が!」

 その時、教師の影から一人の生徒が現れる。生徒は唯我の方を指すと大声でそう言った。

「てっ……めぇ!」

 白々しい演技で教師たちを騙していたのは、間違いなく帝優だった。帝は他の人間に見えないように唯我に向けて勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

「…………」

 唯我は取り押さえようとする教師たちに一切抵抗せず、黙って身を任せる。

「なんでも、お前の好きになると思ってんなら大間違いだぞ」

 帝に向けて唯我はそれだけを言い残し、教師たちに連れられていった。

「ハッ、今のお前が言うかよ」

 唯我には一週間の停学が言い渡された。

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