第12話 二つの笑い声

 カラスの鳴き声がやけに響く河川敷。

 夕陽色に染め上げられたその場所で、二人は座り込んでいた。周りには倒れて動かなくなった新人類たちがいる。

 乱れた呼吸が中々戻らず、傷や汚れだらけの音也とは反対に、唯我は無傷で汚れもなく、ただ目の前の夕陽に見惚れていた。

「お前……強すぎだろ」

 音也は改めて目の前の男の強さを目の当たりにして驚愕した。おそらく、何十人、何百人だろうが結果は同じだろうと、そう思ってしまうほど唯我は強かった。

 唯我は夕陽を眺めながら、気の抜けた声で言った。

「……音也こそ、ウジウジビクビクしてた癖に強いじゃねぇか」

 音也は少しだけ気まずそうにした後、はっきりと言った。

「そうだ。黙ってて悪かった。俺も……あいつらと同じだ」

 音也も身体能力に優れた新人類の一人だった。それでも帝を前に敵わない相手がいることを知り、屈した。

「俺は……その中でも耳がかなりいいんだ。だから帝のことも、秩序の守護人おまえのこともあいつらの話聞いて知ってた」

「――別に」

 唯我は驚くことなく、当たり前のようにして言った。

「あいつらと同じとか、そんなのねぇよ。俺もお前も、真琴も、帝ってやつも、全員同じ人間じゃねぇか」

 音也はポカンとした後、堪えきれずに吹き出した。

「何笑ってんだ?」

 不思議そうに尋ねる唯我に音也は心底おかしそうにしながら答える。

「いや、そこまでくるとお前もう聖人か、神様じゃねぇかよ。悟ってんのか?」

 また笑いだした音也に唯我が文句を言って怒る。

「お前、それが窮地を救った友に対する言葉か!」

「窮地にしたのお前だろ! ……はーおかし」

 音也を睨んでいた唯我もそのうち同じように笑いはじめる。

 夕焼けの河川敷に二人の笑い声が響いた。



 それから一週間経った頃。

 自販機に飲み物を買いに来た唯我は同じクラスの高田哲夫が数人から殴られているのを目撃した。

 哲夫に抵抗する様子はなく、ただ黙って殴られている。

「何してんだ、お前ら」

 見かねた唯我が声をかけると、一人が大声を上げて詰め寄ってくる。

「あぁ⁉︎ 文句あるんか⁉︎」

 唯我を殴ろうとした男に仲間がバツが悪そうに声をかけた。

「やめとけ、こいつ……例の……」

 それを聞いた男は舌打ちをすると、唯我に意味深な言葉を吐き捨てた。

「好き勝手やってられるのも今のうちだ。せいぜい悔いの残らねぇようにな」

 去りゆく男たちの背中を見ながら唯我は「好き勝手やってんのはお前らだろ……」と呆れた様子で肩を落とした。

「次同じような場面にでくわしても、何もすんじゃねぇぞ。迷惑でたまんねぇ」

 そう言ってさっさとその場を去ろうとした高田を唯我は引き留める。

「待てよ、なんかあったのか。帝ってやつと」

 帝、という名前に高田の体が硬直する。唯我は高田の反応に、自分の予想が当たっていたことを確信する。

「調子に乗んな。お前は帝さんの気まぐれで生かされてるだけなんだよ。さっきの奴らが言ってただろ。もうすぐお前も地獄を見る」

 唯我は大きくため息をつくと自販機に小銭を投入する。

「アホか、お前」

 唯我の言葉に高田が「あぁ⁉︎」と振り返る。しかし、すぐに挑発に乗せられたことに気づき顔から怒りを消す。

「なんだよ、生かされてるって。俺が生きるのにあいつは関係ねぇ」

 一度目を合わせると、唯我の貫くような視線に身動きが取れなくなる。

「お前らはほんっっと、他人がなんだかんだとうるせぇな。お前の人生だろ。何いいように殴られてんだ。ましてやそのガタイで。やり返して、帝ってやつもぶっ飛ばしゃいいじゃねぇか」

 高田は歯軋りをして拳を握った。

「好き勝手してた俺を止めたお前が言うかよ……。帝さんをぶっ飛ばせるやつなんざこの世にはいねぇよ。あの人は……ヤバすぎる」

 尋常じゃない汗で何かを思い出している高田。その表情を唯我は既に一度見たことがあった。音也も帝のことを話すときは同じ顔をしていた。

「あれがお前の好き勝手か? 帝の好き勝手だろ」

 ジュース片手に唯我は高田の隣を通り過ぎる。

「お前、やりたいこととかないの?」

 そう言い残し唯我は戻っていった。

「……ぁぁあ!」

 絞り出すような叫び声を上げた高田が地面を叩きつけると、地鳴りのような音が鳴り、自販機がガタガタと音を立てる。

「クソ……わかってんだよ……クソッ」

 高田は少しの間、空を見なかった。



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