第10話 放課後

 放課後、唯我と音也は学校から少し離れた住宅街にいた。

「どういうことだよ」

 その空気はどう見ても穏やかではなく、二人は正面から睨み合っていた。

「大人しくしてくれって言ったんだ。これじゃ、僕たちまで危険な目に遭う」

 唯我は当然、了承しない。

「俺は普通だろ。大人しくするのは好き勝手してる新人類あいつらの方じゃねえか」

 唯我の言葉に音也は歯軋りすると珍しくイラついた様子で反論した。

「ここは元々そういうところなんだよ。……そういう風にやってるんだ。他所から来てここの秩序を乱してるのはお前だろ」

 音也はなぜ自分がこんなにも苛立つのか理解していた。

 結局、唯我の言っていることは全て正しいからだ。ここにさえいなければ、おかしいとすぐに言えたことばかりだ。

「何が“秩序の守護人”だよ。期待させるようなことするな……どうせお前も……お前もボロボロに砕かれて消える」

 苛立ちながら、しかし、心底悔しそうに音也は拳を握る。

「……なんのこと言ってんだ」

 音也は深呼吸をして冷静さを取り戻すと、少しだけバツが悪そうに、しかし内容は変えずに再度釘を刺した。

「とにかく、もう新人類あいつらに関わるな。転校が多いって言うなら転校までできる限り大人しくしててくれ」

 それだけだ、と帰ろうとした音也の背中に唯我は声をかける。

「嫌だ。おかしいぞ、ここで起こってること見て見ぬふりしてる教師もお前らも。普通なら絶対に許せねぇだろ。友達とか周りの奴が暴力振るわれたり、脅されたりしてたらよ」

 無神経な、しかしそのどうしようもない事実に、音也は怒りの形相で胸ぐらを掴んだ。

「昨日転校してきたお前に何が分かるんだよ……いいよなっ! 力があるやつはそうやって弱い奴に好き勝手言えて! お前には分かんねぇだろ! 逆らえば大勢で半殺し。一度目をつけられたら人間以下の毎日。お前みたいに薄っぺらい正義感で動いた人間が後悔と絶望の顔して、何回も堕ちていくのを見たよッ! 大人たちも国も見て見ぬふり! 外に助け求めても新人類が怖いから学校のやつら全員口裏合わせて一人を切り捨てる! なぁ⁉︎ お前に何がわかんだよ! 自由気取って周りのことも考えず好き勝手やってるお前に!」

 息が切れるほど激しく言葉を発した音也を唯我はただ黙って聞いていた。

 唯我が何も言わないでいると、音也は制服を掴む手を離して再び背を向けた。

「三年間、このまま大人しく卒業する。それだけが俺たちの希望なんだよ」

 忌々しげに吐き捨てた音也の背中はどこか弱々しかった。

「俺なら――」

 しかし、音也がそれだけ言葉にしても、どれだけ伝えても、唯我もまた言葉を曲げなかった。

「――俺なら絶対に抵抗する。どうなろうが、その結果死んじまっても、絶対に、最後の最後まで。新人類あいつらが間違ってると思ったなら何がなんでも曲げねぇ」

 今の俺が何言っても信じられねぇだろうけどな、と付け加える。

 音也は先程までと違い、今度は落ち着いた様子で振り返らずに言った。

「お前はまだ分かってないんだ。俺が本当に恐れてるのはあの集団じゃない。ただ一人、たった一人なんだよ」

 音也のはっきりしない口ぶりに唯我が訝しむ。たった一人、唯我には心当たりがあった。

帝優みかどゆう。お前が今朝あった男だ。あいつは――別格なんだ」

 唯我は今朝の男を思い出すと同時に帝の拳を受け止めた自分の掌を見つめる。もう痛みはない。

「お前も終わりだよ。あいつに目をつけられたら……。あいつこそ本当の新人類……とは作りが違う」

 これまでとは違い、恐怖を感じる声に唯我は教室での音也を思い出す。あれは帝に怯えていたからだったのだ。

「あいつは他の奴と違って自分で手を下すようなことしない。普通の生徒として振る舞ってる。だから、一部以外にはあいつの力は知られていないんだ。そんな帝が、今回は自分で動いた……」

 心底、恐怖した様子の音也に唯我は軽い調子で答えた。

「なるほどな、通りで。一瞬凶暴な顔になったと思った。そういうことか」

 唯我の様子に音也は「は?」と信じられないと言った表情で驚いた。

「お前、分かってるのか? 自分の状況が」

 唯我はいつもの軽い調子で言った。

「あいつがめちゃくちゃ強いからなんだってんだよ。俺には関係ねぇ。そもそも、普通にスクールライフ送ってるだけで、なんも問題起こしてないからな」

「お前…………っ!」

 そこで音也は突然硬直する。その様子に唯我は眉を顰めたが、すぐに怠そうにため息を吐き、渋々といった調子で振り返った。

 道の向こう、ぞろぞろとガラの悪い男たちがこちらに向かってきていた。男たちは二人と同じ制服を着ている。

「見ろ……始まったんだ、見せしめが」

 絶望する音也に対して、唯我は全く焦った様子を見せず一言。

「よし、逃げるか」

 唯我は音也を軽々、小脇に抱えると風のように走り出した。逃げ出した二人を見た男たちが大声を出して追いかけてくる。

「これでお前もタダじゃすまねぇな! 言い訳が通用するほど利口な連中じゃねぇだろうし」

「なっ……僕を巻き込むな!」

 脱出しようと暴れるが音也を抱える腕が緩むことはなかった。

「音也、今をなんとかしたいなら自分で変えろよ。期待して待ってるだけじゃ結局同じだろ、ずっと」

 唯我の言葉に音也は弱々しく呟く。

「ふざけるな……偉そうに……」

 唯我は汗ひとつかかず走り続ける。

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