第8話 邂逅
翌朝、席で読書をしていた音也に真琴は興奮した様子で詰め寄った。
「ねぇ、音也くん。唯我くんってすごく……」
音也は真琴の口元を手で覆うようにして押さえると首をゆっくりと横に振った。周りを気にした様子で視線を回す。幸いにも周りの生徒は噂話に夢中で真琴の言葉を気にしている様子はない。
「本田さん、このままじゃキミも無事じゃ済まないよ」
冷たく言い放つと、音也は机の上の本に視線を戻した。
真琴が何を言おうとしていたのか、音也には分かっていた。クラス中からいやでも聞こえてくる噂。その内容はこうだ。
昨日の放課後、新人類である生徒が何人も廊下に倒れていた。いくつもの破壊跡から、新人類同士の喧嘩だと思われている。しかし、本人たちは黙秘している。
そして、今の真琴の発言に出てきた一人の人間の名前。
音也には大方、予想がついていた。
「あいつらは絶対に仲間割れしないんだよ……」
呟いた後、教室一の巨体である高田哲夫に目をやる。哲夫は頭に包帯を巻いていた。
新人類は傷の治りが常人とは比べ物にならないほど早い。個人差はあれど、包帯など巻く必要はほとんどない。
隣はまだ空席。図々しい転校生の顔が浮かんでくる。
今も――ただのヒーロー気取りだと思っている。
まさか――
淡い期待を振り払う。こんなことは幾度となくあった。その全てが容赦なく、残酷に、呆気なく、打ち砕かれたのだ。今さら得体の知れない転校生に期待などしても、無駄なのだ。
ブツブツと文句を垂れた真琴が席へ戻ろうとしたその時。
陽気な声がした。
「おはよう! 皆の衆! 高田いるか〜」
その声を聞いた瞬間、音也の全身が硬直し、全身から汗が止まらなくなる。
「……? どうしたの音也くん」
音也は黙ったまま下を向いて動かない。そこで真琴は自分の袖を音也が握っていることに気がつく。力強く、しかし、その手は小さく震えている。
高田はいつもとは違い、か細い声で返事をし、ノロノロと男の方に向かう。
「おいおい、朝から辛気臭いじゃねぇの!」
男はじれったいとばかりに教室に入ると、高田と肩を組んで笑った。反対に高田の表情は暗い。
「んじゃ……行こうか」
クラスでは誰も逆らえない王様である高田が好きにされているのを見て、クラスメイトがざわつき始める。だが、取り巻きの二人だけは自分の席で下を向いたまま微動だにしない。
音也の鼓動が早くなる。早くいなくなってくれと祈るしかなかった。
しかし、あと出口までもう少しという時に、ちょうど入ってきた一人の生徒と男の肩がぶつかる。
「お、悪ぃ」
そこで追い討ちをかけるように別の声がした。音也が入口の方に目を向けると、例の転校生が男と向かい合っていた。
「こっちこそ悪いな」
周りに聴こえるのではないかと思うほど心臓の音がうるさく響く。音也は二人から目を離せない。
クラスに緊張が走る。
二人の異様な雰囲気に周りが静まり返る。
息をすることさえできない張り詰めた空気の中で。
緊張が最高に達した時――
男が動き出した。
男は唯我の側頭部目掛けて目にも止まらない速度で拳を放った。唯我はそれを掌で受け止めると男の顎めがけてアッパーを打つが、状態を逸らされ軽く躱されてしまう。
「…………」
クラスが緊張から解き放たれる。
「何すんだよ」
唯我の問いに男は爽やかに笑った。
「いや、ごめんごめん。この学校何かと物騒だろ? 舐められたら終わりだから気張ってて」
もう一度謝ると、男は高田を連れて教室から出ていった。
「なんだ、あいつ……」
そこで唯我は自分の掌を見つめる。まだヒリヒリした感覚が残っていた。
「おーっす。どした音也、すごい汗だぞ」
何事もなかったかのように挨拶する唯我に音也は震えながら、絞り出すように弱々しく言った。
「大門、放課後……話がある……」
尋常ではない音也の様子に疑問を抱きつつも唯我は二つ返事で了承する。
「お前、ほんと大丈夫か?」
真琴も不安そうな顔をするばかりで理由は分からないようだった。
音也は放課後まで一言も喋らなかった。
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