第5話 学校案内2
その後、学校案内は無事終わり、唯我は満足そうに廊下を歩いていた。
「今日はありがとな。助かったよ」
「ううん。学級委員長だもの。これくらい当然よ」
真琴は胸を張って言った。
「あーあ。私も新人類だったらなぁ。堂々と学校生活送って、ピアノ続けてるのに」
ピアノしてたの? と唯我が尋ねると真琴は滑らかな動きで見えない鍵盤を弾き始めた。
「うん。でもね。新人類の女の子がものすごい動きでピアノ弾いてるの見て、挫けちゃった。音の聞こえ方が違うんだって。何時間とぶっ通しで弾いても疲れないし……。私も新人類ならなんでもできるのになー」
寂しそうに手を止める真琴に唯我は真顔で言った。
「俺は全然弾けないぜ、ピアノ」
同じように空中で指を滑らせる唯我だったが、その動きはぎこちなく、とてもピアノを弾いているようには見えない。
何がしたいのか分からず、真琴は思わず首を傾げる。
「んー、なんつーか。そいつは確かにすごいんだろうけど、努力もめちゃくちゃしてんじゃねぇかって話」
小さく息を吐くと、唯我は窓枠にもたれかかった。
「どう思ってるか知らねぇけど、多分、お前らが思ってるほど万能じゃねぇぞ。俺たちは」
唯我は真っ直ぐに真琴の目を見据える。
「やりたいんなら、やるのが一番いい。他人なんか関係ねぇ。俺だってそうさ。ここの奴らのルールなんか知らねぇよ。俺が邪魔だと感じたなら破らせてもらう」
あまりに強い眼光に真琴は次第に意識が朦朧としてくる。視界がぐらぐらと揺れて、立っていられないほどだった。
「あ、おい!」
倒れそうになった真琴を慌てて支える。
「大丈夫……」
真琴は全身が小刻みに震えており、なんとか自力で立てるくらいだった。
「なに……今の」
震えはすぐに止まり、真琴の体調も回復する。
「お前、ほんとに大丈夫か?」
心配する唯我に真琴は気にさせまいと元気よく返事をする。
「あ、そうだ。一つ気になってたんだけどさ。あっちって何があるんだ?」
唯我が指差したのは空き教室があるところだった。真琴は慌てて、伸ばしていた唯我の指を折りたたむ。
「あっちはダメ。あそこは新人類の人たちが溜まり場にしてるところだから」
それを聞いた唯我は「ふーん」と興味がなさそうにした。
「そっか、ならいいや。よし、帰ろうぜ」
「うん」
二人が帰ろうとすると、背後から足音が聞こえてくる。それもかなり大勢。真琴は焦った様子で唯我に帰ろうと声をかける。
しかし、帰ろうとした唯我の後頭部を一人が殴りつけてくる。
「いってぇな……」
「ダメ……! 約束したでしょ!」
真琴の制止も虚しく、両者が対面してしまう。振り返ると、ゾロゾロとガラの悪い生徒が唯我を睨みつけていた。十数人はいる。
「ああ。だから、俺を殴った奴が謝ったらそれでしまいだろ」
新人類であろう大勢に対して唯我は一歩も引かない。
「真琴、先帰ってろよ。後は俺一人で片付ける」
恐怖に震える真琴は、しかしそれでも帰ろうとしない。瞼の裏に見えるのは同じように彼らに歯向かい、完膚なきまでに叩きのめされ、別人のように大人しく、惨めな姿になった生徒たちだった。
「ダメ……ごめんなさい! 私が謝ります! なんでもしますから、お願いします、唯我くんを……」
なぜ、今日会ったばかりの人間のためにここまでしているのか。それは今まで散々、他人を見捨ててきた自分に対する罰、そして既に耐えきれなくなっていた罪悪感から逃れるためでもあった。
自分勝手な自分が改めて嫌になる。
「帰れッッ!!!!!!!!!!」
唯我から発せられた轟音に真琴だけでなく、新人類たちまでビクつく。しかし、まだ迷っている真琴に唯我は迷うことなく言った。
「真琴、自分のことを間違ってないと思うなら堂々としてろよ。じゃねぇと、お前がいなくなっちまうぞ」
唯我の言葉にこれまでにないほど胸が痛む。図星をつかれたのだ。これまで目を背けてきた真実を突きつけられた。真琴の目に涙が浮かぶ。
「行け!」
真琴は勢いよく走り出した。一度も振り返ることなく。
「ごめんっ……ごめんっ、唯我くん……!」
真琴がいなくなり、改めて唯我は一人になった。
目の前の新人類たちは揃いも揃ってニヤニヤと趣味の悪い笑みを浮かべている。
「ヒーロー気取り……くくっ、もう外歩けないくらい辱めてやるよ〜転校生チャ〜ン!」
野太い声が気持ち悪く重なる。しかし、唯我は同じように笑みを浮かべた。
「何がおかしい……今までにない絶望で笑うしかなくなったか? それとも自分に酔いすぎて、現実がみえなくなっちまったのか!」
大声を上げて下品に笑う新人類たちに唯我は拳を鳴らして答える。
「これがお前らのやり方だって言うなら、完璧に叩き折っておかねぇとな。二度とその下品な笑い方ができねぇように」
「あ? 状況わかってんのか?」
ガタガタと窓枠やドアが音を立て始める。
「――――これは正当防衛だ。クソ野郎ども」
「目ェ覚まさせてやるよ!」
男たちが勢いよくぶつかった
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