第4話 学校案内

 放課後、唯我は大きく伸びをした。

「音也、真琴に学校の中、案内して貰うんだけど、一緒にくる?」

「僕は案内して貰わなくても知ってるよ……」

 音也は一言だけ返すと、そそくさと教室を出ていった。

「なんだぁ……あいつ」

 首を傾げていると、後ろから誰かに背中をつつかれる。振り返ると真琴がちょこんと立っていた。

「行こっか!」

 二人は教室を後にした。



「あいつ、冷てぇんだよ。話しかけても全然ノッてこねぇ」

 案内の最中、二人は音也さんについて話していた。

「まだ出会って一日目でしょ? そんなもんだよー」

 真琴の言葉に唯我は納得できない様子で唸り声を上げる。

「いや、なんつーか。抑え込んでるっていうか、無理してるように見えるんだよなぁ。ほんとは俺と仲良くしたくて堪らないのに」

「ポジティブで仕方ないね……唯我くん」

 しかし、真琴は心当たりがあるようで声のトーンを落とすと俯いて話し始めた。

「ねぇ、聞いて。音也くんだけじゃない。クラスのみんな同じなの。下手に仲良くすると何されるか分からないから」

 唯我は分かりやすくため息を吐くと「あいつらか……」と何かに向けて言った。真琴が顔を上げると、前方で一人の生徒がガラの悪い生徒に絡まれていた。

 真琴は黙って唯我の袖を握る。

「私たちは……新人類あのひとたちに目をつけられないように必死なの」

 唯我が思い出したのは忠告をしてきた時の音也と真琴の顔だった。二人とも目に光のない暗い表情だった。

「最初は逆らう人もいるんだけど、すぐに集団で酷い目に遭わされて……。そうなったら、三年間、酷い仕打ちに耐えるか、転校するかの二択しかなくなるの……」

 今朝の高田の慣れた様子からして、この学校ではあれが当たり前なのだろう。唯我の胸中にモヤモヤしたものが溜まっていく。

「私たちは今のままでもいい。波風立てずに三年間が終わってくれれば。だから……唯我くんはこれ以上何もしないで。酷いことになる前に転校して……って」

 真琴が話している最中、唯我は真っ直ぐに絡まれている生徒のもとへ歩き出した。

「ちょっと! 唯我くん!」

 怒りを顔に滲ませながら、唯我は拳を握りしめる。

「悪いな真琴。俺、ああいうのは許せねぇんだ。おいッ!」

 唯我は絡んでいる生徒を、驚くほど大きな声で呼び止める。

「気分悪いんだよ。さっさと家帰って寝とけや」

 ガラの悪い生徒は掴んでいた胸ぐらから手を離すと、唯我の方に怒りで突進してくる。

「ダメ! 唯我くん!」

 真琴の静止も虚しく、唯我に相手の一撃目が当たる。しかし、唯我にダメージがある様子はない。

「正当防衛」

 ニヤリと笑うと唯我は相手の腹に一撃お見舞いする。ガラの悪い生徒はそれで動かなくなってしまった。

 あまりに見慣れない光景を真琴は息を荒くして見ていた。その胸中に薄らと浮かぶのは諦めたはずの日常だった。支配や恐怖とは無縁の普通の学校生活。

「……ダメ。このままじゃ唯我くんも……」

 淡い期待を慌ててかき消す。これまで幾度なく打ち砕かれてきたものだ。ちょっと変わった転校生がなんとかしてくれるなんて、そんな都合のいい夢物語があるわけがない。真琴は自分に言い聞かせる。

 絡まれていた生徒は唯我には見向きもせず、慌ててその場を走り去った。唯我は倒れている生徒の体を片手で持ち上げると隣の教室に放り込んだ。

「証拠隠滅! さ、続き頼むよ真琴」

 呑気に戻ってきた唯我に真琴は声を荒げた。

「ダメって言ったでしょ! 死にたいの! 唯我くん!」

 真琴は真剣に唯我を怒ったが、当の本人は全く気にしていない。

「しょうがねぇだろ。あんなの見せられたら。誰か止めねぇのか、ああいうの」

 唯我の言葉に言い淀む。止められるものなら、止めている。止めるに決まっている。入学して以来、目の前で行われた数々の蛮行を見て見ぬ振りするしかなかったのだ。もう、良心なんてとっくに腐りきっている。なのに、目の前の転校生は今更、突然現れて、真琴の罪悪感を募らせてくる。もはや、怒りさえ湧いてきていた。

「唯我くんがそうやってしてるうちは学校案内はしません。今日はもう帰ります」

 顔を背けて帰ろうとする真琴を唯我は慌てて引き留める。

「ま、待てよ! わかった。わかったよ。もう手出さないから」

「本当ね?」

 唯我は強く頷く。真琴や音也の話からして、ここを逃せば他の生徒もしてくれなさそうだったので、唯我は真琴に従うことにした。

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