DAYS2 -10- 『ここから、出ませんか?』
ナナミと二人でホールへ戻る最中に、彼女は思い立ったように質問をしてくる。
「そういえば結局、お兄さんはヨミちゃん派? それともナムちゃん派?」
ヨミと二人で俺の部屋で目覚め、ナムに斬りかかられ、流石に今日の困難はこれで終わりだろうと思い、疲れでボーっとしていた所になんという質問をぶつけてくるのだろうか。
「ナナミちゃん派はー……、まぁポイント次第ですかねぇ」
彼女は本当に恋愛脳だなと思いながら、そうしてある意味そういう風に気楽でいられる――というかいようとしているのは何となく分かっていた。だが答えるべきでは無い、答える必要は全く無いのに思わずトんだ返答を口走っている自分がいた。
「まぁナナミは無いとして、ナムも綺麗だとは思うけど……」
「けど!?」
――やってしまった。
「けど!!!!」
俺は足早にホールへと急ぐ。
「けどって言いましたね! ってことはですね!」
「やっかましい!」
この少女はどれだけ元気なのだろうか、早足になる俺を追いかけながら「けど?」「けど?」と言い続ける彼女に「これ以上やると減点だからな」というと流石に黙った。
「たっだいまー!」
ナナミの声がホールにこだますると、ヨミがテテテと駆け寄って来る。
「おっかえりぃ!」
「「いえーい」」と言いながらハイタッチを交わす二人に、やや苦笑しながら部屋中央のソファを見ると、ナムもヒラヒラと手を振っていた。少しは警戒を解いてくれているようで嬉しい限りだ。
「おにーさん、ナナミちゃんの足引っ張りませんでした?」
ハイタッチを終えたヨミがポニーテールを揺らしながらこちらを覗き込んでくる。テンションはどことなくナナミと似ているはずなのだが、やはり彼女の声は妙に落ち着く。元がどうだったとかは置いておくとして、人を比べるのは失礼かもしれないが、さっきの失言はともかくヨミの口調や仕草は誰よりも好ましく思えた。ただ、よく考えると、ナナミのハイテンションに振り回された所に、少し落ち着いたヨミを見て癒やされただけなのかもしれない。
「引っ張らなかった、と言いたいところだけど」
横目でチラリとナナミを見ると、彼女はニヤリと笑って、俺の方をポンポンと叩いた。
「やー! 大活躍だったよ! ナナミちゃんお兄さん好きになっちゃうかもってくらい! あの盾持ちをドカーンって、ね?」
ウインクをされて、俺はその意図を読めてしまい頭を抑える。俺の評価を上げようと話を盛ろうとしているらしい。というかヨミといいナナミといい、この少女達は、現実に起こったことをややどころかしっかりと歪曲して話す傾向がある気がする。
「いや、真に受けないでくれ。言うのも悲しいが足はそこそこ引っ張った。ただ、格好悪い所も見せたけど頑張りはしたさ」
俺はヨミに正直な感想を話すと、隣でナナミがむくれた顔をしていた。俺はどちらかというと正直者が好きだし、正直者になりたい。だからこれで良いのだと思う、ナナミが言う所の好感度みたいな事は、嘘で高めようとしても仕方がない。上手くやっていく為の嘘が必要だとしても、癖にしないためにもなるべく正直でいたいと思った。尤も、そんな事を考えていられる場所でもないようにも思えたのだが、それが彼女達――とりわけナナミの生きる力になるのならばある程度は弄られても多目に見ようと思った。
俺の話を聞いたヨミはホッとした表情を見せる。
「ん、頑張ったなら良かったです! でもナナミちゃん好きとかー! そういうの軽々しく言うのはダメなんだよ!」
ワイワイとジャレあう二人を尻目に、ナムに声をかけようと前へ進むと、すれ違い様にナナミが「もう、男の人は見栄くらい張らなきゃダメですよ!」と俺の耳元で囁いた。
「流石、出来る女は違うな」
笑いながら頭を小突くと、ナナミは嬉しそうにしていた。
「あ、でも本当に仲良くなってる……」
誰に言うわけでも無くそう呟いたヨミの声に少しだけ嫉妬心のような物を感じたのは、流石にうぬぼれすぎかもしれない。だが、最初に俺が組んだのは彼女だ。それを忘れたつもりは少しも無い。俺はポケットに入れたままの一発の銃弾を握って、彼女に危険が迫った時が来たとしたら、今度こそその身を以て守りたいという気持ちを確認した。
ナムの近くまで寄ると、彼女は少しだけ笑みを零しながら、その青刀を整備する手を止め、チラリとこちらを見た。
「や、にーさん。生きてたかい」
「ああ、何とか生きてたよ先輩」
少し疲れた顔の彼女は「そりゃ良かった」とだけ言うと、またその目を青刀に落とした。よく見ると、真新しい血液が付着しているのが見える。青刀を見ている俺の視線に気付くと、ナムは視線はそのままに、刀の整備をしながら語り始めた。
「あぁこの血? 部屋開きだよ、部屋主は無事。でも部屋主が出てきてくれないんだよな」
「部屋開きって、こんなに頻繁に起こるもんなのか?」
「まぁ、まちまちかな。でもこれだけ間が空いた後に連日ってのはビックリだ。まだあんまり部屋が開いて無い頃なら同じ日に二度って事だってあったけど、最近じゃにーさんの前は半年近く前かな」
彼女は慣れた手付きで紙のような物で丁寧に刀の血を拭いた後、その上から何らかの液体を足らし、全体になじませていく、鞘のような物はどうやら見当たらないが、手入れの丁寧さからその刀への愛情が見て取れた。
「じゃあ、残り一部屋か?」
「そーだね。気をつけやすくて助かるよ。生存者が減っていくにつれて助けられる人も減っていくんだ。部屋が複数あると持ち回りで見回りをしていても大変だしね。あ半年も開かなきゃ気も緩むし、見回りのやる気も下がる。にーさんが助かったのはほんと奇跡みたいなもんだよ。あとあの部屋の子も」
彼女はそう言うとホールから一番近いドアを刀で指し示した。
「あそこ、そりゃあそこがノックされていたら分かるさ。 でも、出てきてくれないことにはねぇ。それに、なんか隣の部屋との間隔的に、えらいデカイ部屋っぽいんだよね」
「部屋主の特徴とかは?」
「ぜーんぜん、姿も見えない。でも声は女だった。ククク、良かったね、にーさん。
口説いてきたら?」
ククと笑みを溢す彼女の仕草は、本当にその見た目から考えると不釣り合いで、どうにも違和感が拭えない。その美麗な体に腰まである長い黒髪、凛々しい顔でそんな事を言うものだから、ナムとは話す度にたじろいでしまう。
そうこうしているとヨミが近くまでやってきて話に混ざってくる。
「あ、部屋開きの話です? 今度は上手くやりましたよ! 私も大型、やっつけたんですから!」
「うん、ほんとーーーによく頑張ったよヨミは、でもあんな無茶、もうしちゃダメだからね?」
――どうしてだ、どうしてナムはこの優しさというか、朗らかさをヨミ以外に出せないのだ。
「ナムは本当にヨミに甘いな」
「そりゃあ、愛しているもの」
「愛されてるんですよねぇ……、はぁ……」
その愛というものが、どういった愛なのかまで深く追求することはしなかったが、一方的な愛が時に暴走することを身をもって知っている俺は、その深さが、悪く言えば根深いのだろうと思った。
「ヨミに対する態度のほんの少しでもこちらに向けてくれたら、その見た目ともマッチするんだけどなぁ」
「私ってそんな見た目と合わない?」
ナムがやや不服そうにこちらを見る。だが合わないものは仕方がないのだ、おしとやかにして欲しいなんてお願いは決して出来ないが、正直者が損を見るとしても、合わない。
「合わない、な。こう言うのも癪だけれど、そんなに綺麗な顔立ちでぶっきらぼうな言葉が出てくるのは違和感が」
褒めたのか貶したのか分からないような言葉をぶつけてみると、ナムはヨミの顔を不安そうに見た。
「ヨミも、合わないと思う?」
「私はノーコメントで! 私とお揃いでその髪を伸ばしてるっていう件についてもノーコメントで!」
「その髪、お揃いで伸ばしてたのか……」
愛が深い、というよりも重いし、やや怖い。
「うーん……。じゃ、切っちゃうか!」
言うやいなや、ナムは青刀を首筋に当て、俺とヨミが制止する暇も無く自分の髪に刀を入れた。バサッと黒髪が床に散らばる。
「あー!!!!! いやいやいやいや!! だからって!だからって!!」
ヨミが慌てている。少し遠くでチョコレートを齧りながら天使のような表情をしていたナナミも、チョコを放り出して物凄いスピードで駆け寄ってくる。
「バカーーーーーーー!!!!!」
あぁ、女三人集まってしまった。これを姦しい。きっと姦しいと呼ぶのだ。こんな様子じゃ天岩戸も開くだろうに、廊下からも見える新たな部屋の主は未だ姿を見せないし、出てくる気配すらない。
「ハサミ取ってくるから!!! 絶対そのまま! 絶対そのままね!」
そう言いながらナナミは物凄い形相で廊下を爆走していく。
「もう、元はと言えばおにーさんが合わないなんて言うから!」
「いや待てヨミ、私はにーさんの言うことは聞かないぞ」
「じゃあ私のせいだって言うんですか!?」
ふんわりとした論戦をしている間に、爆速で部屋から取ってきたであろうハサミを持ったナナミが現れる。
「もう、誰がどうとかじゃなく!! もう!! 乙女の命を粗末にするなってんですよ!」」
ナムの髪を器用に整えている間も、ナナミは騒がしく、ヨミは何とも言えずむくれて、ナムはやれやれといった表情で、だけれど三人で少し微笑ましい言い合いを続けていた。
「でも、なんだかんださっぱりした感じになったじゃないか。本当に似合ってるよ」
髪のセットをし終わったナムを見て、美人に磨きがかかった気がする。というよりも個人的には、あのやや長すぎる髪よりも今の短髪の方が大分好みだったというのが真実なのだが、フォローを入れてみた。
「でも命!! 髪は乙女の命!! 勢いでやるもんじゃないですよ!」
「元はと言えばおにーさんのせいでもあるんですからね!」
「いーや! アタシはヨミが良ければそれでいい!」
しかしせっかくのフォローも粉々というか滅茶苦茶で、三人三種この通りだった。
とりあえず髪の話に触れるのは諦めて彼女達から少し離れたソファに腰を降ろす。
やっと腰を落ち着けられたが、確かにホールと言うだけあって、テーブルにソファ等、寛げそうな物は沢山あった。しばらくはヨミの髪までを整え始めたナナミをぼんやりと見ていたが、流石に疲れが溜まっていたのか、少しずつまぶたが重くなって来た。
――ああ、こういう風な笑い声に包まれて眠れるなんて、幸せかもしれないな。
そんな事を思いながら目を閉じると、俺は夢すら見ないような、深い深い眠りに落ちていった。
何時間眠っていただろう。ガチャっとドアが開く音に目を覚ますと、視界が真っ暗だった。焦って顔を手で触ると、どうやらアイマスクをつけられていたらしい。それを外すと、付けっぱなしのホールの明かりが目に痛かった。時間は分からなかったが、この施設は基本的に電気が付いたままになっているらしい。周りを見ると、ヨミとナナミが俺につけられていたアイマスクをつけ、横になっているのが見える。ナムの姿は見えなかった。
そして、思い出したようにドアが開いた方向に目をやると、そこには見知らぬ痩身の女性が立っていた。茶色がかったやや長い髪を、シュシュで一本にまとめている。開いた部屋の場所は、先程部屋主が出てこないとナムが言っていた部屋。痩身の女性は、本を一冊抱えながら、おずおずとホールの方に歩み寄って来た。
それを黙って見つめていると、彼女は俺の存在に気付いたのか体をビクッとさせる。数歩後ろに下がるが、それでも思い切ったように彼女は踏みとどまり、こちらへ歩を進めてきた。
「お、おはよう」
とりあえず挨拶は大事だということで、こちらから挨拶をしてみると彼女も聞き取れない程の声で挨拶を返してくれた。
「おはよう……ございます……。えと……、あの……」
彼女が手に持った本をペラペラと捲りながら、何かを言おうとしているのが分かった。そしておそらく、見つけようとしていたページが見つかったのだろう。そのページの文章を目で追っているのが見える。彼女が小さな声で「良しっ」と呟いたのも聞こえた。
その後に、小さな声で、それでもハッキリと俺にこう告げた。
「あの……っ! ここから、出ませんか?」
突拍子の無い言葉に驚いてしまったが、その言葉には自信のような物が聞き取れた。信じるに値するかは分からないが、きっと出任せを言っているのではないのだろう。その証拠に彼女のその両目は、怯えが見えながらもしっかりと俺を見据えていた。
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