ワン

 ララたち三人は、強いて敵軍を追撃するような真似はしなかった。

 おそらくは、こちらの後詰めがきたら退却することは最初から決めていたのだろう……。

 レソン軍が退却する手際は、実に鮮やかなものであり、奇襲を仕掛けた初動の混乱ぶりが嘘のようであったのだ。


 そうなると、いかにタイゴンが強力な機体であろうとも、無理攻めをしては損害が出る可能性もあり……。

 結果として、ナナとレコは牽制を加えながらも後方へ退き、合流したララと共に後続の到着を待ったのである。


「勝ちきれなかった……」


 今回の戦いに関してか……。

 それとも、あの銀色をした戦人センジンに関してか……。

 おそらくは、両方が入り混じった感情と共に、そうつぶやく。


「仕方がないわ」


 それに答えたのは、レコである。


「そもそも、ロベの各地下壕がここまで粘れてこられたのは、所在と経路が露見していなかったからだもの。

 それが判明した以上は、どの道放棄する以外にないわ。

 まだ戦力は残してるだろうけど、その出撃経路だって特定されているということだもの」


「何だか、やられっぱなしって感じでくやしいねー」


 言葉とは裏腹に、あっけらかんとした口調でナナがそう告げた。

 カタナを腰に装着し直した彼女のタイゴンは、両手を頭の後ろで組んでおり、毎度のことながら、いつの間にそんなモーションを仕込んだのかと思わせられる。


「しょうがないよ。

 ……戦争だもん」


 ――戦争。


 その言葉を、強く意識しながらそう口にした。

 これまで、ララたちJSは従事してきた任務のことごとくを成功させてきた。

 いってしまえば、それこそが出来過ぎだったということである。


 敵もまた、着実に共和国側の牙城を崩してきており……。

 今日に至っては、性能的にタイゴンとほぼ互角とも思える新型機をぶつけてきたのだ。


 これから先、戦いがますます激化していくのは火を見るよりも明らかであり……。

 互いに、勝ちと負けを繰り返していくのだろうと予想できた。

 いや、繰り返すのならばまだいい。

 負けのみが続く状況も、十分にあり得るのである。

 そもそも、成功してきたこれまでの任務とて、アラン中尉を始めとして少なくない犠牲を払ってきているのだ。


「第三〇六地下壕、どうなっちゃうんだろうねー?」


「さっきも言ったけど、放棄するしかないと思うわ。

 それも、可及的速やかに。

 二〇三から救援が駆けつけているとはいえ、逆に言えば、今度はあちらの担当地域が手薄になっているということだもの。

 レソンがそこを突かない内に、全ての人員と運び出せるだけの資材を、残っている地下壕へ移動させるんじゃないかしら?」


「ええー!?

 それって、どのくらい時間かかるのー?」


「さあ……?

 とりあえず、一晩はかかるんじゃないかしら?」


「そんなー!」


 無線を介して伝わる姉妹たちのやり取りに、クスリと笑う。

 今日、ロベ防衛に関する状況は確実に悪化した。

 また、より局所的な視点で見るならば、例の新型機とそのパイロットは、強力な敵として再び立ち塞がることだろう。


 それでも……。

 この姉妹たちと、ワンがいるならば乗り越えられると思ったのだ。


「あー!

 ララってば、何がおかしいのー?」


「ふふっ……。

 だって」


 後続の戦人センジン部隊が到着するまでの間、しばし、姉妹で雑談を交わす。

 それは、この激戦地において、貴重な憩いの時間であるに違いなかった。




--




 かつて、戦場を文字通り縦横無尽に駆け回っていた頃と比べれば……。

 『小学校』と俗称されるブルーシートに囲われた区画内で報告を待つのみというのは、何とも退屈で、刺激の少ない仕事である。


 ――ならばいっそ。


 ――パイロットとして、前線に返り咲くか?


 どうしょうもない渇望と共に湧き上がってきた考えを、苦笑と共に押し込む。

 それは、何とも魅力的な選択肢であったが……。

 少なくとも、今の自分がすべきことではない。


 あらゆる物事がそうであるように、ワンが抱いている大望を果たすためには、地固めというものが必要不可欠であり……。

 もどかしく、かつ、遠回りであろうとも、まずはあの三人を一人前へと成長させ、ひいては後続のJSたちが量産される体制を築き上げねばならないのである。

 自分が打倒すべき相手は、決して個人の力のみで立ち向かえる存在ではないのだ。

 通信機がコール音を発したのは、そんなことを考えていた時のことである。


「僕だ……。

 うん……うん……そうか……」


 普段、前線からの通信は位置探知を防ぐために行われないが、このような場合は話が別だ。

 そもそも、味方の部隊が当該地に展開していることは敵にとっても承知のことなため、道中に中継機を設置し、遠慮なく連絡を取り合っているのである。


「うん……それでいい。

 リック大尉殿の指揮下に入り、第三〇六地下壕の撤収作業を援護してくれ。

 それから、ララには敵新型との交戦データを、こちらへ送るようにと」


 JSの指揮官役を務めるレコと、短いやり取りを終え、受話器を置く。

 そして、早速にも送られてきた新型機との交戦データを端末に表示させた。


「ふうん……。

 どのようにしてパイロットを収めているかは知らないが、敵もさるものだ」


 ララ機のレコーダーに記録された映像を見ながら、そうつぶやく。

 太陽鋼社が試作した機体は、運動性能もパワーも、タイゴンと比べてそん色はなく……。

 ワンの目から見れば、やや理性を欠いているというか、本能的な挙動には思えるものの、搭乗者もその性能をよく引き出せていた。


「今回の第三〇六地下壕陥落……。

 これによって、戦局は大きく動くことになるな」


 映像を見終わり、整備ドック内の天井を見上げながらそうつぶやく。

 JSたちの救援により、レソン軍とて相応の損害は出している。

 しかし、圧倒的な国力を誇る帝政レソンにとって、その補填をすることはさほどの苦でもなく……。


 対して、重要な防衛拠点を失ったこちらの不利は、計り知れないものがあった。

 多くの盤上遊戯がそうであるように、戦争というものは、少しでも有利な地点を確保し、そこの守りを固めることが肝要なのである。


「苦しい戦いになるか……。

 フッ……」


 そこまで独り言を漏らし、自重にも似た苦笑いを浮かべた。

 今更、何を言っているのか……?

 苦しい戦いというならば、自分という男の人生そのものがそうなのである。

 ならばこそ、ワン――最初の一人を名乗り、ジャストソルジャーたちの遺伝子サンプルにまでなったのだ。


「まあ、粘り強くやるのは得意分野さ……」


 そうつぶやきながら、男は分厚いサングラスを外す。

 その下に隠れていた青い瞳は、冷たく暗い炎を宿していた。

 そして、人間はその炎に、復讐という名を与えているのである。

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未来の戦争ではJSが機動兵器を駆っている 英 慈尊 @normalfreeter01

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