敵の新型

「もー! ビックリしちゃいましたよ!

 パーティーするならするって、事前に教えてくれればいいのにー!」


「はっはっはっ、そんなことをしたら、サプライズパーティーにならないだろう?

 今回ばかりは、皆の意を汲み、素直に驚いてもてなされることだ」


 文句を言いながらも、次々と料理を取り皿へ乗せていくナナに対し、ワンはほがらかな笑みを浮かべながらそう言った。

 今回の企画、発案は他ならぬボリン中将であり、実行責任者はベン中尉である。

 いわば、第二〇三地下壕の総力を挙げた作戦であり、ワンはそんな彼らの意思を尊重し、Jsたちに何も伝えずにおいたのだ。


「でも、本当にすごい歓迎ぶりです」


「あの大統領、本当に人気があるのね」


 ナナと同じく、タイゴンをハンガーへ収めるなり、パイロットスーツ姿のままパーティーへ参加したララとレコがそう言い合う。

 彼女らが言う通り、出された料理はいずれも豪華なものであり……。

 いかにここの備蓄が充実しているとはいえ、半籠城状態であることを思えば、これは大奮発であるといえた。


「もちろん、純粋に大統領閣下を慕っていて、救ってくれた礼というのもあるだろうがな……。

 半分ほどは、兵たちへのガス抜きを兼ねていると考えるべきだろう。

 いわば、口実にされたわけだ」


 ワンがそう語る通り……。

 集った兵たちは、最初こそJSを讃えていたものの、今はそれぞれが好き勝手に騒いで食べているようだ。

 いつレソンとの戦いになるか分からない状況下であり、当然ながらアルコールは一滴も口にしていない。

 しかし、その上でこうまで騒げるというのは、いかに彼らが疲弊しているかの裏返しであると思えた。


 おそらく、帝政レソンの兵たちは一向に進まぬロベ侵攻に対し、戦意を大きく落としているだろうが……。

 終わりの見えない防衛に疲れているのは、共和国側もまた同じなのである。


「えー!?

 あたしたち、ダシにされちゃったってことですかー?」


 ワンの話を聞いたナナが、不満げに唇を尖らせた。

 そんな少女の顔を見て、思わず苦笑いを浮かべる。


「さっきも言ったが、半分は本当に君たちへの感謝だ。

 それに、こういう形でダシにされるならば、そう悪いことではないじゃないか?

 戦争とは、多くの兵で結束して行うものだ。

 彼らの力なくして、共和国の勝利はあり得ない」


ワンさんは、本気で共和国に勝って欲しいんですね?」


 何気ない、レコの一言……。

 それを聞いて、余計なことまで喋りすぎてしまったのかもしれないと考えた。

 究極的に考えれば、マスタービーグル社としては、タイゴンとJSのデータさえ回収できれば何も問題はないのだ。

 故に、今の発言にはワンの個人的な考えが混ざってしまったといえる。

 少しばかり、自分もパーティー会場の浮かれた空気にあてられたのかもしれない。


「……まあ、そろそろ付き合いも長いからな。

 彼らが負けるよりは、勝った方が嬉しいさ」


「私も……できれば、レソンを追い払って共和国に平和を取り戻してあげたいです」


 誤魔化しも混じえた自分の言葉に、ララがケーキを取りながら答えた。

 それは、彼女にしては珍しく戦意を覗かせた言葉である。

 もしかしたならば、海賊による大統領拉致事件を経て、何か心境の変化があったのかもしれない。

 将来へ向け育成している駒の心的変化を心に留めつつ、うなずく。


「その意気だ。

 話を戻すが、このところ、少しばかり悪い話もあってな……。

 それを踏まえても、ここらで騒いで士気が高まるのは良いことだと思う」


「悪い話ですかー?」


「ああ」


 気楽に尋ねるナナへ、そのことを思い出しながらうなずいた。


「どうも、レソン側が新型機を投入したみたいでな。

 別地下壕の戦人センジン小隊が、おそらくは単機で全滅させられたとの通信が入っている」


「単機で、ですか?」


「救援へ向かった部隊による軽い現場検証だが、痕跡からほぼ間違いないらしい」


 質問してきたレコが、考え込むように腕組みをする。


「それは、確かに敵の新型を目撃したんですか?

 場合によっては、以前戦った山猫のようなエースがやった可能性も……」


「いや、それはない」


 いまだ、あの老兵との死闘は色濃く記憶に残っているのだろう……。

 彼女の指摘はもっともだが、今回は確実に否定することができた。


「現場の検証をした隊が、敵機の足跡を確認している。

 既存機種のものとは、似ても似つかないそうだ」


 送られてきた足跡の画像を思い出しながら、そう告げる。


「強いて言うならば、タイゴンのものに近い足跡だな。

 そして、それは本社が掴んでいる情報とも合致している」


「本社の方で……?

 一体、どんな情報なんですか?」


「太陽鋼社だ」


 ワンの言葉を聞いて、ララが教わったことを懸命に思い出し始めた。


「確か……戦人センジンを造ってる会社なんですよね?

 でも、トミーガンとの競合に負けて、あんまり売れ行きはよくないっていう……」


「そうだ。よく覚えていたね。

 とはいえ、敵もさる者とはよく言ったものだ。

 どうやら、うちのタイゴンに匹敵する試作機を作ったらしいと、調べで出ている」


「うちって、ちゃんとした会社ですよねー?

 そういうのって、どうやって調べてるんですかー?」


「内緒だ」


 ナナの言葉に、苦笑いを浮かべながら人差し指を立て、口の前へ持っていく。

 当然ながら、企業の情報漏洩を取り締まる法律や協定も存在するが……。

 そんなものを真に受けてやっていては、生き馬の目を抜く今の世ではやっていけないのである。


「ともかく、その新型機とやらは、帝政レソンに流されているらしい。

 おそらくは、タイゴンと……君たちとぶつけようという腹だろう」


「私たちを倒すことで、優位性をアピールしようというわけですね?」


「そう考えて問題ないと思う」


 緊迫した表情を浮かべるレコに、あえてそれをほぐすようなことはせず、首肯した。


「どれほどの性能を秘めているかは分からないが、事実として、トミーガン三機を手玉には取れる性能だ。

 おそらく、対決する時は近いだろう」


 そして、それはJSにより濃密な実戦経験を積ませられるということ……。

 そのようなことを考えながら、自分もケーキを取ろうとしたその時である。


 ――ヴー!


 ――ヴー! ヴー! ヴー!


 緊急事態を知らせるサイレンが、パーティー中の整備ドックに鳴り響いた。

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