サプライズ

 処分は、驚くほど軽いものであった。

 何しろ、自室として使っているテントに数時間謹慎するだけなのだから、これは、事実上何の咎もないのと同じである。


 確かに、事の発端は階級で劣る少尉が中尉である自分をバカにしたことではあるのだが、何しろ、手まで上げており、それを大勢に見られているのだ。

 いかに軍隊というのが階級社会であるとはいえ、過去の事例と照らし合わせても、これは異例……。

 いや、いっそ異常といってもよい処分であった。


 そのことをいぶかしみながらも、ともかく、睡眠時間よりも短い謹慎処分に身を置く。

 すると、謹慎が解かれるのとぴったり同じ時刻に、疑念への答えがやってきたのである。


「中尉殿、中将閣下からの指令をお伝えします」


 カルナのテントへ訪れたのは、キリー少尉であった。

 その手には、タブレット型の端末を携えており……。

 そこに表示されていたのは、カルナたち特務小隊に対する新たな任務だったのである。


「ついに経路と居場所を特定するに至った、敵地下壕の攻略作戦が発動されます。

 中尉殿は、謹慎処分が解かれ次第、直ちに特務小隊を率い、その作戦へ参加するようにとのことです」


「ほう、ついにか……」


 ――敵地下壕の攻略作戦。


 レソン軍にとっては、開戦以来の悲願と化していた言葉を聞き、身を乗り出す。

 これまで、物量で圧倒的に勝るレソン軍であったが、ロベの侵攻は遅々として進まなかった。

 その原因は、同都市の地下深くへ張り巡らされた秘密通路と、いくつかの地下壕を置いて他にないだろう。


 ライラ共和国の軍は、いかなる爆撃も及ばぬ地下深くに身を潜め……。

 神出鬼没な攻撃を繰り返しては、こちら側の戦力を少しずつ削ぎ落としてきたのだ。

 故に、一刻も早く地下壕とそこへ至る経路を特定し、これを攻略することは必須事項であったが……。

 ついに、その日が訪れたというわけである。


 だが……。


「例の敵――JSたちが出現する辺りとは、かなり離れているな。

 となると、連中が所属するのとはまた別の地下壕か……」


 渡された端末を見て、目を走らせながらつぶやく。

 今、カルナが口にした通り、これまであの新型――タイゴンが出現してきた、いわば縄張りと呼ぶべき範囲と今回の作戦実施地点とは大幅に離れており、とてもではないが、連中が潜んでいるのと同じ壕とは思えない。

 共和国がロベの地下へいくつか建造した地下壕の一つが、ヒットしたのだと見るべきだった。


「なら、今回も奴らと雷牙ライガの直接対決はならず、ですか……」


「いや、そうとも限らないぞ」


 端末を返しながら、そう告げる。


「仮に、タイゴンの機動力が雷牙ライガのそれと互角であると考えたなら、攻略作戦中に敵が救援要請を発し、駆けつけてくる可能性は十分にある。

 そうなったら、ついに直接対決の実現だ」


 それは、十分に起こり得る可能性だった。

 作戦内容を見た限り、マルティン中将は今回、本気である。

 本気で電撃的な攻勢を仕掛け、厄介な地下壕の一つを潰すつもりだ。

 そのために、本来ならあり得ぬほど軽い処分で済ませ、自分も――雷牙ライガも作戦に投入するのである。


 雷牙ライガを先陣とした、戦人センジンによる強襲作戦。

 これを受けた敵の地下壕が救援を要請し、JSなる敵小隊が応じるというのは、ひどく現実的な予想に思えた。


「中尉殿……高揚されてますね」


「ああ……当然だ。

 これで、俺の前で殺された戦友たちや、山猫殿の仇を討つことができる」


 我知らず、笑みを浮かべる。

 しかし、それは本懐を遂げられる喜びから出たものではなく……。

 己にふさわしい強敵と立ち会えることへの、獣じみた歓喜であることを自覚していた。




--




 整備ドックから秘密通路に続くハッチは、この地下壕において最後の盾と呼ぶべき代物であり……。

 対戦人センジン用兵器でも容易には破壊できぬ分厚さを誇るその前では、多くの兵士たちが緊迫の表情を浮かべている。

 だが、それも無理はない……。

 今、彼らが挑んでいるミッションは、決して取り返しのつかない一発勝負であり、もし、これが失敗に終わったとしても、死して屍を拾う者はなしなのだ。


「みんな、準備はいいなっ!?」


 あえて照明を落とされたドックの中、一同の先頭に立った者が、大きく声を張り上げた。

 第〇八戦人センジン小隊の隊長、ベン・カウダー中尉である。

 彼の言葉に、全員が沈黙を保ったままうなずき……。

 そして、作戦開始の時刻が訪れた。


 重々しいモーターの駆動音と共に、ハッチがゆっくりと上に上がっていく。

 聞き慣れたはずのその音が、今日は何やら別物のように響いた。


 そして、ハッチが開ききるか否かという直前……。

 向こう側にいるモノたちの全容が明らかになるというその瞬間を狙い、叫ぶ。


「今だ!

 てーっ!」


 ライラ共和国の兵士が誇る連携は、抜群であり……。

 寸分の違いもなく、各々が手にしたそれを打ち放つ。


 ――パーン!


 ――パン! パーン!


 ……すると、黒色火薬の破裂音にも似た間の抜けた音が、整備ドック内へいくつも響き渡った。

 さすがに、意表を突かれたのだろう……。

 上がりきったハッチの向こうにいたモノたちが、驚き、身じろぐのを確認できる。


 それらは、全長四メートルはあろうかという機械の巨人――戦人センジンであり。

 他の機種では見られないすらりとしたシルエットは、この三機――タイゴンの特徴であった。


『え、何ですか?』


『クラッカー……?』


『急にどうしたの? パーティー?』


 外部スピーカーを通じ、そのパイロット――JSたちの声が響く。

 三機共が、見事に意表を突かれたようであり、床へ散らばったクラッカーの紙吹雪を見回していた。

 ……どうやら、今回のミッションは無事に成功したと見てよいだろう。


「そう、その通り――パーティーだ!」


 第二〇三地下壕の……。

 ひいては、全共和国の国民を代表して、ベンが告げる。

 それと同時に、落とされていた照明が、一気に光を放った。


 そうすることで、明らかになったもの……。

 それは、この整備ドック内に設営された立食式のパーティー会場である。

 テーブルの上には、心づくしの――しかも、子供が好みそうな料理がズラリと並べられており、調理した給養員らの気合いがうかがえた。


「JSたち!

 俺たちの大統領を救ってくれて、ありがとう!」


 ベンがそう言うと、打ち合わせ通り兵たちが一斉に拍手を始める。

 こうして、共和国の恩人へ感謝を伝えるためのサプライズパーティーが、開催されたのであった。

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