ビースト

 師団指揮官であるマルティンが、執務室代わりに使っているテント内は、前線のそれと思えぬほど華美な調度で彩られている。

 これは、前任者の趣向によるところだ。

 何事においても無駄を嫌うマルティンであるから、このような場所で指揮を執るのは不本意極まりないところがあったが……。

 処分する費用と手間がかえって無駄なため、そのまま残していたのである。

 しかしながら、こうして外部の客人を迎える際には役立ってくれるのだから、何事も表裏一体であると考えるべきであろう。


「いやはや、まさか、最前線の野戦基地でこのような空間を作り上げているとは……。

 帝政レソンの底力が、うかがえますな」


 その、外部からやって来た客人……。

 執務机を挟む形で着席しているアジア系男性は、丸眼鏡をくいと上げながらそう言った。

 太陽鋼社の設計主任、ダイスケ・ナカモトである。

 もっとも、口ではそう言っているものの、それが単なる世辞でしかないことは明白だ。

 この男にとって大切なのは、自らの才能を最大限発揮し、所属組織の中で成り上がっていくことであるに違いない。


「調度に関しては前任者の趣味であり、私は関知していない。

 しかしながら、そう評してもらえたのならば、亡き中将も浮かばれることであろう」


 出世欲に関してはともかく、才能を活かすことが生きる目的と化している点については、自分も同類である。

 そのため、マルティンとしては最大限の好意を発揮し、手づから淹れた紅茶を振る舞った。


「ありがとうございます。

 ……さて、早速ですが、雷牙ライガが行なった初の実戦に関してです」


 だが、ダイスケはカップへ口をつけることなく、鞄から端末を取り出し、それを執務机の端に設置する。


「………………」


 そういえば、ニッポンの男は茶を出されても、なかなか口をつけないと聞いたことがあった。

 名前からして、眼前の設計主任もニッポンの血が入っているか、あるいは純血であるに違いないので、気にする必要はあるまい。

 それに、マルティンとしても、この場を設けたのは、ダイスケによる雷牙ライガの実戦評価を聞きたかったからなのだ。


「結論から言えば、想定以上の戦果であるというしかありません。

 どうやら、カルナ中尉殿は、雷牙ライガと相性がいいようだ」


「貴君の生み出した機体には、相性というものがあるのかな?

 最終的な目標が、量産し、各戦線で運用することである以上、素養がなければ性能を引き出せないでは、困ると考えるが」


 端末の画面に映された映像……。

 雷牙ライガに搭載されたレコーダーの録画記録を眺めながら、そう尋ねる。

 なるほど、カルナ中尉は新型機の運動性能をいかんなく発揮しており、敵機が狙いをつけることすら許さず、縦横無尽に翻弄していた。

 だが、それを誰でも出来るようになってこそ、実戦で使用可能な機体となるのだ。


「最終的な目標は、あくまでも最終的な目標です。

 そこへ至るまでには、様々な試行錯誤が欠かせせません。

 実際、現在の市場を支配しているトミーガンの場合、開発過程で各国のエースパイロットを招集しているのですから」


 買い手が抱いた懸念を払しょくするべく、ダイスケが大げさな身振りを加えながらそう語る。

 確かに……。

 マスタービーグル社は、トミーガンを開発するにあたって、様々なパイロットを呼び集めたと聞く。

 他でもなく、先日、この執務室で語り合ったレソンの山猫もその一人であり……。

 個性豊かな凄腕たちの意見を参考にすることで、同機は傑作と評されるだけの完成度を得るに至ったのだ。


「それに、雷牙ライガは閣下もご存知の通り、特殊なシステムを搭載してますからね。

 もちろん、将来的に量産された際は、もっとマイルドな調整を施すことになるでしょうが……。

 現状で積まれているそれは、リミッターなど考慮していませんよ。

 その上限を算出することもまた、中尉の仕事なのですから」


「ああ……」


 ダイスケの言葉に、うなずく。

 彼が語ったとあるシステム……。

 その存在を、自分は了承した上でカルナ中尉に受領させたのだ。

 知らぬのは当の本人ばかりであり、カルナ自身は、それをやや主張の強いサポートAIであると認識しているはずだった。

 だが、その実態は……。


「ビーストだったか……。

 このように、レコーダーの録画映像を眺めているだけでは、今一つその効果を実感できないが」


 繰り返し再生される端末の映像を眺めながら、そう語る。

 マルティンは戦人センジン戦の専門家ではないが、この映像を見る限りでは、実によく機体の性能を引き出せていると思えた。


「まあ、映像で見る限りではそうでしょう。

 しかし、何事も数値化してしまえば、分かりやすくなるというものです」


 ダイスケがそう言って、一度端末を手に取る。

 そして、何事か操作すると、再び画面をマルティン見せた。

 そこに表示されていたのは……。


「カルナ中尉の反射能力などを、スコア化したものか?」


「いかにも……。

 これまで、彼が搭乗してきたというトミーガンのレコーダーから得られたデータと、対比させています。

 これを見れば、違いは一目瞭然かと」


 太陽鋼社の設計主任が語る通り……。

 敵機が銃口を向けてきた際、回避運動へ移るまでの間や、逆に、こちらが攻撃を加える際の挙動など、全ての面において、一・五倍以上の高速化が見られた。

 そして、その差は、コンマ数秒の判断が生死を分ける戦場において、決して無視できぬものである。


「まさに、獣のごとき反射能力と即座の判断力です。

 雷牙ライガという最高のハードに、ビーストという優れたソフト……。

 両者を得ることで、搭乗者は一種の超人となれるのですよ。

 もっとも、多少の副作用はありますが」


 ――副作用。


 何気なく……のみならず、悪びれもせず放たれた言葉に、うなずく。


「確か、パイロットの凶暴性が増すのだったかな……。

 とはいえ、今のところ、その兆候は見られないが……」


「時間の問題だと思いますよ?

 簡単に説明すると、ビーストのシステムは、意思拡張によって結合されたパイロットの本能的な部分を増幅させます。

 それによって、反射能力がこうまで向上しているわけですね」


「その代わり、人格的に変貌するのは避けられないと……?」


「当然です。

 言うなれば、現状のビースト使用は、メスを使わない脳外科手術なのですから……。

 でも、安いものでしょう?

 パイロット一人を犠牲にするだけで、最強の機体が手に入るのですから。

 それに、中尉も別に死ぬわけではありませんし、仇討ちという目的を達成することができる」


「ふむ……」


 元より、全てを承知の上で、テストパイロットをやらせているのが自分だ。

 今さら、ヒューマニズムが割って入る余地はなく……。

 マシーンの異名へふさわしく、冷徹にうなずいてみせた。


 と、連絡が入ったのはその時である。

 受話器を取り、報告してきた士官と短くやり取りを交わす。

 そして、通話を終えると、ダイスケに向けてこう言ったのだ。


「カルナ中尉が、乱闘騒ぎを起こしたらしい」


「ああ、やはり、遅かれ早かれでしたね」


 ダイスケはそう言うと、肩をすくめてみせた。

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